10 『スペースカット』
ミナトのほうへ、銀色の輪っかが飛んでくる。チャクラムと呼ばれる武器だ。
来るぞとサツキが声をあげたが、当然ミナトもチャクラムの存在には気づいていた。
軌道を見極め、チャクラムを避ける。
相手にしていたカルロスのパンチも避ける。
「ミナト選手、鮮やかに避ける! どんな攻撃も当たらなーい! なんと華麗な身のこなしだー!」
クロノの実況に、会場からも「いいぞー!」と声もかかるが、「避けてるだけじゃ勝てねえぞー」といったヤジも飛ぶ。
だが、ミナトには相手の攻撃を引き出す役目がある。まだ攻撃を仕掛けるつもりはなかった。
――また来る。
次のチャクラムもミナトに向かってきた。
ミナトは半歩下がって、横から飛んでくるチャクラムの軌道から外れる。
そこで、カルロスは一歩下がってストレートを放つ挙動を見せた。
――その距離じゃ届かないよ。
気にするのはチャクラムだけでいい、と考えたときだった。
もう一つのチャクラムがカルロスの前を横切ろうとしていたのである。しかも、カルロスはそのままストレートを繰り出した。
二つのチャクラムは、それぞれ違う方向から飛んで来て、ミナトとカルロスの間を横切ろうとする。
二つのチャクラムが数メートルの距離を空けて重なったその瞬間、カルロスの拳はまっすぐにチャクラムの穴をくぐり……
「くらえ! らああ!」
輪っかと輪っかの間をショートカットしたかのように、ミナトの前を横切るそのチャクラムの中から、カルロスの拳が飛び出してきたのだった。
「出たああああ! カルロス選手とデイル選手のコンビネーション! デイル選手の《
カルロスは鼻で笑った。
「へ。咄嗟に防御できたことは褒めてやる。しかも、場外まで吹っ飛ばされずに踏ん張ったこともな。が、その細い腕じゃ骨まで粉々に……」
「いやあ、驚いたなァ」
軽い調子でミナトが言って顔を上げた。
クワッと目を見開くカルロス。
「な、なんだと!? このオレのストレートをくらって平然としてやがる、だと!?」
「あり得ん! あいつ、無理してるんだ!」
セコンドのハッセが、また同じ言葉を繰り返す。
「あいつ、無理してるぞ! 平気なはずがねえ!」
「まいったなァ。これくらいでくたばるほうがあり得ない」
余裕の微笑みのミナトの言葉を受けて、『司会者』クロノが叫んだ。
「まるで効いてなーい! ミナト選手、余裕綽々の笑顔です! 初見でカルロス選手とデイル選手のコンビネーションを防御できる選手なんてほとんどいないのに、しかもそれが効いてないとはなんたることだー! ミナト選手は剣だけじゃない!」
会場では、ミナトの余裕綽々の笑顔に歓声が上がっていた。
「すげーぞ! よく受けきった!」
「やるじゃねえか! あのカルロスのストレートをものともしないなんてよー」
「いいぞー! いっそ殴り合ってくれー!」
クロノは実況しながら、ミナトの頑強さに感心してしまっていた。
――ミナトくん、なんて丈夫なんだ。
あの小さな身体にどれだけのパワーが眠っているのか。
想像を超えてくるミナトのポテンシャルに、クロノはつい次の実況を忘れていた。
その間、セコンドのハッセが騒いでいる。
「おい、カルロス! 聞こえてるか、カルロス」
「聞こえてますよ、ハッセさん! なんですか」
攻撃を受けられてしまい、カルロスは苛立った調子でハッセを振り返る。
「後ろだ! いや、前だー!」
「は? なんすか! 後ろ? 前?」
「こっちってことです」
ミナトの声が聞こえて、カルロスは正面に向き直った。
「うおっつ!」
ドスンと音を立てて、カルロスは地面に尻もちをついた。
ハッセに気を取られている間に、ミナトがさっと詰め寄り、足払いしたのである。
「おしゃべりはほどほどにしてくれないかなァ」
「てめえ!」
起き上がりながら殴りかかるカルロスから距離を取るミナト。
――あの輪っか、飛んでこない。あくまでコンビネーション用で、直接切りつける用途は持たないのかな。
と考えてサツキの数メートル前まで戻り、前を向いたまま聞いた。
「どうだい? そろそろやっていい?」
「うずうずしてるところ悪いが、カルロス選手の魔法はまだわからない。わかったのは、あのチャクラムに秘密があるらしいこと。そして、カルロスさんの腕がチャクラムの輪を通ったあと、もう一つのチャクラムからパンチが飛び出したことだけだ。俺がカルロス選手を相手するから、ミナトはデイル選手を見ておいてくれ」
「了解」
残念、とミナトは思って左手で刀の鞘を握り、デイルの動きに備えることにした。
サツキが自分の拳を見る。
「よし。いつでも全開の一撃が打てる。選手交代だ」
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