6 『戯言トレーダー』
サツキは、この号外に出てくる
「クコ。この浮橋博士って、あの
「浮橋陽奈さん?」
クコは首をかしげている。しかし考えてみれば無理もない。クコはヒナの名を一度聞いたきりなのである。サツキと違ってあのあとも何度か会話したわけでもない。
だが、クコは記憶力がなかなかによかった。
「思い出しました。うさぎ耳の方ですね」
「うむ」
「確かに名字が同じですね。初めてお会いしたとき、天動説はあり得ないって言ってました」
「うむ。あり得ないと言い切った。天体観測もしていた。これは無関係じゃないと思ったんだ」
「そうですね。わたしも同意です」
「だが今、浮橋陽奈がどこにいるか知らない」
「はい」
「まあ、縁があれば会うだろう」
「事情があるのなら力になりたいですが、こればかりは仕方ありませんからね……」
手紙の預かり所へと歩く道すがら、号外を配る人間は他にもいて騒がしい。
クコは通りを見ながら言った。
「王都とはまた違った、賑やかな街ですね」
浦浜に来たことなら何度もあるクコだったが、いつも馬車で通るばかりで、こうやってゆっくり歩いたことなどなかった。
「号外があるからってだけじゃないわね」
「ショーみたいなこともやってるんだな」
サツキが視線を切った方向では、路上で見世物をしている人がいた。魔法なのか特殊な道具を販売しているようだった。
「……」
その横に、サツキの視線は注がれる。
針売りであった。
――あれは……
『
猿のような顔つきをした青年で、年は若そうなのだが年齢がわかりにくい。愛嬌のある目がくりっとしていて、よく回る舌を振るっていた。
「やあやあやあ! そこの方々、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こちらの針はなんとなんと、魔獣すらひと飲みにした大黒鯛を釣り上げたのと同じ針! 我が輩も驚いたがそのあとにもまた別の人間がこれを使って釣り上げたというだなも! どんな魚も釣りに釣れる、まだ
声も大きい。笑顔もいい。つい足を止める人もちらほらいて、買い手もいた。
二人組らしく、猿顔の青年が口上で宣伝し、いっしょにいるもう一人の青年がその後ろの台で会計をやっている。
――宣伝上手な人だ。
サツキは感心する。
売り方にも種類があり、情熱的に売るのは熱売というが、その要素もありつつ基本的にはチャラ売、つまりは冗談を言って笑わせながら売るスタイルのようだった。
――やっぱりあのしゃべりは、田留木城下町にもいた人だ。旅をしながら針売りをしてるんだな。
猿顔の青年はまだしゃべる。
「やあやあやあ! そこのお兄さん、着物が少しほつれているだなもね! これはこうしてチャチャチャのチャ! だなも!」
と、サツキの少し前を歩いていた青年の着物のほつれを素早く直してしまった。
「おお、すごいな」
「この針は折れにくいしお兄さんの着物みたいな上等な生地でも一瞬で縫えるだなもよ!」
「そうかい」
「お連れのお姉さん、いかがだなも?」
「え、ええと」
猿顔の青年は目を丸くして、
「あら? はて。お姉さんの着物もかなり上等だが襟がもうすぐほつれてしまいそうだなもね。せっかくの上物、いい針を使わないと生地が傷ついてしまうだなも。今ならサービスするから、欲しい数言ってちょうだいね」
と、最後だけ小声で言った。
見ていた人たちにいい格好したくなるのが人情で、そのカップルは自分たちの着物が上等だと言われて悪い気はしないし、せっかくならその上等な着物をちゃんと縫える針を買っておこうという見栄が働いた。
立て板に水としゃべりながら機を見て黙って反応を待つなど、猿顔の青年はその心理をくすぐるのが絶妙にうまい。
結局、カップルは針を買って行った。
サツキは遠巻きに見ていただけだが、
――俺は余計な物は買わないようにしよう。
と決めた。
アキとエミは散歩している犬と戯れており、ちょうどあの雄弁な針売りには釣られなかったようだ。
が。
「すごい針のようです。サツキ様」
目を輝かせてサツキを肩越しに振り返るクコを見て、サツキは苦笑しルカは無表情に、
「俺たちには必要ない」
「そうよ。それより、手紙でしょう?」
「はっ、そうでした」
クコの目が覚め、三人はアキとエミに遅れないようまた歩き出した。
手紙の預かり所。
ライティングビューローが並び、そこでも手紙を書くことができる。アンティーク家具のような雰囲気がある。
アキとエミはライティングビューローで手紙を書いている。
「せっかく来たんだし、みんなに手紙を書いておこうよ」
「だれに書こうか迷っちゃうね」
サツキは伝書鳩に興味があった。
ここには何羽もの伝書鳩がいる。
それも、みな帽子をかぶっており、サツキが知っている鳩より大きい。一回りは大きいこれらの白い鳩は、スピードもあってよく飛ぶそうだ。
「晴和王国からアルブレア王国までなら、一週間もかかりません。五日ほどでしょうか。とっても賢いんですよ」
「種としての学名も伝書鳩なの。大きくて真っ白なのが特徴よ」
クコとルカが交互に説明してくれる。
「一応魔獣とされていますが、人間と共存し人間の言葉を理解します」
「手紙は小さなショルダーバッグに入れて運ぶんだけど、王都の子供たちが持ってる《
「ナズナさんとチナミさんが持ってる、
《
サツキがその話をしようと思ったとき、ちょうど伝書鳩が飛び立つところだった。
「いってらっしゃい。気をつけてな」
ここの係員が友人のように語りかけ、伝書鳩がこくりとうなずく。
そして、伝書鳩は大空に羽ばたいた。
サツキは伝書鳩を目で追った。
「風を舞い上げて、もうあんなに高く……すごいな」
「あの方角だと、今の子は西に行くんですね。わたしたちより、一足先に」
「うむ」
受付に行き、クコが手紙の預かり所で手紙を受け取る。その手順は、差出人と受取人の名前を、専用の用紙に書き、受付に提出するというものである。
「どら焼き様からゴジベリー様への手紙ですね。はい、預かっております」
「ありがとうございます」
クコは手紙を受け取った。
この世界の手紙は、証明するものは必要なく、情報が合っていれば受け取ることができる。これは、偽名を使っていても双方がわかっていれば受け取れることを意味する。
「つまり、今回みたいにこのやり取りを内密にしておきたい場合なんかは、フルネームじゃなくてあだ名みたいなものでもいいってことか」
「はい。この旅でのわたしの差出名は、ゴジベリーにしています」
植物のクコは、別名ゴジベリーやウルフベリーともいう。そこから来たのだろう。単純なネーミングである。
――ハンドルネームのようなものだな。
と理解する。インターネットなどこの世界にはないから、サツキはこの単語については話さないでおく。
「でも、どら焼きっていうのはなぜなんだ?」
「藤馬川博士の好きな食べ物がどら焼きだからです」
「なるほど。俺も好物なんだ」
「あら。気が合いそうですね」
そんな名前でも手紙のやり取りができるのだから、ある意味便利なものだ。
一応、住所も記載すればそちらへ届けるという配達もあるらしい。それは伝書鳩ではなく、人の手で行われる。たとえば、浦浜に住む人への手紙なら、集荷したものをここから配達員が運ぶ。人の足によるためこの配達にはさらに少し時間がかかるということである。
エミがクコの手元を見る。手紙を持っているのを確認して、
「あ、クコちゃんも用事が済んだみたいだね」
「はい」
どうやらアキとエミも手紙を書き終え、受付に出してきたらしい。
「じゃあ行こうか」
アキが明るく声をかけ、五人は預かり所を出た。
サツキはクコに聞いた。
「手紙はどこで読むんだ?」
「そうですね。あそこはどうでしょう。肉まんを食べませんか?」
クコが指差したのは、シュウマイと肉まんの店だった。『
「大きな肉まんみたいだな」
「一つだけ買って、分けて食べましょう」
シュウマイは串焼きになっており、四種のシュウマイが食べられる食べ比べと顔の大きさほどもある肉まんが名物らしい。
「さんせーい。でもあれは丸々かぶりつきたいなあ」
「うん。ひとり一個でいいかも。まずは腹ごしらえだね。久しぶりにみんなに挨拶しておこーう」
アキとエミはどうやらこの店の人とも知り合いらしかった。
ルカはジト目でアキとエミを見て、
――さっき昼食をいただいたばかりなのに。相変わらずよく食べるわね、この二人……。
と思っていた。
クコは二人の言葉を聞くや、力強く言った。
「わ、わたしも腹ごしらえです!」
急に食欲旺盛になったクコ。
結果、アキとエミとクコが一人一つずつ、サツキとルカが二人で一つを食べることにした。
女性店員がにこやかに、
「いらっしゃいませ。あら、アキちゃんエミちゃん」
「お久しぶりです」
「食べに来ました」
アキとエミがみんなの分の注文を済ませ、店員とおしゃべりしている。
一方、クコは手紙を広げた。
「では、読みますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます