48 『チャックと魔法の矢』

 リラはナズナしかと見る。


「じゃあ、リラ行ってくるね」

「がんばって。わたしも、空から狙いをつけて、矢を打つから」

「リラたちのコンビネーション、見せてあげよう」

「うん」


 真剣な表情でナズナがうなずき、リラもうなずき返す。リラはチャックを開けてぬいぐるみの中に入る。チャックは中からでも閉められるらしく、リラが自分で閉めた様子だった。

 途端に、テディボーイのぬいぐるみが動き出した。


「すごい。本当に、動けるんだね」


 こくっと、リラはうなずく。しかし、声は出せない。ぬいぐるみに口はないから、声は出せないのである。

 リラは意を決して、宝箱に飛び込んだ。

 が。

 お腹がつっかえて、身体がハマってしまった。


「……」

「……」


 ナズナとルカが呆然とその様子を見ること数秒、リラがバタバタとぬいぐるみの両手足を動かし始める。

 ぬいぐるみの頭がナズナを振り返り、なにか合図をしている。


「あ、押してって言ってるんだね」


 こくりとテディボーイがうなずいた。

 我に返ったナズナが、一生懸命にリラを宝箱に押し込む。ルカもいっしょになって押して、やっと動いた。


「やったっ」


 すぽっと、リラが宝箱の中に入った。

 リラはぬいぐるみの両手をあげて、すべり台を勢いよくすべり落ちる。


 ――わーい! 気持ちいい!


 下に光が見える。


 ――あそこが、出口ね。よーし! 勝負だよ、スティスちゃん!


 ぬいぐるみの身体が出口を出た。

 しかし、それは下半身だけで、


「うわ! なんか出てきた! 足? ぬいぐるみ?」


 スティスが驚く。

 ワープ口にお腹がつっかえたまま足をばたつかせたあと、すぽっと全身が登場する。なにもなかったはずの空間の、二メートルほどの高さから出てきたそれは、クマのぬいぐるみだった。しかも高さは一八〇センチを超える。


「なになに? クマ?」

「……」


 右手だけぱたぱたさせて、クマはなにか言いたげだった。


 ――テディボーイです!


 リラは心の中では説明するけれど、声が出ないから相手には伝わらない。


 ――これは、次からはお口をちゃんと描かないといけないわ。


 本物のテディボーイにも口はあるのだが、今回はそこは省略してしまっている。この反省は次に生かせばいい。


「……」

「……」


 じぃっとクマを見つめるスティスであったが、突然、クマのぬいぐるみは走り出した。


「うわああああ! こっちに来たー!」

「……」


 スティスとリラの追いかけっこが始まる。猫のように四本の手足で身軽に駆け回るスティスを、リラはなかなか捕らえられない。スティスはなかなかのスピードで移動できた。

 その間に、ナズナは宝箱が消えたのを目撃する。


「消え……ちゃった……」

「使ったら消えてしまうのよ。小槌で出した魔法道具はね。それより、リラは戦い始めたわよ」

「は、はい。わたしも、行きます」


 ナズナは、背中の翼をぴょんと動かして空を飛ぶ。

 空中で静止し、左手の親指と人差し指を立てて弓を創り出す。


「《》」


 左手に装着したアクセサリー、その手の甲のピンク色の宝石が光り、ブレスレットから弓状になった羽が出現する。

 背中の羽に手を伸ばし、一枚の羽を光の矢にした。


「《うたた寝羽魔矢エンジェルウインク》。でも……」


 構えたまま、固まってしまう。


 ――すばやい……狙いをつけるの……むずかしい……。


 隙を作るために、リラがスティスを追い詰め、あわよくば捕らえる作戦だった。しかし、リラも苦戦している。


「捕まらないよーん」


 スティスは、心に余裕が出てきた。


 ――なーんだ。クマさん、そこまで速くはないね。これなら大丈夫。さっきからあの子が弓矢を飛ばしてきてるけど、それも狙いが定まってないし、二人まとめて逃げ切れちゃうね。


 ちらっと頭だけ後ろを振り返ると、クマのぬいぐるみは立ち止まっていた。


 ――あれ? これは、あきらめてくれたかな?


 ふふん、とスティスが得意になって胸を張った。


「そろそろ終わりかなー?」


 そのとき、クマのぬいぐるみは、地面に敷かれた石板を力任せにひっくり返してしまった。


「うそーん!」


 身体が跳ね上がる。


「なんて馬鹿力なのー!?」


 石板ごと投げられて、スティスの身体は空中にあった。


「下はクマさんがいる! 上は……あっ!」

「終わり、です」


 ナズナの弓矢が、空中で無防備になったスティスを射抜く。魔法の矢が当たった瞬間、スティスは「すややぁ」と眠ってしまった。

 落下するスティスの真下に、リラはダッシュした。

 どす、どす、どす、と加速し、助走をつけると、クマのぬいぐるみはジャンプする。

 スティスを抱っこする形で受け止めて、どすんと着地した。


「リラちゃん……!」

「……」


 ぶんぶんとリラが手を振る。


 ――やったよー! ナズナちゃーん!


 声は出ないけど、心の中ではそんなことを言っていた。

 スティスをゆっくり下ろして寝かせてやると、リラはテディボーイのぬいぐるみから出てきた。

 チャックを剥がして、リラはナズナにさわやかな笑顔を向ける。


「リラたちの勝ちだね、ナズナちゃん」

「うん。やったね、リラちゃん」


 ナズナとリラが手を取り合って喜びを分かち合う。

 ルカは天守閣からそんな二人を見て、薄く微笑した。


「やるじゃない」


 身体も弱かったあのリラがこうやって戦う姿を見る日が来るとは思っていなかった。


 ――サツキ。この二人、すでにいいコンビだわ。ナズナはチナミとも連携が取れるし、参番隊はきっといい隊になる。成長もしてるわ。


 リラとナズナの元にフウサイが現れ、「捕縛しておくでござる」とスティスの手足を縛ってくれた。リラは「ありがとうございます」と礼を述べる。

 ナズナはリラを抱いて、空を飛んで天守閣へと戻ってきた。ルカが迎えてくれる。


「おかえり。リラ、ナズナ」

「はい。ただいま戻りました、ルカさん」

「ただいま、です」


 見下ろす戦場では、サツキはジンを相手に苦戦している。だが、ルカは余計な手出しはしない。


 ――サツキの戦いはかなり厳しい。でも、サツキには、詰ませるまでの筋道が見えているように思える。動きに迷いがなくなった。あとは、その時を待つのみ。クコはどうやってあの女のスライムを攻略するのかしら。


 ルカは眺望した。

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