49 『イタズラとレイノルズ』
『アンニュイなスライム使い』プリシラは、冷静にクコへの洞察を加えていた。
――うーん。
と、城にいるリラたちにも視線を切る。
――やっぱり、王女は第二王女たちのことを常に気にかけている。これは、スライムに責められて恥ずかしくなって、気が気じゃないからか。あるいは……常に周囲を気遣いしすぎる性格から来るものか。たぶん、両方。スライムを初見の人は大抵あんなふうに目の前の戦いに集中できないし、それもある。でも、王女はちょっと優しすぎる。し、甘い。
そう見切ったプリシラは、戦略を少しだけ変えた。といっても、こちらのやるべき手数が増えるだけで、それほどの負担はない。
――ちょっと後ろに、ちょっかいかけてみようかな。
そして、ルカを見る。
――あの女、さっき私のスライムを気味が悪いって言ったし、軽くお仕置きしてあげる。
プリシラは、魔法でスライムを作り出すことができる。
魔力をスライムに変質させるのである。
一度に作れるスライムの総量は魔力が尽きるまでいくらでも可能だが、一度に操れるスライムの容積は違う。
――実は、私の《スライムづくり》は魔力の限りいくらでもスライムをつくり出すことができるけど、私の肉体と同じ体積のスライムしか同時に操作できない。スライムの形状はアメーバみたいに変えられるから、思った以上の量をコントロール下における。
また、スライムは手のひらから作る。
――手のひらから作ったスライムは、同じく手のひらから吸収して体内の魔力へと戻すことも可能。戻さなければ、時間制で消えてしまう。今、スライムは私の衣服を通って後ろに隠れて移動してる。このまま後ろにいる王女の仲間たちの元まで行く。これでイタズラする。
クコはまた斬りかかってきて、スライムの魔法に関する条件や弱点を探ってきている。
これを受けながら、プリシラは自身の体積の半分のスライムをだれにも気づかれずに城の背後から城壁をのぼらせてゆく。
――視認できなくとも、感覚でコントロールできる。そろそろ第二王女たちの元へ到着。
アメーバのようにうごめきながら、リラたちの近くまで迫る。
――最初はあなたから。
そして、スライムはまず、ルカの下駄によじのぼった。
スライムがルカの足袋より上にのぼった瞬間、その感触が直に身体に届いた。
「あっ」
ルカは艶っぽい声を漏らした。
「な、なに……? んっ」
口を押さえて、ルカは身を固くする。ここまでまるで気づかなかったが、スライムが足をのぼっているのである。
――取りたいけど、それには着物を脱がないと……。なにこれ。
冷たくて湿っていてヌルヌルしている。粘性のある物質が身体を這い回っている。
ルカは、術者であるスライム使いプリシラをにらみつけた。
――クコはこんなのと戦っているのね。嫌な魔法。やり返してやるわ。
手のひらを向け、ルカは魔法を発動させた。
「《
プリシラの足下から、大量の刀や剣、槍が飛び出てくる。《お取り寄せ》と《
「わっ!」
驚いたのはクコ。
しかしプリシラは予測済みだった。
――やっぱり来た。
大量の刀剣が出ると同時に、どろっとプリシラの足下にスライムが膜を張るようになだれ落ちた。
「《レイノルズ》発動」
ぼそりとやる気なさそうにプリシラがつぶやくと、《刀山剣樹》の刀剣がスライムに突き刺さって動きを止めた。
これら刀剣を《思念操作》で操作しようとして、ルカは切れ長の目を細める。
「動かない。手応えが……あんっ」
スライムにショックを吸収されかけた瞬間、スライムが硬化したような感じがした。しかもその原因究明をしようとしたところで、スライムが胸にまで迫ってきて変な声が漏れてしまう。
「ルカさん?」
リラが心配そうにルカを見やる。
「ち、違うの。リラも気をつけ……」
「きゃんっ」
ぴょんと跳ねるようにしてリラは身体をビクつかせた。
「スライムです」
リラの身体にもスライムが這い上がってきた。
「すらいむ?」
隣で小首をかしげるナズナに、ルカが説明する。
「今クコが戦っている相手が、手に握っているでしょう? あれよ」
「ふしぎな……水色の、ですね」
「いやん」
リラが内股になって両手で口を押さえる。
「そんなに、なっちゃうの……?」
クコだけでなく、ルカやリラまでもがそんな反応をするのがナズナには不思議だった。
だが、その時はナズナにもやってくる。
「ふにゃぁ」
力の抜けた猫みたいな鳴き声でナズナはうめいた。そして、ナズナはよろよろと脱力して、地面にへたり込んでしまう。足をビクッとさせてつぶやく。
「へ、へん……だよ、リラちゃん」
「お姉様に、勝ってもらおう」
「うん」
着物を崩せないルカはもぞもぞ動くスライムに耐えるのみで、リラとナズナは二人で互いにスライムを引きはがし、クコの戦いを見守る。
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