17 『涙×虹』

 クコが空を見上げると、ぽつっと、雨粒が頬を叩いた。

 じわりと痛む。


 ――サツキ様。大丈夫でしょうか……。


 自分以外に頼るアテもなかった少年のことが気がかりで仕方ない。

 しかし、一人で行くと決めたのだ。

 顔を上げて、クコは歩を早める。




りゅうせいきょう。やっと来ました」


 やっと龍星峡にたどり着く。


 ――本当は、ここもサツキ様と来るはずだったんですよね……。あれもこれも、この先にあるものすべて、サツキ様と二人で見ようと思ってた……。


 ひとりで見ているからなのか、この雨煙る中だからなのか、景色が味気ないものに感じられた。

 迷いを振り払って、クコは龍星峡に足を踏み入れる。

 だが、ここから大変だった。

 雨降る中の歩行は、困難をきわめる。


 ――がわ上部に発達する峡谷。火山岩が約三キロにもわたり浸食され、その険しさは三匹の龍がのたうちまわって削られたと言われています。三匹はそれぞれ、紫、青、白。岩の種類と色がこれに対応するそうですね。


 つまり三つの峡谷が連なったものである。

 至るところに瀑布が連続し、奇岩が並ぶ。


 ――トチカ文明のこのお話、サツキ様は喜んで聞いてくれたかもしれませんね。


 クコが入り込んだのは、その中でも上流部に当たる紫色の龍が暴れたという、りゅうきょうである。

 険しい道を、じっくりと進む。

 続いてせいりゅうきょうを越え、はくりゅうきょうに入る。

 白龍峡には、大きな橋があった。


 ――あの橋からは、確かにじきりたきが見えるんでした。そこからの虹をいっしょに見られたら、どんなによかったでしょう……。


 雨が強まる。

 クコは橋の前に着く。

 橋の名を示す柱には、『こうぼうきょう』と書かれてあった。

 虹望橋に足を踏み入れたとき、前方から気配がした。

 ここまで、その気配さえも雨にかき消されていたらしい。

 その気配の主は、橋を歩き傲然と近づいてきた。

 両者の距離が十メートルとなったところで、声をかけられる。


「まさしく、奇遇ですね」

「そうでしょうか」


 強気に言い返すクコだが、相手は物怖じすることもなくニヤリと笑ってみせた。


「あの少年の姿が見当たりませんな、『純白の姫宮ピュアプリンセス』」

「なんのことですか」

「今度こそ、ボディーガードが嫌になって逃げましたか」


 クコはギリっと奥歯を噛みしめる。


「いや、こう考えるべきでしたか。まさしく、『純白の姫宮ピュアプリンセス』がブロッキニオ大臣に降る意志を固めたのだ、と。この『とうしょう魏朱罵棲焚ギツシユ・バスタークが、責任を持って送り届けましょう」

「申し訳ありませんが、雨の音でよく聞き取れませんでした。あなたがなにをおっしゃっているのか、わたしにはわかりません! わたしは、わたしの意志で旅を続けます! わたしの大切な国を取り戻すために!」


 騎士団長『闘将』バスタークは、空に向かって笑い出した。雨を顔に受けながら笑って、クコに向き直る。


「あなたの意志はわかりました。しかし、やはりまさしくあの少年には逃げられたようですね。だからと言って、弱虫なあの少年のことを責めることはできませんな。なんの力もない王女を、命をかけて助けるなど、だれがやるものでしょうか。無理もないこと」

「違います! サツキ様は逃げ出したりなどしません!」

「おや、どういう意味でしょうか」

「サツキ様は、頭が良くて、努力家で、武術や魔法の筋もいい。でも、年相応の男の子です。本当ならもっと楽しいことをして毎日を平和に暮らしていいんです! それをわたしのわがままで付き合わせるなんて……」


 顔を伝う雨でわかりにくいが、クコの目からは涙が流れているようにも見えた。しかし、バスタークはそんなことには興味がないように、


「事情はわかりませんが、ワタシは回りくどい話が嫌いなのです。さっそく、捕らえさせてもらいましょうか!」


 バスタークは、手に魔力を集めて、クワッと目を見開いた。


「ツあああああああぁっ!」


 手に炎がまとう。この雨の中でも、炎は硬度を持ち、消えることがない。


「少しの間です、気絶していてください! 《獅子ノ炎爪ソリッド・オブ・フレイム》」


 ――早いっ!


 サツキのことを言われて感情的になっていたから、クコは剣を抜くのを忘れていた。相手は剣を抜かずに戦えるから、出遅れたことはそれだけ痛手だった。


 ――間に合わな……。


 そこまで思ったところで。

 突如、目の前に黒い円形物が飛んできた。

 黒い円形はクコとバスタークの間に滑り込むや、ふわっと膨らみバスタークの炎の爪を受け止めたと思うと、間髪を入れずに衝撃ごと跳ね返した。

 バスタークはそのせいでやや後方に飛ばされ、縦に二つ回転しながら着地した。


「待ちたまえ」


 その声に、バスタークは顔を上げてにらむ。

 クコは目を大きく見開いて振り返った。


「サツキ様……!」


 そこにいたのは、サツキだった。


 ――置いてきたはずのサツキ様が、なぜこの場所に……?


 驚きの感情が勇気に変わっていくのをクコは感じていた。


「……」


 サツキの手元に、円形の物が戻ってくる。帽子だった。《どうぼうざくら》。アキとエミにもらった魔法道具。


「『膨らむ』の《ぼう》。帽子が膨らむようにして衝撃を跳ね返す。そして、『傍ら』の《ぼう》。投げても戻ってくる」


 実はさっき、アキとエミに出会ったときに教えてもらった効果なのである。

 当人たちは、


「水たまりができちゃうかも。そういうときはね――《ぼう》で膨らませて、《ぼう》で帽子を投げて、その上に乗ってジャンプすればいいんだよ」

「どんな大きな困難でも、ちょっとした小さな困難でも、なんでも飛び越えちゃえばいいさ! クコちゃんといっしょにね!」


 と親指を立てて楽しそうにしていた。

 ちなみに、投げた帽子は投げた人の意思で八秒以内ならば空中に留まることもできるらしい。


 ――アキさんとエミさん。二人には《からすかがみ》でも助けてもらった。ここからは俺が頑張らないと!


 エミが出してくれた《からすかがみ》は、クコの姿が目に入ると、役目を果たして消えてしまったのである。



 クコは聞いた。


「どうして、ここに……」

「俺はなんでも、最後までやり切らないと気が済まないんだ。でも、なによりも、約束したから。ずっといっしょにいるって、クコが言ったんじゃないか。運命共同体なんだろ?」


 目に涙を溜めながら、クコは笑顔で大きくうなずいた。


「はい!」


 サツキは小さく微笑むと、クコに言った。


「じゃあ、目の前の敵を倒さないとな」

「そうですね!」


 剣を抜き、構える。


 ――サツキ様。わたし、あなたがいてくれるから、もう元気も勇気も百倍になりました!


 バスタークは不愉快そうに言葉を吐き捨てた。


「そのまま逃げていればよかったものを! この『闘将』バスタークが、後悔させてあげましょう!」

「来たまえ」


 サツキは静かに言った。

 魔力を練り、バスタークは炎の爪を大きくした。


「うわあああああぁあぁ! 高まれ! 《獅子ノ炎爪ソリッド・オブ・フレイム》!」

「《いろがん》」


 鮮やかに、サツキの魔瞳が開く。


「そう名づけました」


 炎の爪がサツキに飛び込む。

 ひらりと身をひるがえし、バスタークの攻撃を避けてみせた。


「フ! では、できたての魔法でしたか! そんな付け焼き刃でこのワタシを、二度も倒せるとでも? まさしく、ビギナーズラックは終わりです!」

「わたしもいます!」


 クコがバスタークに斬りかかり、バスタークの片手の炎の爪がそれを受け止める。

 続けて、サツキが鯉口を切り、すらりと刀を抜いた。


「はっ!」

「やあああぁっ!」


 サツキの攻撃に合わせ、クコが一度引いた剣をまた振るった。

 バスタークは冷静に二人を見て、


 ――まさしく、二人のコンビネーションは抜群。特に『純白の姫宮ピュアプリンセス』は、一人の時より力を発揮するタイプか。


 と分析する。


 ――また、あの帽子が厄介な代物かもしれない。


 二人の剣、それに加えてサツキの帽子にも警戒する。

 何度も打ち合うが、互いに切り崩すことはできずにいた。

 この雨に乱された足場が、決着を遅らせるかのようだった。

 だが、バスタークは魔力を強く手に集めて、


「ツあああああぁっ! トゥアアアアアアッ!」


 まとった炎がさらに大きくなった。


「あなた方に決定打がないこともわかっています! 二人共、この一撃で終わらせます! 今回は前のようには行きませんよ!」


 クコはバスタークの次の手を読む。


 ――あれは、大技《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》。


 前回は、サツキが魔力の流れを読み、バスタークの手元から少し離れた場所で魔力の薄くなった隙を斬った。斬り落とされてほぼすべての魔力を失ったバスタークは、意識を保つのがやっとだった。


 ――でも、今回は前回のようにはいかない気が……。


 サツキの目も、それを捉えていた。


 ――今度のは、隙がない。あんな森を練り歩いて疲労していた前回とは違う。しかも一度負けた相手、当然か。


 バスタークは魔法攻撃を繰り出した。


「まさしく、覚悟のしどころです! 《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》」

「クコ!」

「はい!」


 それだけの意思疎通で、サツキとクコはこれに立ち向かった。

 むろん、サツキには狙いがある。

 二人の剣でバスタークの大技《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》を受けに行く構えを見せた。

 両陣営が、ぶつかる。

 強力な牙状の炎が、サツキとクコを襲う。

 それをなんとか二人は正面から受ける。二対一でやっと、受けることができる。だが、少しでも長い時間を耐えることはできそうになかった。

 弾くように、二人は牙を押し返して下がる。


「まだまだ! 《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》」

「やあああぁぁあ!」


 クコが咆哮を上げて斬りかかる。

 サツキは、緋色に光る目をわずかに細めて、刀を舞わせた。


「最後だ! 桜丸!」


 また、二本の剣と牙がぶつかり合う。

 が。

 瞬間、サツキの手から刀が消え、すり抜けるようにサツキがバスタークのふところに滑り込んだ。


「なにッ!?」


 帽子《どうぼうざくら》の持つ効果の一つ、《ぼう》。これにより、登録した物は手で帽子に仕舞うという工程を省いていつでも帽子に収納し、帽子から取り出すことができる。刀を帽子に一瞬で収納したのである。

 しかも、布石も打っていた。


 ――刀は、普段は鞘と一体にしておいた。鯉口を切るのも相手に見せ、俺が素手での戦闘をする人間だとは思わせないようにしていたんだ。あの森での最後の正拳突きを、朦朧としていたバスタークは覚えてない。だから、これは予想外のはず。


 ここまでも刀のみで応戦してはじめて、このわずかな隙が生まれたのである。


「はあああああああぁっ!!」


 気合の声を上げたサツキの右の拳が、バスタークのみぞおちにめり込んだ。


「グハッァ!」

「やあああああぁぁっ!」


 バスタークが態勢を立て直す前に、クコは迷わず斬りかかる。ちょうど前回サツキがバスタークにしたのと同じように、バスタークの手元から少し離れた場所を斬り落としにかかる。

 魔力が炎になり、それをさらに固体化する魔法。

 それゆえ、一度切り落とされたら、その分の魔力は失われてしまう。

 しかし、クコの剣はバスタークの炎を切り裂けなかった。

 バスタークの魔力はそのほとんどが手に集中している。だからかなりの硬度があり、切れなかったのである。反対に、サツキの拳は魔力による防御が甘くなった身体に直撃したはずだが、咄嗟のコントロールで防がれてしまったようだった。

 サツキは拳を一度引く。


 ――くっ! 間に合うか!?


 すでに、バスタークはサツキへの攻撃に転じていた。


「まさしく、甘い。悪くない手でした。だが、今の一撃で決められなかったのは、あなた方の甘さの結果です。《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》」

「……っ!」


 ――まずい!


 速さで勝てない。先に攻撃が届くのは、バスタークの《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》か。そう思ったとき、明るい声が聞こえてきた。


「滝が見えたよ!」

「今だ! 《最高ノ瞬間シャッターチャンス》!」


 この声は、エミとアキのものだった。

 それは聞き取れたが、サツキは驚くべき光景を目の当たりにする。

 なんと、自分とクコ、バスタークの動きが固まっているのである。


 ――う、動けない……!


 ばかりではない。滝の流れも止まり、世界中のなにもかもが動きを止めていた。ただし、その中に例外もある。

 アキとエミの二人だけは、楽しそうに動き回っていた。


「よーし! 今のうちに絶景ポイントの撮影だ!」

「綺麗な滝だねー! でも、せっかくのにじきりたきなのに、雨だから虹が見えないよアキ」

「本当だ! じゃあ、いったん……あれ?」

「んー? あ! クコちゃんとサツキくんだ!」


 二人がサツキとクコの元に駆け寄ってくる。


「クコちゃんとサツキくん、会えたんだ! よかったー!」


 エミが喜ぶ横で、アキがサツキの目に気づく。


「なんかサツキくんの目の色、変わってない?」

「そう? 赤じゃなくて、黒だったっけ?」

「なんだっけ。まあいいや!」


 腰に手を当てて笑うアキだが、その動きで、後ろにいるバスタークにぶつかってしまう。


「うわ! なんだ?」

「だれかいる」

「この人! 騎士の人じゃないか!」

「あの馬を探してた人か!」

「馬はこの辺りにいないけど、まだ会えないのかな?」

「そうみたい。可哀想~」

「いいこと思いついた!」

「なに? アキ」

「エミ、この人の目的地ってどこだった?」

「牧場!」

「でも、通り過ぎちゃったんだよ。ボクたち牧場に行ったけど会えなかったし」

「そうだね。あ、わかっちゃった! アキ、優しい」

「そういうこと! 牧場の方向がわからないかもだから、牧場の方向に向けてあげよう」

「ナイスアイディア!」

「よいしょ」

「よいしょ」

「うん、いいことしたあとって気持ちいいー!」

「最高~!」


 エミがふとクコの顔を見て、小槌を取り出した。


「そうだ。クコちゃんには小槌を振ってなかったね。いいことありますように。《うちづち》」

「じゃあいこっか!」


 サツキはこの光景を見ながら、一つの結論を導き出す。


 ――アキさんの魔法《最高ノ瞬間シャッターチャンス》は、時間を止めるものだったんだ。だから、いつも二人は写真を撮ったあと、撮影直前とは別の場所に立っていた。そして、俺の目の魔法は、目に関する他者の魔法を防げるらしい。だから、こうして時間が止まった世界を見ることができているのかもしれない。そして、おそらくまた時間が動き出す条件は……。

 アキが写真をパシャリと取った。

 すると、時間がまた動き出した。

 バスタークは、呆けた声を出す。


「なっ?」


 驚くのも当然だ。自分の身体がなぜか明後日の方向を向いており、目の前にいるはずのサツキとクコが見えないのである。

 この隙を、サツキは見逃さなかった。

 とどめに、サツキが正拳突きを繰り出す。

 しかも、魔力を極限まで圧縮した一撃である。かねてよりサツキが試したかったもので、魔力を圧縮させて解放できるか、練習していた秘技。

 拳の気配を察したバスタークは即座に身体をひねらせた。だが、その動きの素早さが仇となる。

 拳が、正面に突き出された。


「《ほうおうけん》! はあああああああぁっ!!」


 魔力の解放によって、砲弾でも撃ち込まれたように、バスタークは背後にある滝へと向かって飛んで行く。


「おおぉぉぉぉぁあああああああああああ!」


 バスタークは、そのまま滝に真っ逆さまに落ちて行った。

 にじきりたき

 このりゅうせいきょうの中でも、もっとも大きな滝である。

 サツキは落下した『闘将』バスタークを見届けると、クコに向き直った。


「勝ったな」

「はい!」


 クコはうなずくと、目に涙を溜めてサツキを見つめて、バッと抱きついた。


「ごめんなさいサツキ様! わたし、離さないって言ったのに! 忘れられるはずないのに!」


 ふっとサツキの表情がほどけるようにゆるんだ。


「泣くな」

「今日は泣いてばかりですね、わたし」


 ぎゅっと抱きついてきていたクコの身体をそっと離し、サツキはクコの目の端に溢れていた涙を指で拭った。


「そうか」

「サツキ様。もう離したりなんかしません! わたしたちは運命共同体です。ずっと、ずっとずっといっしょですからね!」

「うむ」


 サツキがうなずく。

 クコの目からも涙が消える。頬が濡れた跡も、すぐに乾いてくれるだろう。

 そのとき、クコは雨粒が頭にも肩にも当たっていないことに気づいた。空を見上げると、雨が止んでいた。


「雨が止みました」

「そうみたいだ」


 雲間から、光の柱が降り立つ。

 空が泣き止むと、太陽が微笑むように顔を覗かせた。

 そこで、また明るく晴れ渡った声が聞こえてきた。


「晴れてきたぞー!」

「またシャッターチャンスだねー!」


 バタバタと駆け下りてきたのは、アキとエミだった。

 二人はサツキとクコに気づくと、大きく手を振った。


「おーい!」

「やっほー!」


 クコも手を振り返す。

 エミがクコの顔を覗き込み、笑顔を咲かせた。


「ステキな笑顔に戻ってる! いいことあった?」

「はい!」


 サツキは、エミがクコに小槌を振ったことを知っている。だが、そのおかげでクコが笑顔なのかはサツキにもわからなかった。

 アキがサツキをチラと見て空を指し示す。


「見て、サツキくん! 虹だよ!」

「綺麗だ……」

「ここはこうぼうきょう。虹が見えるからそう呼ばれてるんだ」

「あのにじきりたきは、水しぶきのおかげで雨の時以外は虹が見えるんだけど、雨上がりの今はこれ以上にないくらいとびっきりにいい虹だよ」


 と、エミが補足した。

 アキとエミは二人そろってカメラを構え、写真を撮る。ついでに滝と虹をバックにしたサツキとクコの写真を撮った。

 さらに、アキがぐっと腕を伸ばしてカメラを自分に向けると、自分たちも収まった四人の写真も撮影した。


「いい写真が撮れたー!」

「記念だー!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」


 何度も「ばんざーい!」と諸手をあげる二人のマネをして、クコも両手をあげた。


「ばんざーい!」

「ばんざーい!」

「ばんざーい!」


 三人が楽しそうに万歳するのを、サツキは微笑で眺める。

 まだ写真を撮って騒いでいる二人の横で、クコがサツキに向き直った。両手を取って、こう言った。


「わたし、サツキ様のためと思って離れる決断をしました。けれどもそれは、わたしにサツキ様を守る覚悟がなかったからです。だれよりも守ってあげたかったのに。なにに変えても守ってあげたかったのに。でも、今は本当の覚悟ができました。もう絶対に、この手は離しません。だから、わたしといっしょに行ってくれますか? どこまでも、遠くても」


 小さく笑って、サツキは答えた。


「俺にはそれしか道はないんだ。約束したじゃないか。改めて、よろしく頼むよ」

「はい! こんなわたしですが、未来までも、どうぞよろしくお願いいたします、サツキ様」


 クコは再び胸に灯がともったように熱くなった。


 ――サツキ様と生きたわずかな日々……それでも、共に分けあった喜びも悲しみも痛みも、すべてが愛おしい……これからは、ずっといっしょです!


 わーっとアキとエミが拍手して、また写真を撮る。


「最後に二人のいい顔も撮れた」

「さーて、心ときめく幸せの青い鳥を探すぞー!」

「じゃあボクらはもう行くよ」

「笑顔の向こうへね」

「二人なら勝てるよ。《ブイサイン》」

「応援してるからね。《ピースサイン》」

「ぼくたち、また何度も何度も出会おうよ!」

「ごきげんよーう!」


 嵐のように二人は去って行った。

 残ったサツキとクコは顔を見合わせて微笑み合う。


「わたしたちも行きましょうか」

「うむ」


 クコは手を伸ばす。もうはぐれることのないように、決して揺るがないように、またこの手からつなごうと思った。

 手と手を強く握りしめる。

 絡んだ指先の熱が混ざり合う。

 ゆっくりと、二人は歩き出した。

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