54 『フォーカスアナーキー』

 魔法とは、不条理なものだ。

 論理的に詰めていこうと、この魔法世界では魔法というなんでもありの力が論理をひっくり返す。

 それでも、完全な不条理だけの世界でもない。

 サツキには、夢幻など通用しない。

 真実を見る目はある。

 そして――。


 ――今の俺には、ミナトがいる。二人なら、どんな相手だろうと戦える。そう信じてる。


 分析開始だ。

 まず、サツキは拳を地面に叩きつけた。

 地面への突き。

 瓦でもあれば、瓦割りをしているかっこうだが、サツキのそれはただの地面への攻撃にしか見えない。


「ふむ。まだ魔力の練り込みが足りないから、この程度か。しかし……」


 半径五メートルの範囲で舞台の石畳が破壊され、それに伴い、緋色に輝くサツキの瞳は一つの真実を捉えた。


「ミナト。《脱出不可能アリアドネいと》は見えたぞ」

「やったね、サツキ」


 クロノは、破壊された石畳とサツキを見て、驚嘆の声をあげた。


「おおおおおーっと! サツキ選手、おもむろに地面を破壊したかと思うと、《脱出不可能アリアドネいと》が見えたと宣言しましたー! 早い! 早くもその正体に気づいたのでしょうか! こんなに早く秘密に気づくとは、恐るべきルーキーだああああぁ!」


 この領域フィールドを、サツキは自分ならばグローブと拳で破壊できるかもしれないと考えた。ガンダス共和国で、ロメオが《打ち消す拳キラーバレット》によって魔方陣を破壊したみたいに、である。


 ――やっぱり、魔方陣と同じだ。張り巡らされているエリアを破壊できれば、破壊したエリアだけはその効果を受けない。つまり、《脱出不可能アリアドネいと》から逃れられる。


 イコール、盾に攻撃を吸い寄せられず、好きなポイントに攻撃できる。

 しかし、フィールドすべてを破壊するにはパワーが足りない。ここに波動を合わせる必要がある。

 だが、見えたものはある。

 サツキはクロノの実況に答えるでもなく、ミナトに言った。


「まだ完全に捉えたわけじゃない。解決の手引き――それを解明する。ここからは作戦変更だ。二人でやる」

「そうだね。で、どうやろうか」

「厄介なのはあの盾だ。俺も、攻撃が狙った場所ではなく、盾へと吸い寄せられてしまった。課題は、あの盾を無視して狙った場所へ攻撃できるかの検証。そのために、二人でフリオさんを攻撃する手立てを考える」

「つまり、狙いはフリオさん。だね?」

「うむ。いくぞ」

「御意」


 二人は同時に走り出した。

 ピノが得意そうに笑いながら、


「ちょっとはなにか気づいたようだが、まだまだって感じみたいだな。来いよ。いや、ここに来るしかないんだよ!」


 と『アラネアの盾』を構えた。

 蜘蛛の巣の模様に捕らえられるように、また攻撃があの盾に吸い寄せられてしまうのだろうか。


「サツキ選手、ミナト選手、両者フリオ選手めがけて走り出します! フリオ選手に攻撃を繰り出すことはできるのでしょうか!」


 サツキはミナトに鋭く、小さく言った。


「使え。あれを」

「あれ、ね」


 フリオとの距離が十メートルに迫ったところで、ミナトはにこりと微笑み、刹那のうちに消えた。

 サツキは自分の可能な限りの最速を放つため、全力で駆け抜けるように足を止めずに斬った。

 ミナトの剣がフリオの頭上に降ってくる。

 その数コンマあとに、サツキの剣がフリオへと伸びる。

 が。

 サツキの剣は途端に軌道を変えて、ピノの盾へと吸い込まれる。


 ――やはりか。


 速さに意味はないらしい。

 そう結論づけようとして、サツキはコマ送りのようにミナトの動きまで見ていた。ミナトが《瞬間移動》した際に、かすかに残る魔力の帚星。それを観測していたのだ。《緋色ノ魔眼》によって、動体視力が常人ではあり得ないほど高まっているおかげだった。


 ――あいつは、いけたのか……?


 磁石がくっつくようにサツキの剣が盾へと向かう間も、ミナトの神速はフリオの頭上へと落ちていく。

 フリオも反応できないほどの速さである。

 わずかにフリオの剣を持つ手が動いたときには、ミナトの刀はフリオのグレートヘルムに衝撃を与えていた。


「ぐおッ!」

「なんだと!」


 ぎゃっ、というようにフリオがうめき、ピノは予想外の一打に目を剥く。サツキの攻撃など怖くもないみたいに、ミナトを見たままである。

 このとき、サツキにはわかっていた。


 ――このあと、ピノさんが口にする言葉で、仕掛けを解き明かせるはずだ。


 ピノは、やはり言った。


「どうやって、あんな一瞬であんな場所に!」

「硬いなァ」


 着地するや、ミナトは一旦、フリオに蹴りを入れて態勢を崩そうとした。しかし、蹴りはピノの盾に入った。


「おっと」


 警戒心が働き、ミナトはまた後退する。

 サツキはそれらすべてを見ていた。ミナトといっしょに下がって、距離を取り、洞察結果を述べる。


「わかったかもしれないぞ。ミナト」

「さすが相棒。聞かせてくれよ」

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