55 『フィールドバスター』

「なんという速さだミナト選手ぅうううううう! 見えなかったぞ! まるで見えなかったぞ! これまで幾多の試合を実況してきて、こんなにまるっと見えなかったのは初めての経験です! すごいことです、会場のみなさん。やはり、ミナト選手にはなにかあります。なにかがあるんです! あの頑丈なグレートヘルムをベコリとへこませるほどのパワーも兼ね備えた、神速の使い手ミナト選手に、これからもみなさんご注目を! そして、サツキ選手も気づいたことがあるようです。この試合、ここからも目が離せません! もしかして、次が最後の攻防になるのでしょうか!」


 朗々とした『司会者』クロノの実況を聞いて、舞台上で最初に口を開いたのはピノだった。


「おまえら、本当にわかったってのかよ」

「ここで答え合わせをしてもいいんですが、次の俺たちのアタックが答えになるはずです」


 クロノが嬉々と、


「おーっと! サツキ選手、これは勝利宣言と取っていいのでしょうか! 次の攻防で、試合が決まるかもしれません!」


 会場も、歓声とわずかな緊張で見守る。

 レオーネとロメオは場内ベンチで、見解を述べ合う。


「どう思う? レオーネ」

「ああ。クロノさんの言う通り、次で決まるだろうね」

「そうだな。サツキさんはもう気づいてる」

「それに、ロメオのグローブもさっそく役立ててくれそうだ」


 なんの心配もしていないレオーネとロメオ。

 ここで、サツキは声を落としてミナトにだけ聞こえるように話した。難問解決の手引きを、サツキはミナトに伝えたのである。


「なるほどね。わかったよ、サツキ」

「よし。やるぞ」

「うん。いこう」


 サツキとミナトは目を見合わせて、うなずき合い、最後の攻撃を仕掛けに行った。

 ピノは相方のフリオに言った。


「くるぞ。油断するな、フリオ。どんな態勢からも返せるようにしておけ」

「わかってる!」


 ダッシュで距離を詰めるサツキとミナト。

 まず、ミナトが限りなく距離を詰めたあとに《しゅんかんどう》で消えた。

 このときサツキは、いつも被っている魔法道具になっている帽子《どうぼうざくら》の効果で刀を帽子の中に消し、自由になった手で、地面を思い切り殴りつけていた。


「はあああああああああああ! 《ほうおうけん》!」


 石畳が派手に壊れる。

 舞台上の地響きは、観客席では小さな震動としかならないが、舞台に立つ人間は足元が崩れて態勢も崩れてしまう。ただし、それも半径十メートルの範囲内であり、実況をするクロノに被害はない。

 危うく態勢を崩したのは、フリオとピノだけだった。

 これで、舞台に張った《脱出不可能アリアドネいと》を局所的に破壊できた。しかも、フリオとピノのテリトリーを。

 そうなれば、ピノの盾に攻撃が吸い寄せられることなく、フリオでもピノでも、どちらを対象にしても好きなポイントに攻撃できる。

 サツキはすかさず掌底をピノに叩き込む。もちろん、盾は蹴りで払って、ピノに直接打ち込む。左手で右手首をつかみ、がっちり補強して、力をすべて伝えられるようにした。蹴りの反動で身体をひねる形になったが、それも遠心力としてパワーに転換する。


「《おうしょう》!」

「《てんらんつい》」


 ミナトは、サツキの掌底がピノを吹き飛ばすときには、上空からの三段突きをフリオに繰り出していた。

 フリオはミナトの速さに対応する間もなく、三度の攻撃にグレートヘルムが割れ、薄手の鎧も壊れ、肩口も切られてしまっていた。


「うおおおおおふ!」

「ふりああああああ!」


 ピノが場外に飛ばされて、フリオが正面からバタリと倒れる。

 二人の悲鳴が止むと、ミナトが着地して、サツキも攻撃時のインパクトからふらついた身体を立て直す。二人は顔を合わせて、拳をぶつけ合った。


「勝ったな」

「やったね、相棒」


 あまりに一瞬だった攻防に反応できなかった観客席も、二人の勝利を確認すると、ワーッと歓声を上げて盛り上がった。

 そして、『司会者』クロノが勝者を讃える。


「勝負ありました! 勝ったのはー……サツキ選手とミナト選手のルーキーコンビぃぃいいいい!」


 サツキとミナトの元に景気よさそうに駆けてきて、クロノはインタビューする。


「見事な勝利でした! 最初はバラバラに戦っていた二人でしたが、途中からは息もぴったりでしたね!」

「いやあ、最初はダブルバトルってのがよくわからなかったんです。今もまだまだわかっておりませんが」


 ミナトが答えると、クロノは聞きたかったことがあってうずうずしていたようにミナトに質問した。


「ところでミナト選手、あまりの速さに我々、まったく目で追うことができない場面が二度ほどありました! あの速さは、もしかして魔法ですか?」

「まいったなァ。二回だけでしたか。もっと速い剣を使えるように鍛えないといけないなあ」

「い、いいえ! 剣筋だけならば、最後の突きも、三段だと思うけど正確にはよく見えなかったくらいですし、ほかの剣も速さについてはいけていない人が多いのではないでしょうか。それより、魔法についてはどうでしょう?」


 逃すまいと問いかけるクロノに、ミナトがにこりと微笑んで答える。


「僕の魔法については、みなさんが気づくまではナイショにさせてください」

「わかりました! これは、ミナト選手に魔法を使わせる相手が出るのに期待しましょう! さて、続いてサツキ選手に質問です。勝負の決め手はなんだったのでしょうか?」


 サツキはちょっとだけ考えて答える。


「彼らが、コンビで戦うコツを見せてくれたことです。我々がダブルバトルという同じ舞台で戦うのを待ってくれたおかげです。ありがとうございました」

「なるほど! ダブルバトルがどんなものなのか、知らない状態で舞台に上がったら、あのフリオ選手とピノ選手を相手にあれほど戦えるものではありませんからね。お二人の導きがあったからこそということだそうです。サツキ選手、ミナト選手、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」


 と、ミナトもお礼を述べた。

 クロノは、マイクになっている水色の丸い貝殻・すいきゅうがいから口を離し、サツキとミナトにそっとささやきかける。


「右も左もわからないダブルバトルデビューにしては、すごい戦いでしたよ。さすがはレオーネさんとロメオさんのご友人です。サツキさんとミナトさんのおかげで、久しぶりにわくわくさせてもらえました」

「いいえ。俺とミナトも、レオーネさんとロメオさんに挑戦することを勧めてもらえたから、いろんな戦いができて勉強になっています」

「盛り上がる実況もあって、楽しかったです」

「そう言っていただけて感激です。サツキさん、ミナトさん。このあとは、あのお二人が戦いを見せてくれるので、ぜひ、ダブルバトルの奥深さを彼らに見せてもらってくださいね。そして、あの二人から学んだことをここで披露して見せてくれるとうれしいです。本日はありがとうございました」


「ありがとうございました」とサツキとミナトは声をそろえて頭を下げた。

 サツキとミナトが舞台から降りて、裏に下がろうとすると、通路に入る前に、レオーネとロメオと目が合った。

 レオーネが小さく手をあげ、ロメオが微笑んでくれた。

 彼ら二人にもサツキとミナトは会釈して、通路に入っていった。

 会場では、クロノの声が木霊する。


「それではみなさんお待ちかね! 本日最後のバトルにして、本日のメインイベント! ダブルバトル部門のバトルマスターの座をかけた試合に移ります! 『不敗神話のゴールデンコンビ』、レオーネ選手&ロメオ選手に挑むのは、この二人です」

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