5 『号外スクランブル』
クコはアキとエミと共に、『
みんなはもう外に出ている。
「本当においしかったです」
「海外から戻ったらまた来ますね」
「またおいで。楽しみにしてるよ」
アキとエミはヒコイチに手を振る。クコもぺこりと頭を下げた。
「ごちそうさまでした」
「では、みなさん。良い旅を」
ヒコイチも手を振って、アキとエミとクコは店の外に出た。
ドアをくぐって太陽の下に来る。
エミがアキに言った。
「おいしかったね」
「うん。最高だった」
「これはちょっと運動したくなるよ」
「いいね! しようか!」
「動き回ろーう」
そんな二人の会話を聞いて、クコはつい先日の二人の様を思い出す。
――アキさんとエミさん。お二人は、忍者だったんですよね。仮免許みたいなことも言ってましたが、免許皆伝になるほどの腕前。実際に、フウサイさんを追いかけるときはすごい運動能力を見せてくれました。
『
――カイエンさんとの戦いでも、わたしたちを助けてくれて、反射神経もすごかったです。
クコはアキとエミに申し出る。
「アキさん、エミさん」
「なんだい?」
「どうしたの?」
カラッとした表情でクコを見返すアキとエミに、おずおずと言った。
「わたしはあの里で、自分の実力不足を痛感しました。サツキ様は軍事采配をとる才能があり、ルカさんも参謀として活躍をし、チナミさんは動けて新たな魔法を使いこなし、ナズナさんのサポートはみんなを生かすものでした。玄内先生は言うまでもなく、バンジョーさんも所々で鋭い勘を働かせ、ボロボロになりながらも一歩も引かずに立ち向かってみんなに勇気を与え、サツキ様を助けてくれました。わたしだけが、実力不足です……」
――だから、わたしは自分を鍛えたいと思っていました。
「玄内先生の修業だけじゃなく、もっと、プラスアルファをしないといけません!」
パッと顔を上げる。
すると、アキとエミの肩にはカモメが止まっており、二人はどこから取り出したのかエサをあげていた。
「あ、あの……聞いてましたか?」
アキとエミは慌てて、
「ももも、もちろん!」
「ききき、聞いてたよ?」
実は、二人は飛んで来たカモメに懐かれ、顔の周りで鳴かれて、しょうがないからと持っていたエサを快くあげていたのである。
クコは二人の返事を額面通りに受け取る。
「ですから、わたしも同行させてください」
「同行?」
不思議そうにアキが小首をかしげる。
「はい。運動に付き合わせて欲しいんです」
むろん、クコなりに計算もあった。
――このお二人の運動ならば、かなりハードになるはずです。きっと、いい修業になるはずです。
エミが楽しそうに笑った。
「なんだそんなことか! いいに決まってるよ! 夕方までだけどさ」
「でも、ちょっと大変だよ。ついてこられる?」
挑発的なアキのセリフに、クコは自分の考えが正しかったと確信した。
――やっぱりわたしの思っていた通りです! ハードを超えたベリーハード! やってみせます! どんとこいです!
クコは大きくうなずいた。
「はい!」
「お、やる気満々だね!」
「じゃあ全力でやろーう!」
その「全力」という単語を聞き、クコは「よーし!」と心の中で気合を入れる。空を見上げ、きゅっと拳を握る。
――全力で頑張らせていただきます!
クコが決意を固めている間、アキとエミはカモメと戯れながら、互いに言葉をかわす。
「浦浜には公園や遊園地があるもんなあ」
「遊び尽くしたいね」
「全部のアトラクション達成が目標かな」
「うん。特に浦浜ユニバーサルワールドは熱いよ」
「キッズファイターエリアではエミも本気になるんじゃない?」
「えへへ。ちびっ子には負けたくないしね。本気にもなっちゃうよ」
照れたようなわくわくしたようなエミである。頭をかいているエミを、クコが見やる。
――今、チラッと、本気になるって聞こえました。負けたくない、とも。
我に返ったクコが二人に宣言する。
「わたしも本気を出します」
「その意気だ、クコちゃん」
アキがビッと親指を立てる。エミがニコニコと、
「クコちゃん、そんなに好きだったんだね」
「好きと言いますか、血が騒ぐって感じですよ、エミさん!」
鼻息荒くどや顔になるクコを見て、
「そっか。アタシとおんなじだー」
とエミは肩を組む。
そんなやり取りをする三人のもとにサツキがやってきた。
「三人共、なんの話をしてるんですか? これから宿を決めたら自由行動です。行きますよ」
「あ。それならボクらが昨日泊まった宿がおすすめだよ」
「安いしね」
ということで、アキとエミおすすめの宿に泊まることになった。
宿に荷物を置いてきて、一行は外に出る。
サツキはみんなに言った。
「では、夕方の六時にここに集合ということで。あとは自由行動です」
「オッケー」
「任せて」
敬礼するアキとエミ。その真似をしてクコも敬礼した。
「はい。それでは解散」
時刻は午後の一時半。
みんなそれぞれに動き出す。
「おれは散歩してくる」
玄内が早々とみんなの元を離れる。
「うひょー、玄内先生は
張り切るバンジョーとは反対に、フウサイはクールに言った。
「拙者は、周囲に怪しい者がいないか監視しておくでござる。サツキ殿、なにかあればいつでも呼んでくだされ」
「わかった。でも、フウサイも見たいものとかあったら見ていいぞ」
「はっ」
と答えて、サッと姿を消した。
ナズナはチナミに聞いた。
「どうする? チナミちゃん」
「私は水族館とぺんぎんぼうやミュージアムかな。ナズナは、行きたいところある?」
「かわいいお洋服とか……お絵描き用具のお店……」
「なら、全部行こう」
うん、とナズナがうれしそうにうなずいて、二人はお店を見て回る。
残ったのは、アキとエミ、そしてサツキとクコとルカである。
「私はサツキに同行するわ」
ルカはサツキに隣に立つ。
クコはアキとエミに言った。
「わたしはまず、博士からの手紙を受け取りに行きたいと思っているのですが、よろしいでしょうか」
「いいよ」
「どうぞー」
アキとエミの許可を受け、今度はサツキとルカに聞く。
「サツキ様、ルカさん。用事がなければ預かり所までごいっしょしてもらえますか?」
「ええ」
「うむ。構わない」
「ありがとうございます」
ということで、五人は手紙を受け取りに行く。
――手紙を受け取ったら、アキさんとエミさんと修業です! やりますよ、わたしは!
気合が入っているクコを横目に見て、サツキは「?」と疑問を覚える。
だが、それよりも気になることがあった。
「ところで。手紙って、どうやって運ぶんだ?」
考えてみれば、星降ノ村や光北ノ宮でも手紙を出すと言ってクコはどこかへひとりで出かけていた。
あんまり真面目にサツキが聞くものだから、クコはくすりと笑った。
「サツキ様ってばおかしいです。伝書鳩が運ぶんですよ。各経路に専用の伝書鳩がいて、それを手紙の預かり所まで届けてくれるんです。サツキ様の世界では違うんですか?」
「私も興味あるわ」
両側からの女子二人の視線に、サツキはなんとなく圧迫感を覚える。そんな興味を持たれるほど大層なものではないのである。
アキとエミは楽しそうに二人でおしゃべりしている。
サツキはさらりと言った。
「郵便物はバイクか車だ。バイクは二輪車、車は四輪車。人力ではなく機械で動いている。それに乗った配達員の人が、各家庭に届けてくれるんだ」
「バイクって、自転車みたいなもの?」
ルカに聞かれて、サツキは答える。
「それにエンジンを搭載したものになる」
「不思議です。わたしも乗ってみたいです」
「海外からの手紙の場合、飛行機を使うんだ」
「飛行機……! 前にサツキ様が話してくれた、空を飛ぶ船のことですねっ」
クコもルカも、知的好奇心が強いため、サツキのいた世界の話を聞くのが好きだった。特にクコはたまにサツキを質問攻めにしてしまうこともあるほどである。
「でも、クコはどうして博士から手紙が来てるって知ってるんだ?」
「博士とは、わたしが最初に浦浜に到着したとき、手紙を届ける約束になってるんです」
「つまり、近況報告のポイントにしてるってことね」
とルカがまとめる。
三人が手紙の預かり所へと向かっているとき、新聞の号外が配られていた。
「号外~号外~!」
空に舞う号外を、サツキがつかむ。クコとルカが両側から覗き込んだ。
「『
アキとエミは、あれだけの運動神経を持っているのにぼやっとしていて、空を泳ぐ新聞が顔面に張り付いてしまった。
「うががー」
「なんだー?」
別の場所でも、ナズナとチナミが同じく号外を拾って見出しを見た。
「これって……地球が太陽の周りをまわってるかもしれないっていうお話……?」
「そう。地動説」
「あ、そういえば……チナミちゃん、この博士のこと知ってるんだよね?」
「うん。おじいちゃんとは研究者仲間だから。いっしょに、キャンプもした」
チナミには不安が募る。
――もうすぐ……。
一方、バンジョーも号外を配られて記事を斜め読みした。
「うきはしひろし……? なんだかよくわかんねーけどスゲー話だな。イストリア王国か。あそこはパスタとピザがうまいんだよなー」
のんきなバンジョーを、建物の屋根の上からフウサイの影分身が見下ろす。
「……」
新聞には、浮橋博士の本名がちゃんと書いてある。
フウサイには遠くからでもそこまで読めたが、どうやらバンジョーは斜め読みで名前まで確認できず、
――やれやれでござる。
バンジョーのいる道の少し先には、玄内がいた。そこで、玄内も号外を目にする。
「宗教裁判か。厄介なことになってやがるな」
号外を握りしめ、ぐしゃりとつぶす。
さらに別の場所でも、ミナトが宙を舞う号外をひょいとつかむ。
「いやだなあ。物騒な話だねえ」
店を出てすぐのリラとトウリとウメノも、号外を手にした。
ウメノがトウリを見上げる。
「これはたいへんなことなのでしょうか」
「そうだね。常識を変えるほどのことになる。世界が根底から変わる。ただし、認識だけね。むしろ、変わるのは我々のほうとも言えるのかな」
リラは、イストリア王国がある方角、西を見る。
「裁判が始まるまで、あと……」
そして、浦浜を南に下る道の中。
ここでも一人、少女が号外を見ていた。
「時は、九月十二日。もう時間もない……」
つぶやくと、ヒナは号外を手にまた歩き出した。
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