幕間紀行 『ファントムケイブシティー(17)』

 サツキが弐番隊と閃光弾を作っていた時間、えいぐみの各隊もそれぞれに過ごしていた。

 ミナトはジッロと遊んであげていた。子供に好かれやすく、訪れた土地の子供ともすぐに仲良くなるミナトだから、ジッロにも懐かれている。

 しかし夜の九時くらいになると、


「ふわあ」


 とあくびをした。


「眠いの? ジッロくん」

「うん。ミナトくん、ボクもう寝るね」

「わかった。おやすみ」

「おやすみ。また明日ね」


 町長の家は、士衛組の全員を泊めるほどのベッドの用意がない。だから、士衛組は馬車の中に用意している自分の部屋で寝ることになっており、ジッロだけが町長の部屋を使わせてもらうことになっていた。

 おばあさんが「おいで」とジッロを部屋につれて行った。

 眠そうに、しかしふにゃっとした笑顔で手を振るジッロに、ミナトも手を振り返した。




 参番隊は、三人で勉強をしていた。

 この世界には、学校もある。教育機関の発展度でいえば各国それほどでもないので、サツキの世界よりも総じて学ぶことが少ない。学校に通うことが強制の国もないし、識字率と就学率が世界一のせいおうこくでさえ、七割ほどしか学校には通わない。

 現在サツキたちが訪れているイストリア王国などのルーン地方では、学院として中流階級以上の家の子が通う場合が多い。お金に余裕があるか、教育に力を入れているか。大半がどちらかのケースで、全体の三割ほどが就学する。

 晴和王国にしてもイストリア王国にしても、早い子供は十歳くらいから働き始めるので、十二歳から十五歳くらいで学校を卒業する子供が多く、長くても二十歳くらいまでがサツキの世界の大学院生のような感覚で学校に通う。

 つまり、年齢感覚もサツキの元いた世界の時代とは異なり、戦国時代や江戸時代のように、大人扱いが早くなる。

 たとえば、サツキとミナトとヒナは、中学一年生の年齢になるが、サツキの世界と照らし合わせると高校二年生から三年生、あるいは大学一年生くらいであろう。

 サツキの一つ年上のクコも大学生、サツキの三つ年上のルカは大学院生から新卒くらいといえる。

 バンジョーとフウサイは大学一年生の年齢だが、これもサツキの世界でいう二十代の後半の感覚になる。

 そして、参番隊のリラとナズナとチナミは、実際の年齢は小学六年生なのだが、サツキの世界で置き換えると中学二、三年生から高校一年生程度となる。

 だから、参番隊がする学問は小学生のものとは言えない。しかしながら、サツキの世界の中高生ほどのことを学べるわけでもない。したがって、玄内やサツキに教わって広く学び得ている状態だった。


「リラ、ちょっと数学は苦手だわ」

「わたしも……」


 数学の問題を前に難しい顔をするリラとナズナ。しかし、チナミはすらすらと鉛筆を走らせる。


「私は数学とか科学は好き」

「さすがだね、チナミちゃん」

「ヒナちゃんも、数学とか科学、得意だし、すごいなぁ」


 チナミはヒナとも幼馴染みで、理数系の二人はその辺の話もできる。ナズナは理数系は苦手で、文系科目もそこそこ、運動は得意ではなく、芸術系に特化しているタイプであり、リラは王宮の家庭教師たちに学んだため、まんべんなくどの科目もできるが文系寄りで、ナズナと同じく芸術系を好んでいる。

 三人とも得意や苦手の差もバラバラだが、参番隊として三人で動く際にはそれも良い点だとリラは思っていた。


「私はヒナさんほど物理に強くないし、数学もできないよ。でも、先生やサツキさんに勉強を教わるのはおもしろい」

「そうだね。リラもお勉強好き」

「わたしも、ちょっと……楽しい、かな」


 だが、そう言ってナズナは鉛筆を置く。


「……でも、わたしたち、戦う準備、しなくていいのかな?」

「不安がらなくて平気だと思う。士衛組のみんながいるし、サツキさんたちを信じて任せよう」


 チナミがそう言うと、リラもうなずいた。


「うん。戦いのために修業だって今日はやったもの。参番隊は、先を見て、これからの旅でみんなのお役に立てるために、今は勉強を頑張ろう」

「だ、だね。頑張ろう」

「明日は早くから行動するかもだし、十時までで切り上げるよ。リラ、いつものやらない?」


 リラが二人を交互に見て、声をかける。


「それじゃあ、いくよ。参番隊っ」


 それに合わせて、三人は鬨の声を上げた。


「えい! えい! おー!」




 そして、残る司令隊は、サツキの到着を待っていた。

 クコとルカが、クコの部屋でそれぞれに過ごしている。二人は読書に興じており、勉強の真っ最中だった。

 ルカはサツキによく貸している自分の本を見返し、サツキのノートも借りて読んでいた。


 ――サツキはこうやって歴史を読み解いているのね。なるほど、この調略のポイントはここだと考えている、か。勉強になるわ。


 出会った頃から、サツキは勉強家だった。

 そんなサツキを助けたくて、ルカは自分の本をよく貸しているのだ。ルカには《お取り寄せ》という魔法があり、それは空間をつなぐ魔法で、遠くにある自宅の本を取り寄せられる。 

 サツキは歴史書や時代小説を好み、そこにあった駆け引きを学び、ノートに書き出している。

 現在、ルカはそのノートと自分が貸した本を見ていた。


 ――サツキのために、私にできることは新しい知恵を授けることじゃない。そんな軍師みたいなこと、私にはできないと思う。サツキは軍師を必要としないほどに知略に富んでいて、あまりにも冴えている。私がすべきは、サツキの血肉になってサツキの頭脳を理解し支えること。私は、サツキのために、サツキだけのために、知恵を磨く……。


「ルカさん、熱心ですね」

「ええ。サツキのために、私はもっと賢くならないといけないもの」

「サツキ様は頭が良い方ですから、ついていくのも大変ですものね」


 常に、ルカはサツキのためだけを考えて動いてきていた。そのつもりでいる。だが、現在はそれもやや異なってきているように、クコには思えた。


 ――ルカさんは、すべてにおいてサツキ様を優先しています。サツキ様のために勉強も頑張っています。でも、最近では士衛組みんなのための行動も増えていますよね。ルカさんは気づいていないでしょうけど。


 クコは笑顔で聞いた。


「わたしにできることはありませんか?」

「できること?」

「わたし、ルカさんの力になりたいんです」


 小さく笑って、ルカは答える。


「それなら大丈夫よ。クコが強くなるためにも頑張っているのも知っているし、自分の勉強も怠らず、たまに参番隊の勉強もみてやったり、バンジョーさんの料理の味見をしたり、先生にお茶を持っていってあげたり、常にみんなを気にかけて細々動いているのも知っている。私のことくらい気にしなくて大丈夫よ。司令隊同士、なにかあれば私もあなたの力になるわ」


 クコは苦笑した。


「えへへ。逆に気を遣われてしまいました。でも、お気持ちうれしいです」


 ――お気持ちもうれしいのですが、もっとうれしいのは、ルカさんがわたしのことも士衛組みんなのことも、前以上によく見てくれているとわかったことですね。


 たとえば。


 ――今日サツキ様に《魔力菓子》を渡したのだって、体力や魔力を使っているであろうミナトさんのためです。サツキ様やわたし以外のだれかに対しても、ただ見て考えてくれるだけじゃなくて行動にも移してなにかしてくれるようになりましたね。


 元々、魔法の師として慕っていた玄内、知り合いだったクコとリラ、そして旅するきっかけを作ってくれたサツキ。その四人にしか心を開いていなかった節のあったルカだが、特にサツキのためになにかしたい気持ちは見えていた。それが今では、ほかの仲間にまでその気持ちが表れているように見えるようになったとクコは感じていた。

 ちょっとうれしそうなクコの顔を見て、ルカは不思議そうに聞いた。


「なにか、良いことでもあった?」

「ルカさんが士衛組のことをよく見てくれていることがうれしいなと思ったんです」


 ルカは少し意外そうな顔をした。


「そう。自分では意識していなかったわね。ただ、確かにみんなのことを考えている時間は増えていたかもしれないわ」

「ふふ。そうだったんですね」


 ――やっぱり、無意識でしたか。無意識に士衛組全員のことを考えてしまうのは、ルカさんにとって士衛組が前以上に大事になってきたということでしょうか。そうだと、うれしいです。


 クコがそう思ったとき、サツキがやってきた。


「あら。サツキ様。お疲れ様です」

「いらっしゃい。サツキ」

「うむ。閃光弾のほうはなんとかなりそうだぞ。俺たち司令隊も負けてられないし、さっそく作戦を考えよう」

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