9 『ファーストラウンド』

 カルロスとデイルから宣戦布告の勝利宣言をされたサツキとミナトは、なにか言い返すことはないかとクロノに聞かれた。

 二人は顔を見合わせ、サツキがうなずき、ミナトが微笑む。


「じゃあ、一つ」


 ミナトは人差し指を立てた。

 カルロスとデイルがなんだという目でミナトを見る。まるで威嚇するような険しい顔である。

 にこりと、ミナトは邪気のない笑みを浮かべる。


「勉強させてもらいます」


 ズコーッと、観客たちがずっこける。呆気に取られる人もいるし、せせら笑う人もいた。


「あいつら、勝つ気ねえのか?」

「のんきなやつだぜ!」


 カルロスはミナトの言葉を聞いて「へへ、なんだあいつ」と笑っているし、デイルは「フ。学ばせてやろう。来年への糧にするがいい」などと言っている。

 セコンドのハッセも愉快そうに、


「本当のコロッセオのダブルバトルってもんを見せてやれ! おまえら!」


 とカルロスとデイルに声をかける。

 一階席では、ヒナが怒ったようにつっこんだ。


「こらー! なにしたに出てんのよ! お行儀よく行くところじゃないでしょうがーっ! ぶっ飛ばしてやるくらい言いなさいよね! サツキもなんか言ってやれー!」

「サツキ様ー! しっかりー!」


 クコの応援は対戦相手への敵意もなく朗らかで、運動会で保護者に応援されている気分になる。だが、ここはそういう平和な感じでいく場面じゃない。サツキは小さく嘆息した。


 ――俺は煽ったり威嚇するのは得意じゃないんだが、言われたからには言い返しておかないとだよな。

 サツキは帽子のつばをつまみあげ、瞳を緋色にして言った。


「全力で来てください。倒します!」


 クロノはサツキの宣言にもうれしそうに反応した。


「おーっと! サツキ選手も負けてなーい! カルロス選手とデイル選手を相手に倒すと言い切る自信、さすがです!」


 倒すと言われたカルロスとデイルは、憎々しげにサツキを見返す。


「生意気なやつだぜ!」

「大怪我させてやろうか」

「あんのガキぃー!」


 苛立ったカルロスとデイル、そして二人以上に怒り心頭に発するセコンドのハッセ。彼らを楽しそうに返り見て、クロノは進行に戻る。


「カルロス選手とデイル選手の闘志に火がついたー! ボルテージが上がってきたところで、試合を始めるぞ! 準備はいいかー?」


 両陣営の四人の顔を確認し、クロノは合図を出した。


「それでは、サツキ選手&ミナト選手対カルロス選手&デイル選手の試合を行います! レディ、ファイト!」


 開幕すると、カルロスがサツキを指差した。


「てめえ! 格下のくせに舐めたこと言いやがって! ハッセさんに聞いたんだが、ヒヨクとツキヒに負けたんだって? あのレベルのやつらに勝てないようじゃ、オレらに挑戦するなんて十年はえーんだよ!」

「……」


 サツキは、カルロスもヒヨクとツキヒを知っているのかと思っただけだが、観客席からは非難の声がカルロスに向けられる。


「あんたたちなんかよりヒヨクくんとツキヒくんのほうが強いわよ!」

「そうよそうよ!」

「サツキくんミナトくん頑張ってー!」

「あんなやつらやっつけちゃってー!」


 ヒヨクとツキヒのファンがカルロスの言葉に怒っているらしい。

 このヒヨクとツキヒはサツキとミナトが勝てなかったバディーで、せいおうこくの出身かつ年齢も同じと、サツキとミナトにとってはこの大会で勝ちたいと思っているライバルコンビだ。優れた容姿のヒヨクとツキヒには女性ファンが多く、カルロスは彼女たちを敵に回してしまったのである。


「ちっ! うるせえ客どもだぜ!」

「うっとうしいものだな。カルロス、始めるぞ」

「ああ、そうだな」


 ぼーっとカルロスとデイルを見ていたミナトに、サツキは声をかける。


「来るぞ」

「ん? ああ、やっと彼らも動くのか。いやあ、おしゃべりが好きでのんびりした人たちだねえ」


 おかしそうに笑うミナトを見て、セコンドのハッセが怒鳴った。


「あいつぅ! ふざけてやがる!」

「のんびりしてんのはおめーだろうがよォ!」


 カルロスがボクシンググローブを構えて走り出した。

 ミナトはチラとサツキの瞳を見て、


 ――緋色に染まってるね。


 魔法、《いろがん》が発動していることを確認し、ミナトは言った。


「じゃあ、ちょっと見ててよ。僕が相手してくる」

「うむ」


 前に進み出て、カルロスのほうへと歩いてゆく。

 デイルは動かずに銀色の輪っか――チャクラムを指先で回し様子見しているので、ミナトはカルロスの出方を見ることにした。


「うらああ!」

「おお、いいパンチだ」


 ひらりとミナトが避けながらカルロスを観察する。


「らあ! らあ! らあ!」


 連続でパンチを繰り出してくるカルロスだが、どれもミナトにはかすりもしない。


 ――まだ魔法は使われていない。もう一人も動かない。どうくるんだろう。


 ミナトは剣すら抜かずにひたすらカルロスの攻撃を避けていた。


「カルロス選手のパンチが連続するー! 両者、互いに魔法は使わないが、カルロス選手は猛攻撃だ! しかーし! ミナト選手は軽やかにすべてをかわし続けている! 蝶のように舞うー!」


「ちまちま避けやがって! 蝶のように舞うってのはオレのためにある言葉なんだよ!」


 フットワークに自信のあるカルロスには、ミナトへ送られた形容が気にくわなかったらしい。


「へえ。じゃあ見せてください」

「は?」


 キラッと、ミナトの剣が閃く。

 カルロスの首に巻かれていた金色のネックレスが切れて、ポロポロと落ちていった。


「な、なにしやがった! てめえ!」

「あらら。突然だったかなァ。すみません」

「今、斬りやがったのかよ!」


 あまりに速かったため、カルロスはミナトの剣を目で捉えられなかったのだ。光るものが見えた気がした、という程度だった。


「神速ー! まさに神速だーっ! 速すぎてちゃんとは見えなかったぞー! 回避に徹していたと思ったミナト選手の剣が閃いたと思ったときには、カルロス選手のネックレスがバラバラだー!」


「楽しそうに言いやがって!」


 ギロリとカルロスににらまれて、クロノは口を押さえて顔をそらす。その仕草がお茶目なのも、クロノに余裕があるからだろうか。

 この間にも戦局に動きがあった。

 サツキとデイルは後ろで見ているだけだったが、ここでデイルがチャクラムを指先から放った。

 投げる際、デイルはチャクラムを指先で回しながら大きくした。カウボーイが投げ縄をくるくる回すみたいにぐるりとさせると一回り大きくなり、それを投げたのである。

 チャクラムはミナトのほうへと飛んでゆく。


 ――きた。


 これをミナトは見逃さない。

 だが、チャクラムはミナトには当たらず、ブーメランのようにデイルの手元へと戻っていく。デイルはさらにもう一つのチャクラムを投げる。


「さあー! デイル選手が動き出したぞー! 二つ目のチャクラムが放たれたー! こうなると、いつ仕掛けるのか、目が離せなーい! ミナト選手はデイル選手のチャクラムにも警戒しつつ、カルロス選手のパンチを避けているが、攻撃はしないのかー?」


 カルロスがパンチの手を緩めずに、ミナトに言った。


「このオレの攻撃をかわし続けるなんて、思ったよりやるじゃねえか」

「いいえ。思ったより余裕があったもので」

「クソ生意気なガキだぜ! 悪いが、お遊びはここまだ! ここから本気で行かせてもらうぜ!」


 それはすなわち、魔法を使った攻撃を仕掛けていくということだろう。

 ミナトにはそれもわかっていたが、だからといってやるべきことは変わらない。


「どうぞ」


 そう応じたとき、サツキが鋭く叫んだ。


「来るぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る