51 『サツキと波動』

 サツキは、騎士団長マルコの召喚した『ランプの魔人』ジンを相手に、こう宣言した。


「炎を消し去る。つまり、ジンのすべてを」


 ジンは『炎の精』であり、炎と同じ性質を持つと聞いた。

 話に聞いたことと分析したことを総合してみると、ジンに勝つには、術者マルコの意識を途絶えさせるか、ジンが炎と同じ性質であることを利用して消してみせることが有効だと導き出せた。

 そこで、サツキはジンを炎のように消すことにしたのである。

 消す、と言われて本気の怒りで震えていたジンだったが、さらにそこまで宣言されて激昂した。


「テメーみたいな小僧になにができる! やってみろー! オラ! オラ!」


 突撃して殴り、炎を操り力任せにサツキを攻撃する。


「焼き尽くすゥ! 焼き尽くしてやるぜ! オゥラ!」


 元々、冷静な頭脳で効果的な攻撃を繰り出してきていたジンではない。


 ――怒りで全力を出すほうが強いな。この手の相手はあんまり挑発してもおいしくない。勉強になった。


 ただそれだけを思い、サツキは攻撃を捌きつつ、《せいおうれん》で魔力を練る。


 ――こちらも、本気で全力をぶつけさせてもらう。


 そのためには、魔力を練るのに時間もかかる。言い換えれば、攻撃を捌いて時間を稼がねばならない。

 サツキの《せいおうれん》は、この世界のほかの人たちもやったことがない魔力の高め方である。魔力を練り込み、圧縮させる。爆弾のようにパワーを凝縮させるイメージのコントロールで、それを解放したとき、大きな力になる。

 圧倒的な破壊力でサツキに襲いかかるジンを相手にしつつ魔力を練るのは、簡単ではなかった。


 ――ほかの戦略的な攻撃がジンにあるのか。考える必要もない代わりに、肉体のほうがギリギリの戦いを強いられる。頭脳ばかりで勝負しようとしてもいけない。だが、あと少し……。


 カウンター技を放つことも考えたが、それではさっきと同じ。持久戦になりかねない。

 ぐっとこらえて、魔力を練り込んだ。


 ――来た。


 サツキは目の端でクコの戦いがどうやら終わった様子であることまでわかった。

 むろん、フウサイやリラとナズナ、シャハルバードたちも戦いを終えている。

 まだ残っているのはジンだけだった。

 だが、それも今に終わる。

 最後に、サツキはジンに問いかけた。


「火を消すのは、水以外になにがあるか知ってるかね?」

「ハァン? 知らねーよ! ねーよ! オラ!」


 激情にかられて殴りかかるジンにも、サツキは冷静に教えてやる。


「土をかけても消えるし、風を吹きかけても消える」

「だからどうしたァー!」


 サツキは刀を持つ手を横にやると、手から刀が消えた。《どうぼうざくら》の《ぼう》の効果によって帽子の中にしまったのである。


「だから、吹き消すのだ」


 ゆっくりと拳を引き、


「《おうしょう》」


 手のひらを突き出した。

 衣ずれの音が鋭く響く。

 その音は、スパッと切り裂くようだった。

 正拳突きをする動作で、拳だけ掌底打ちをした形である。空手をやってきたサツキだからこその綺麗な音である。

 これによって、練り上げた魔力を一気に解放した。

 今まで、強敵を相手に何度もため技を使ってきた。しかし、今回のはひと味違う。過去最大に威力を高めている上に、掌底打ちである。

 しかも、これはただの練り上げた魔力の解放とも違う。

 ガンダス共和国ラナージャで出会った友人・レオーネが使ってみせた魔法、《どうほう》から着想を得た、《波動》の力。あれを《いろがん》で見て、見よう見まねで《波動》の修業をしていた。あの《波動砲》みたいに目に見える渦巻くような魔力の塊にまではできないが、魔力を衝撃波とすることまではできるようになった。

 そんな新技だった。

 元々、サツキの思いついた《せいおうれん》と《波動》の魔力コントロールは似たものがある。通常ではあり得ない魔力の圧縮が行われている。似ているからこそ、近づけたのかもしれない。

 突き出されたサツキの手のひらが、ピタと止まる。

 爆風が巻き起こった。

 数メートル先にいるジンに爆風が届くと同時に、ジンは叫び声を上げた。


「フワァァァァァァァァァァァァ!」

「ジンへのダメージの何割が召喚者マルコ騎士団長に行くのか、推理はできなかった。が、消えれば終わりだ」


 強力な爆風でジンを吹き消した。煙のように跡形もなく消え失せる。


「『炎の精』を水で消せると教えてもらえた。だから、ジンは炎と同じ性質によって消える存在だと解釈できた。あとは簡単だ。この世にいくつも存在する、炎を消す手段から、今の状況で可能なもっとも有効な手を探るだけでいい」


 マルコの手からは魔法のランプが滑り落ちる。


「見事だ」


 ひと言だけ述べて、マルコはバタリと倒れた。

 理由は、マルコはジンが受けるべき大ダメージを肩代わりして受けてしまったからである。

 もし、消えてもまた召喚できるのならば、一人ではもう打つ手なし。戦闘を終えたクコたちみんなに協力してもらい、なんとかもう一度《おうしょう》を放つしかない。だが、ジンが受けたダメージはかなりのものだったらしい。マルコは気絶している。

 マルコが気絶していることにもまだ気づかず、サツキは続ける。


「火というのは、古来は四大元素や五行思想でも扱われる自然の力だ。どちらも水に弱いとされる。場合によって、風は火を強めるとも言われる。が、火は強力な風で吹き消せるのだ。さっきフウサイがしたようにな」


 既にマルコが気絶していたことに気づき、


「しゃべりすぎたな、お互いに」


 サツキは肩越しに振り返り、天守閣を見上げる。


「ルカ、マルコ騎士団長の治療を。フウサイ、その前に捕縛を」

「わかったわ」

「御意」


 指示を受けた二人がそれぞれその作業を終える。

 サツキがクコに聞いた。


「クコの相手はスライム使いだったようだな。どうやって倒したんだ?」

「ええと、それは……」


 プリシラとの戦いを思い出してやや顔を赤らめるクコに代わり、ルカが淡々と答えた。


「互いにスライムを顔面に投げ合っていたわね」

「は、はしたないです」


 恥じるように肩を縮めるクコだが、サツキはふっと軽く笑って流した。


「それで呼吸を奪ったというわけか。考えたものだ」


 ぱたぱたと背中の翼を羽ばたかせて飛んでくるナズナと抱えられたリラがサツキのすぐ後ろに着地する。


「最後の一撃、とってもパワフルでしたわ」

「すごかったです」


 リラとナズナに褒められる。

 サツキは二人を振り返った。


「とある人に見せてもらった魔法から着想を得て、玄内先生にも相談して完成させた新技だったんだ。俺の《せいおうれん》の感性と波動の感覚が近かったからできたんだと思う。あとで先生にお礼を言わないとな。もう一人には、会えるかどうかもわからないが」


 ルカは横目でサツキを見て、心の中でつぶやく。


 ――ものすごい威力だった。レオーネさんが使った《波動砲》については、私もいっしょに見ていた。あれをサツキが自分でもやろうと思うと言っていたとき、無理だと思ってた。実際、今のは《波動砲》とは違う別種の物。でも、原理はつかんでる。《波動》の力を使うと、これほどの爆発力を生むなんて。あの掌底打ちを肉体に直接受けたら、その衝撃は計り知れない。ミナトと出会って剣の修業に力が入っていたものの、サツキは空手の修業もかかさなかった。その成果でもあるわね。


 サツキはナズナを褒める。


「ナズナ、さっそくいい仕事をしたな」

「サツキさんが……弓、教えてくれたので」


 はにかむナズナに、サツキは小さく微笑みを返した。

 サツキは今回の勝利の土台を築いてくれたリラにも、礼を言った。


「ありがとう、リラ。この城のおかげで勝てた」


 リラは上品に微笑んでみせる。


「みなさまのおかげです。サツキ様、戦闘中あまりお役に立てないリラにもお役目をくださり、ありがとうございます」

「着ぐるみで戦ってたじゃないか。すごかったぞ。ナズナとのコンビネーションも抜群だった。そして、リラには次からも魔法でいろいろつくってもらうと思う。よろしく頼む」

「はい。がんばります」


 さっそく次もやってもらうと注文をつけるサツキの遠慮のなさが、リラには頼られている気持ちにさせられてうれしかった。不器用ながらも普段から礼儀正しさを持っているサツキの性格を考えると、リラはサツキにとって必要な存在になったようにも思えたのである。


 ――次は、どんなことを言い出すのかしら。


 リラはサツキの横顔を見て、そっと胸の内に期待を忍ばせた。

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