59 『マジックザラボラトリー』

 場を霧にしたレオーネは、これで自分も視界を失った。


 ――オレも相手の状況が読めなくなった。しかし、視るすべはいくらでもある。まずは、霧で爆弾の動きを止めさせてもらったよ。……しかし玄内さん、フィールドカードまで追加してくれたなんて。頭が上がらないな。


 デッキの見直しといっしょに、フィールドまで操作する魔法を仕込んでくれていたのである。

 自分の持っていないカードも随分と追加されているようで、レオーネはこの試合を実験室にするつもりだった。


「ロメオ。もう少し試していいかな?」

「いくらでも付き合うさ」

「グラッチェ」


 そんな会話を交わす二人に対して、デメトリオとマッシモは困惑していた。


「デメトリオさん、どうすればいいんすか?」

「爆弾の手は止めました。しかし、声も聞こえた。それを目安に投げていきます。気をつけてくださいね」

「はいっす!」


 マッシモが返事をするのと、レオーネが次のカードを使うのは同時だった。


「キミたちがなにもしないなら、またオレのターンだ。行かせてもらうよ。士衛組参番隊隊士、『てんくううたひめおとなずなの魔法《てん使はね》」


 霧の中、レオーネの宣言だけは聞こえる。

 カードがくるくる回転しながら背中に回り、そこで消えて、レオーネの背中からは、バサッと白い羽が生えた。ナズナのものよりもずっと大きい。羽の形は白鳥のようである。

 羽ばたかせて、ぐんと空を飛ぶ。


「飛行するとはこういう感覚なのか。気持ちがいい」


 知人の魔法《どう》で空を飛ぶのをトレースしても、あれは飛びにくかった。自由に飛んでいる、という実感は持てなかったので、今は初めて空を飛んでいるという感覚がしている。

 あっという間に上空に浮かぶが、霧もかなり高い場所まであるため、観客たちにはレオーネの姿がまだ見えない。

 デメトリオがマッシモに指示を出す。


「マッシモ。聞きなさい。レオーネさんは飛んだようです。足場を作ったのか、跳ねたのか、それはわかりません。しかし、そうとわかれば邪魔をしなければなりません。おれは爆弾の投下を再開しますよ」

「オッケーっす! ぼくもロメオさんの気配を探って、順次戦闘を再開します」

「任せました」


 魔法の爆弾《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を投下しながら、デメトリオは考える。


 ――ロメオさんの魔法《魔法透過バニシングスルー》は、他者の魔法をすり抜けるもの。霧をすり抜けはしても、霧を無効化するものではない。つまり、彼にも我々の姿は見えていない。剣術のセンスもあり、本来は剣術だけでも強敵とバトルできる実力を持つマッシモなら、ロメオさんの位置が特定できれば、距離を詰めてぼんやりとでも相手を認知し、バトルを繰り広げられる。だから、おれはレオーネさんに《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を一発でも当てればいい。そのあとの戦いは楽になります。先にレオーネさんを倒して、ロメオさんを二人がかりで攻めれば、おれたちの勝ちです。それは難しいことではありません。


 次々に、デメトリオは《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を繰り出していった。

『司会者』クロノは現在の状況を解説する。


「今、霧が四人の選手たちを舞台に閉じ込めています。そんな中でも、戦況は着々と動いているようだぞー! マッシモ選手はロメオ選手を手探りに捉えようとしており、デメトリオ選手はレオーネ選手に《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を当てるべく投下攻撃を再開しています! 一方、ロメオ選手は行方がつかめず、静かに身を潜めているようで、レオーネ選手は飛んだとのことです。飛ぶといっても、足場を作ったのかジャンプしたのかは不明だ! あぁーっと! 霧が、徐々に晴れてきたぞー! みなさん、舞台にご注目ください! 戦況は、どうなってるんだ!?」


 霧が晴れてゆく。

 舞台には、剣を振り回すマッシモとゴーグルをかけてそれを捌くロメオが地上にいて、空中に打ち込まれた釘の上にいるデメトリオがその一帯に《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を投下している。


「い、いない! この特大の一発を当ててやろうとしたのに……」


 困惑して爆弾を握りしめるデメトリオを待つことなく、クロノは実況を続ける。


「かなりの攻防が繰り広げられています! 霧の中でも、地上にいるこの二人は激しい戦いをしていたー! すごいぞ、ロメオ選手! ナイス闘志だ、マッシモ選手!」


 さっそく二人を称えるクロノだが、一人姿が見えない選手がいることに触れた。


「しかしかししかーし! レオーネ選手は、いったいどこにいるんだー? デメトリオ選手も探しているぞー! 足場はマッシモ選手が作った空間釘《SPLASH!スペースネイル》だけで、そこにはデメトリオ選手がいるのみ! 時間制で消えた残りの足場は影も形もない。じゃあ、レオーネ選手は……んん!? な、なんだ!? なんだなんだー!? 舞台に天使の影があると思ったら、う、上だー! レオーネ選手はデメトリオ選手の遥か上空にいるー! まるで天使、いや神――それもコロッセオの神様だ!」


「な、なんですって!?」


 バッと上空を見上げるデメトリオと観客たち。

 レオーネは爽やかな微笑みで言った。


「ロメオ、カードを入れ替える」

「了解」


 手札すべてをロメオに向かって飛ばすと、マッシモと戦いながらもロメオの左手が開いて、手のひらがそれらを吸収した。


「《引き出す掌アシストホール》。レオーネ、どうだ?」

「ああ。いいのが来た」


 優雅な微笑みを浮かべ、レオーネはカードを人差し指と中指で挟んだ。

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