3 『食-飾-触 ~ The Inside ~』

 夜になった。

 船の食事は食堂でとることになっており、夕食は午後の六時から九時の間の好きな時間でいい。

 乗客は二十九人いるが、食堂の収容可能人数は四十人。六人掛けのテーブルが四つ、四人掛けのテーブルが四つあるためである。乗務員もいるから乗客数より広めの食堂になっていた。

 六人掛けが最大のため、サツキたち九人がいっしょに行っても全員で同じテーブルには座れないし、固まって座るにも席が空かないこともあるだろう。よって、食事の時間はそれぞれ自由ということにしてある。

 クコはサツキを誘った。

 ドアをノックして呼びかける。


「サツキ様、いっしょに食堂へ行きましょう?」


 部屋から出てきて、サツキは答えた。


「うむ」


 隣の部屋ということもあり、廊下から聞こえるクコの声を聞きつけ、ルカも部屋から出てきた。


「私もいっしょに行くわ」

「はい」


 にこやかにクコが答える。




 三人は食堂に入った。

 まだ午後の六時になったばかりだから、人は多くない。


「なかなかの味ね」

「おいしいです」


 料理に対するルカとクコの反応もよかった。


「三ヶ月の船旅も、このレベルの料理なら乗り切れそうだわ」

「はい。もりもり食べてたくさん修業しましょうね、サツキ様」

「そうだな。強くなるぞ、俺は」

「その意気です!」


 食堂内に、着物姿の壮年の男性がやってきた。


「あれは剣に覚えのある武士だ」


 と、彼を見てひそひそと話す声が聞こえる。


でんいっとうりゅうおさろうらしい」

「相当に腕が立つってことだぜ。『ぼう』コタロウだもんな」

「あと、この船にいてなにより驚いたのが、はっねんりゅうの師範代、『けんせいがきまさみねだな」

「ああ。『剣聖』は正直次元が違う強さだ」

「船を降りるまで、やつらには関わらないようにしねーとな」


 知らない流派や名前に、サツキはそんな人もいるのかと思った程度だった。ただ、長部虎太郎というのは血気盛んだとも話していた。そのため、自分もなるべく関わらないのが吉だと思った。

 食事が終わると、三人はサツキの部屋で食休みをした。


「なんで俺の部屋なんだ?」


 サツキに聞かれて、クコは苦笑した。


「すみません」

「いいじゃない。三人の真ん中にあるんだもの。それより、船には厄介そうな手練れもいるっぽいわね」


 そのことについて、二人は話したいようだった。


「わたしは存じ上げませんが、相当に腕が立つと言ってました」

「剣術の修業は明るいうち、他人の邪魔にならないようにするのがよさそうね。あとはなるべく馬車から《げんくうかん》に行くことね」


 ルカから助言を受け、サツキは素直にうなずいた。


「うむ」


 その頃。

 食堂ではヒナがチナミとナズナの二人と食事をとっていた。だが、食べにくそうにチナミにささやく。


「なんでこいつらがいっしょなの?」

「さあ」


 とだけ、チナミは返す。

 エミがチナミにぺんぎんぼうやミュージアムのことを話している。


「ぺんぎんぼうやのマグカップは、アタシお部屋で使う予定だよ。いいの買っちゃったんだあ」

「今度、見せてください」

「うん! 見に来て」

「私の部屋も、グッズを飾るのにいい魔法道具を見つけたので、明日中には仕上げてみせます」

「すごーい! アタシも見に行くね! あ、そうだ。ぺんぎんぼうやミュージアムでね、キャラクターくじがやってて、ラストワン賞の目覚まし時計が欲しくて残り六回全部やっちゃってさ、前にやって当てたB賞をあげるよ」

「それって、ぬいぐるみ付きブランケット……!」


 チナミも一回だけやったくじで、ちょうどチナミが欲しかったものである。チナミは心の中でガッツポーズをした。


 ――エミさん! 最高の同志だ!


 ありがとうございます、とチナミは素直にいただくことにした。


「C賞のお皿はヒコイチさんにあげたんだけど、どうしてるかなあ」

「お店では出せないでしょうし、家で使ってると思います」

「そうだね」


 その横では、アキがバンジョーと盛り上がっている。


「あはは。この前は、バンジョーくんとは船の旅ができなかったしね」

「おう! その代わり、ガンダスカレーを学びまくったからな」

「また今度食べさせてよ」

「何杯でも食べさせてやるさ! 昼間、厨房も使っていいって許可は取ったしよ」


 ヒナは彼らを見てため息をつく。


「それよりなにより……。サツキがいないじゃない」

「ひ、ヒナちゃん……。このあと……サツキさんのお部屋、行ってみる?」


 ナズナが気を遣ってそう言ってくれるが、ヒナは顔を赤らめて口先をとがらせる。


「べ、別にいいわよ行かなくて。星の話をしたかっ……研究の話をしないとなって思っただけだし、また今度でいいわ」


 ヒナは水をあおり、コップを置いた。


 ――まったく。部屋にまで押しかけたら、あたしが、あ、あいつのこと、す、好き、みたいじゃない……。




 翌朝。

 サツキはクコとルカといっしょに食堂へ向かった。クコがサツキを誘いに来て、それを察したルカが部屋から出てきた。昨日と同じパターンである。

 クコは純真な気持ちでサツキしか見えていないからサツキしか誘わないが、ルカが同行するのも気にしていない。

 一方ルカは、


 ――今度こそは、先にサツキを誘おうかしら。


 と、サツキと二人での食事計画を立てていた。

 ともあれ三人は昨晩と同じようにそろって食堂に向かって廊下を歩いていた。

 本人がいなくなったあとのサツキの部屋を、ノックする者があった。ヒナである。


「サツキ。ちょっと」


 声が返ってこない。トントン叩いてみるが、返事がない。


「聞いてるの? 天体の話でもしながら朝ごはん食べようって誘いに来てあげたのよ?」


 斜に構えたちょっとつっけんどんな言い方をしながら様子をうかがうが、やはりなんの返答もない。ドアを開けようとしたが開かない。


「まさかこれって……」


 ヒナは廊下をダッシュした。

 階段を下りようとして踏み外し、ガタンゴロンと転がり落ち、また駆け出す。

 すると、ちょうど食堂の前にサツキがいた。どうやら食堂に入るところだったらしい。横にはクコとルカもいる。


「なに先に行ってんのよー!」


 キキーッと急ブレーキをかけて止まり、息せき切ってつっこんだ。

 これに対して、ルカが興味なさそうにつぶやく。


「あら。いたの」

「いたわよ! おはよう、三人とも」

「おはようございます。ヒナさん」


 丁寧に笑顔を崩さず挨拶するクコである。

 サツキは普段通りのクールな面持ちで、


「おはよう。どうした? そんなに急いで」

「どうしたじゃないわよ。こっちはねっ、わざわざ部屋まで……いや、まあ……べ、別に、たいした用でもないけど、ちょっとサツキと天体の話でもしながら朝ごはん食べようと思っただけよ。研究と勉強のためにもね」


 ヒナは腕を組んで照れたような横目でサツキを見やる。


「確かにたいした用ではないわね」

「なんですって!」


 ルカが余計なことを言って、ヒナにガルルルと猛獣のような目でにらまれている。ルカはふいっとそっぽを向く。


「あんたは本当にあたしにとっては敵になりそうね」

「仲良くなれる日が来るかもしれないわよ?」

「それはあんたが心を変えたらよ」


 クコは二人を心配そうに見て、サツキの手を握ろうとする。手がとんと触れて、握った。《精神感応ハンド・コネクト》を発動させテレパシーで聞いた。


「(お二人、あまり仲がよくなさそうです。どうしてでしょう?)」

「(さあな。まあ、出会って間もないからお互いを知らないし、こればかりは仕方ない。性格の相性もあるだろう)」


 サツキが答えると、ヒナがサツキとクコの間に入り、二人を引き離した。ヒナはクコに注意するように、


「あんたはどさくさに紛れてなにしてんのよ! まったく、あんたが一番のくせ者ね」


 やれやれ、と気が重そうに腕を組む。ヒナからしてみれば、クコがテレパシーで会話するために《精神感応ハンド・コネクト》の魔法を使えることも、その発動条件が手をつなぐことも、まったく知らないのである。ヒナがクコをくせ者だと思っても仕方なかった。


「くせ者……?」


 クコはぽやぁっとした顔で小首をかしげるばかりであった。

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