50 『固体と固定』
天守閣にいる三人がスライムに翻弄されているその間も、クコが直接攻撃に打って出ているため、プリシラも後ろへのちょっかいにばかり気を回していられない。
――やっぱり王女は、後ろを気にしてる。剣の動きも鈍くなった。でも、攻撃態勢を強めてもいるからやりにくい。
プリシラはクコの剣をスライムで押さえ、ぽつりと聞いた。
「お仲間、困惑中。気になる?」
「なります。でも、わたしが頑張らなければなりません」
スライムに剣の刃が絡め取られそうになると、クコはこれをサッと引いて距離を取る。
さっきからこの調子で、ヒットアンドアウェイ戦法を採っていた。
――このままでは、情報が足りません。ルカさんの《
確か、「《レイノルズ》発動」と言っていた。
――たぶん、わたしの剣も多少はこの効果によって阻まれている。スライムのあの柔らかさなら、剣も貫通するはず。しかし、実際は違った。剣を押さえるときもこの《レイノルズ》という技あるいは仕組みが邪魔をして、硬さと柔らかさをうまくかみ合わせている。
だとすれば、いくら最大火力で立ち向かっても、直接攻撃は簡単にいなされてしまうに違いない。
レイノルズ――別名ダイラタンシーと呼ばれるそれは、遅い刺激には液体のように反応し、速く強い衝撃に対しては固体にも似た抵抗を示す現象である。それ故、先のルカの《
――直接攻撃が無理なら、ほかの手を……。そうだ。わかりました。かっこいい勝ち方ではありませんが……。
一つの選択肢を切り捨てたら、案外すぐに対案が浮かんだ。
――どうせ、近づいてもスライムを思い切りくらうだけです。致命傷はない。ここは、大胆に行きます!
決心して、クコは駆け出した。
クコは、プリシラに向かってまっすぐ進む。まっすぐ行くものは速く目的地まで到着する。
「これで決めます」
「来たね、王女。どうする?」
プリシラが両手にスライムを持って構える。
そこへクコは飛び込んだ。
「やあっ!」
剣で斬りかかる。
――それじゃあさっきまでと同じだよ、王女。
これまでの攻防と同じようにプリシラが左手のスライムで剣の刃を受け止め、もう一方の手でスライムを投げようとする。
そのとき、クコはヒットアンドアウェイ戦法をやめて、剣を右手だけに持ち、左手でプリシラのスライムを受け止めようと手を伸ばした。
――届いて……!
身体ごと飛び込んだクコは、左手がプリシラの右手に触れるほどの距離まで詰められた。
もう投げるモーションに入っていたプリシラの右手は、そのままクコの左手とぶつかった。スライムを挟んで、クコとプリシラの手がせめぎ合う。
プリシラの眉がぴくりと動く。
――しまった。スライムの操作が……。
片手で剣を受け止めているため、もう片方の手でスライムをうまく操作してクコへ襲いかからせる、ということが咄嗟にできない。
しかも、剣をスライムにくっつけて奪おうにも、ぴったり固定されているように動かない。
――なんで、動かない……?
クコの左手はスライムに触れると、そのスライムを握り取る。これもプリシラには予想外だった。
――うそ……? 私のスライムが、私のコントロールよりも別のなにかに優先された……? スライムが取られるなんて、あり得る……?
握り取られたスライムは、クコの力技で、プリシラの顔面めがけて投げつけられた。
スライムは、プリシラの顔面に命中した。スライムが勢いよくぶつかり、バチンと音を立てた。
そして、プリシラはバタンと倒れた。
「んもんもっ」
息ができずにバタバタするプリシラは、スライムを剥がそうとするが、クコがプリシラの両手を押さえてそれを防ぐ。
――スライムを動かそうにも、動かせない。どうして……? 遠隔操作できなくても、スライムは手のひらから吸収して体内の魔力に戻せる。邪魔しないで。時間制で戻そうとしたら、この量だと……。
プリシラは対抗策を打つことなく、スライムの下でうめいたかと思うと、急に静かになった。
「《グリップボード》。本来は、壁に相手を固定するのに使っている魔法です。今回はその対象をスライムにしました。壁の役割があなただったのです。固定されたスライムは、遠隔操作できなくなっていたというわけです。ちなみに、投げさせていただいたそのスライムですが、わたしの《スーパーグリップ》でわたしの手にくっつけさせてもらいました。だから、あなたの管理下にあっても、わたしから引き離すことができなかったのです」
玄内の魔法《
クコがゆっくりスライムをはがすと、プリシラは気を失ってしまっていた。
「気を失っています。でも、スライムは消えません。ということは、やはり時間で消えるものか、なにか特別な消し方があったんですね」
そこまで確認して、クコはふうと息をつく。もうスライムにイタズラされることがなくなったとわかったリラ、ナズナ、ルカの三人も安堵の息をついたのだった。
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