2 『言-委-意 ~ Experience The World ~』
バンジョーはぐいっと大きく背伸びをして軽い調子で言った。
「じゃあ厨房に行ってなんか作るか」
「客が勝手に厨房を使えるわけねーだろ」
玄内がさらりと言い捨てて、
「おれは部屋に戻るぜ。なにかあったら訪ねてこい」
「ちぇ。けちくせーな。でもまあ、ものは試しで行ってみるか」
部屋に戻る玄内に対し、バンジョーは指摘されても挑戦するらしい。
ナズナもサツキに言った。
「わたしは……チナミちゃんと部屋にいます」
「では」
チナミがぺこりと頭を下げ、部屋へと引き返す。ヒナがうさ耳を跳ねさせてチナミを追いかける。
「待ってよチナミちゃん! いっしょに遊ぼうよー」
「いいえ。結構です。ナズナと遊ぶ約束をしてますから」
「いいじゃない。あたしもまぜなさいよ」
ヒナはめげずにチナミにアタックしており、どうやら三人で遊ぶ雰囲気だった。
見えなくなるまで甲板から晴和王国を見つめていたサツキとクコとルカも、部屋に戻ることにした。
クコが言った。
「甲板で真剣を振るうのは危ないかもしれないので、竹刀にしておきましょう」
「そうだな。いつから剣術の修業をする?」
「少しだけ休んでから、一時間後にしましょうか」
「うむ。ルカはどうする?」
ルカは思案顔で答える。
「そうね。私は本でも読んで勉強するわ。サツキが誇れる参謀になるために」
クールなウインクをして、ルカはひらりと着物の袖を舞わせ、自室に戻った。
サツキはそんなルカの背中を見てつぶやいた。
「俺も頑張らないとな」
「はい。わたしもです」
「さて。それで、ボクたちは船の中を探険するわけだけど」
「どこから回る?」
すっかりアキとエミ率いる探険隊の仲間に数えられたサツキとクコだが、サツキはそんな気分ではない。
「俺は修業をしないといけないので」
「そっか。じゃあ、今日は五分くらいにしておくか」
「探険の楽しみは分散したってなくならないもんね」
アキとエミにしてみれば、探険にサツキが同行するのは決まったことらしい。クコは探険という単語に心引かれていた。
「そうですね! さっそくまいりましょう!」
「クコちゃんやる気だなー?」
エミがウキウキした声で、肘でクコを小突く。
「じゃあレッツゴー!」
アキのかけ声で、四人は少しだけ船内を見て回ったのだった。
その中でも、サツキは気になるものを見かけた。
燃料室である。
「こうして燃料を使うということは、蒸気船だったのか」
しかしクコは首を横に振った。
「いいえ。一応は帆船なのですが、蒸気機関的なエネルギーもしばしば使う程度だそうです」
サツキのいた世界での昔の蒸気船やスチームパンクの世界のような蒸気機関とまではいかないらしい。
アキとエミが言うには、
「ここには、チャティワワっていうわんこがいるんだよ」
「魔獣化したわんこだね。炎を吐き出せるから、燃料の代わりになるの」
「焼き魚さえあげていればおとなしくて飼い慣らしやすいから、船旅にはよく同行されるんだ」
「蒸気機関に必要な水は海水でいいしね」
とのことだった。
「だから、この船には三ヶ月もの船旅にも燃料がいらないのか。すごいな」
サツキも感心するばかりである。
チャティワワは、見た目はチワワのように小さな子犬で、毛並みとしてはロングコートチワワに近いだろうか。乗船するチャティワワは二匹。現在、二匹とも目を閉じて眠っている。
うち一匹が目を覚まして、アキとエミの顔を見る。二人が笑顔で「こんにちは」と声をそろえて挨拶すると、チャティワワはすぐになついていた。
だが、サツキやクコにはなつきそうにない。
「チャティワワは内弁慶なタイプだから、ゆっくり友だちになるといいよ」
「今日は挨拶だけでまた来よーう」
「はい」
クコが返事をして、四人は燃料室を出る。
結局十分近く探険をして、一旦この日の探険は終わりにした。
「それではサツキ様、一時間後に」
クコがサツキにそう言って、自室に入った。
サツキはベッドに横になる。
――この船で三ヶ月、か。船の中から出られない。じっと動けないままの三ヶ月は、クコにはつらいかもしれない。でも、俺とクコはずっと走ってた。出会ってからここまで、いつも走ってばかりだった。
走って走って、最初の世界樹ノ森から走り続けてここまできた。
――じっくり力を溜める時間があってもいいって、俺は自分のことならそう思うけど、クコも同じかはわからない。アルブレア王国騎士にも出会わずに済む船の中、クコにはしばしの休息になってくれたら……。
さっきのあのやわらかい笑みを思い出し、クコならうまく気持ちの整理をつけられるだろうと思った。
――ただ、剣術の修業で身体を動かすのは、気分転換にもいいかもな。玄内先生の《
だから、俺から剣術の修業も積極的に誘ってやろう、とサツキは思った。
「さて」
まずは、自分の勉強を開始する。
本とノートを開きながら思うことは、単純だった。
――クコについてはそうだ。そうしよう。でも、俺には休みの日なんていらない。そんな暇ない。学びたいことは山ほどある。そして、強くなるんだって気持ちに動かされてる。俺はこの三ヶ月で強くならないといけないんだ。あの『
クコは自室で本を開いて、ふとサツキのことを考えた。
――サツキ様はどんな本の話がお好きでしょう。
わかれたばかりなのに、なにか話したくなった。
言葉少なに見えて、実はサツキはよくしゃべってくれる。
正確には、会話をしてくれるのである。
打ち解けるとおしゃべりになる人がよくいるが、サツキはそれに近い。ただ、話を聞くのが案外うまい。サツキはしゃべるといっても、しゃべり相手になってくれるのである。聞き上手なタイプだといえる。
そのため、クコは気づくとサツキにしゃべりかけていることがよくあった。
今も、サツキの部屋のドアをノックして、
「クコです。少しよろしいでしょうか」
と呼びかけていた。
「どうぞ」
一時間後と自分で言いながら部屋を訪ねるのもどうかと思ったが、「そうです、剣術の修業が一時間後なだけですよね」と思い直しての訪問である。
サツキは読書をしていた。
「本を読んでいらしたのですね」
「暇つぶしさ」
そう言いながらも、サツキはノートをとっていたようで、さりげなく片づけていた。
――健気にひたむきなサツキ様を見ていると、つい手を伸ばしたくなる。いつもそう思っているのに、包み込むこともできません。
なにかサツキに触れて、力になりたいと思う。しかし、クコがそう思うばかりじゃなく、今日はサツキもちゃんと頼ってくれた。
「それよりクコ、俺もちょっと話したいことがあった」
「はい。なんでもおっしゃってください」
「まずはクコの話から聞くよ」
「いえ。わたしはただなにか話したかったなんです」
「そうか。じゃあ――」
船についての話もしたが、二人は本や文字についても少しばかり話した。サツキが聞きたかったのは言語についてである。
「晴和王国の外では、晴和語じゃない他国語が話されているのか? 俺が見せてもらったアルブレア王国の記憶では、そんなこともなかったけど」
「言語は人語以外にありません。人語には、ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、ルーンの表記があります」
「なるほど。俺の世界では、先の三つを日本語、アルファベットを英語といったんだ。正確には漢字が元々中国語ではあるが、俺の住んでいた日本という国では日本語が使われていた」
と、サツキが元いた世界の話になる。
「それでは、ルーン文字はないのですか?」
「あった。英語だ」
「これを好んで使うのがルーン地方になります。ルーンマギア大陸の西側ですね」
サツキがクコから話を聞いたところによると、ルーン文字はそのままサツキの知っている英語に相当した。だが、話し言葉は日本語だけで、和製英語のような形でアルファベット由来の言葉が使われるらしい。力をパワーとも呼び、『Power』と表記することもできる、といった具合に。「ディスイズアペン」と言っても通用しないのである。
晴和王国の外でも新たな言語を覚えず会話できるとわかって、サツキは安心した。
「言葉が通じるならよかった」
「サツキ様にお見せした記憶でも、アルブレア王国で使われる言葉は同じだったでしょう?」
「確かに、言われてみればそうだった」
「事のついでに、世界の地理について記憶をお見せしましょうか?」
クコの提案に、サツキはこくっとうなずいた。
「うむ」
「では、わたしのひざに頭を乗せてください。そのほうが記憶を見せやすいので」
「う、うむ」
ひざまくらは何度かしてもらったことがあるが、それでもまだサツキにはこれが恥ずかしかった。ホッとするし心地が良い分、完全に身を委ねている姿を見られると照れるのである。
しかし効率主義でもあるから、言われた通り頭をクコのももに乗せた。
「まず、これからこの『アークトゥルス号』がゆく航路――海についてお見せしましょうか。そのあと、甲板で修業です」
約一時間後。
『アークトゥルス号』の中で、もっとも高い場所に、その少年はいた。
マストの上を突き出た位置に、見張り台がある。そこで、少年は昼寝をしていた。髪を後ろで一つに束ね、袖口にだんだら模様が入っている。
「ふわぁ~」
両手をあげる。
「眠ってしまっていたらしい」
目をこすり、少年は甲板を見下ろす。
そこで、竹刀を振る少年と少女の姿があった。
二人は打ち合っていた。
「へえ」
少年はにやりと笑ってつぶやいた。
「やってるのはクコさんか。それで、クコさんといっしょにいるのは、きっと……」
凛とした顔つきをした少年。年は自分と同じくらいで、王都と浦浜で見かけた記憶がある。あのとき意識した少年に違いない。
「
名前は覚えている。
「楽しみだなァ。あとで一度、お手合わせ願いたいねえ」
言いつつ、クコの剣さばきを見て、
――王宮剣術か。
と察しがつく。
クコも思っていた以上に剣を扱える。
なぜクコがそんな剣術を使うのかはわからないが、もしかしたら、昨日遭遇した騎士に関係があるのかもしれない。それでも、ミナトにとってそんな些事はどうでもいいことだった。
が。
もう一方の少年は。
「あれは、なにかありそうだ」
なにより、あのひたむきに頑張る姿が気になった。
――どうしてあそこまで頑張ってるんだろうね。
そして、少年は見張り台で昼寝に戻った。
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