92 『アローザルパワー』

「こうなったら、やるしかないようだな」


 カーメロがハルバードを構えると、ミナトは弾丸のように突っ込む。

 ハルバードがミナトを狙う前に、ミナトの剣はハルバードを弾き、カーメロを次々と襲った。

 スパッ、スパッと切り傷が増え、クロノが「ミナト選手が攻めるー!」と一言だけ叫ぶ間に、カーメロはすっかり追い詰められていた。

 サツキほどではないが、カーメロも全身から血を流している。ただ、《ダイ・ハード》のおかげで傷はどれも浅い。

 ふわふわとゆったりした微笑みでミナトがしゃべる。


「いやあ、スコットさんの《ダイ・ハード》はすごいですねえ。まだカーメロさんの身体は鋼のように硬くて壊れない」


 スコットの魔法《ダイ・ハード》は、術者が気絶したり、たとえ死んだりしても、その硬化は解けないらしい。元の状態に戻すには、スコットが解除する必要があるようだ。

 こういった魔法はよくある。術者のほかにはエクソシストなどの専門家でないと治せないような、半永久的な持続性を与えるタイプの魔法だった。


「斬ることもできるが、突いたほうがいいかもしれません。場外にします」


 すぅっと、ミナトが渾身の突きを繰り出す構えを取る。


「ミナト選手止まらなァーい! もうだれも、ミナト選手の攻撃を止めることはできなーい! どれだけのパワーを秘めているんだ!? あの『戦闘の天才』カーメロ選手が手も足も出ないまま、追い詰められています! これは、勝負も決まったか!?」


 クロノの声を聞いて、カーメロは浅い呼吸を整える。


 ――ボクが、追い詰められている……? ロメオでもなく、こんなルーキーに? このボクが!?


 カーメロはかすれる声で、


「勝負が決まる、だと……? こんな決まり方があってたまるか」


 と言ったが、サツキにもミナトにも聞こえていなかった。

 むしろ、サツキはクロノの実況を受けて、勝ちがすぐそこにあることを感じ、少し脱力さえしていた。


 ――俺はもう、休んでもいいかな?


 あとは、ミナトがカーメロを場外にするだけだろう。

 ミナトは剣を構えて、最後の一撃を放とうとしていた。

 だが、カーメロが独り言を言い始めて、ミナトは攻撃を一時中断した。なんと言っているのか、気になったのだ。


 ――なんだろう?


 カーメロは顔を手で押さえて、サツキとミナトをにらむ。人差し指が額へと伸び、親指と中指で頬骨を押さえるような形を作り、指の隙間から覗く瞳が鋭く光っていた。


「信じるべきは、自分しかいなかった。それなのに、ボクとしたことが、気持ちからすでに、仲間に頼り切っていたようだ。効率よく勝つためにボクはサポート役に回っていただけじゃないか。なにを勘違いしていたんだ。そうさ、そもそもボクは自分のセンスを磨くためにサポート役をやってみようと思ったに過ぎない。それがなんてザマだ。スコットさんの強さに甘えて、負けてもないのにメンタルまで乱れて……。まったくパーフェクトじゃない。吐き気がするぜ」


 体力の限界に近づいていたサツキの耳には、カーメロがブツブツつぶやいているその言葉はまともに聞こえてこない。

 しかし、サツキは背筋が凍った。


 ――なにかがまずい……! 再び、カーメロさんの魔力がみなぎっている! なにかが来る兆し、なのか……?


 ミナトはそれに気づいているのか、と思って視線を切る。


「……ミナト」


 サツキの声にも、ミナトはカーメロから目を離さずこう言った。


「楽しいねえ、サツキ。あの無敵のスコットさんを倒したからか、プライドを傷つけられたからか……。追い詰められたことで、ヤバそうなのが目覚めてしまったようだよ」

「目覚めて……しまった?」


 それは確かに、ある種の目覚めのようだった。別の人格が目覚めたのでもなく、本来持っていた能力であるとか気質であるとか、潜在的な力が呼び起こされて、精神が生まれ変わったと言えばよいだろうか。


「やろう、サツキ。勝負は終わってない」

「うむ。そうだな。俺はまだ戦える」

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