58 『アベイルショー』

 レオーネとロメオが戦う相手は、デメトリオとマッシモ。

 五十勝十七敗で挑戦権を手にした実力者コンビだ。

 試合開始と同時に、マッシモが仕掛ける。

 マッシモは、指先を折り曲げて両腕を突き出した。


「突き出せ、空間釘! 《SPLASH!スペースネイル》!」


 なにもない空間に、大きな釘が打ちつけられた。細い鉄釘ではなく、オブジェチックな白い釘である。


「最初に動いたのはマッシモ選手。空間に釘を打ち込む魔法《SPLASH!スペースネイル》を発動させました。この釘の大きさは自由に変えることができます。ゴーグルをすると他者の魔法をすり抜けられるロメオ選手には効かないとみて、レオーネ選手の服にも突き刺そうとしましたが、これは避けられてしまいます」


 クロノの解説を笑い飛ばして、マッシモはさらに釘を打つ。


「肩慣らしさ! 当たらなくて結構」


「続いてデメトリオ選手、マッシモ選手が打ちつけた釘の上に飛び乗りました。この二人の得意のパターンに持ち込むつもりです。お! やはり、デメトリオ選手の手には爆弾が握られています! 始まります、デメトリオ選手の魔法《愛ノ爆弾パーチェボンバ》が落とされたー!」


 釘を使って上空まで移動したデメトリオが、魔法で作った爆弾を地面に落下させていった。


「ロメオ選手はゴーグルをしているからすり抜けてダメージを負うことはない。狙いはレオーネ選手のようです」


 マッシモがロメオに剣で攻撃する間に、レオーネへの爆弾が投下されてゆく。

 大きく後ろへ飛んで、ロメオはゴーグルを頭の上にやる。


「おっと! ロメオ選手、自ら爆弾地帯に飛び込み、ゴーグルも上げてしまったー! 肩に当たって、爆発ゥー!」


 パン、と破裂して弾けるように爆発した。


「爆破による肉体へのダメージはほとんどない。が……」

「どうした?」


 ロメオの報告が止まったことで、レオーネが聞いた。


「身体が、鉛のように重い。通常の五倍といったところだろうか」


「その通りィィィィー! 公平を期すために、《愛ノ爆弾パーチェボンバ》のことを知らないバトルマスターのお二人には黙っていましたが、この爆弾を受けると身体が重くなってしまいます。愛と魔力で作った爆弾、《愛ノ爆弾パーチェボンバ》。重たい愛を魔力として込めたもので、愛が重たいほど、受けた相手は身体も重たくなってくる魔法です」


 クロノが《愛ノ爆弾パーチェボンバ》の正体について話した。

 デメトリオは得意げに冷笑する。


「気づいたところで、今更手遅れですよ。まさか、ロメオさん自らおれの重たい愛を受け取ってくれるとは、うれしい誤算です」


 メガネを指先で押さえる。


「おっしゃあ! デメトリオさん、ナイスです! あれならぼくも楽勝っすよ!」


 マッシモは早くも勝利を確信したようだった。

 しかし、ロメオはゆっくりと片足を動かして、両足を肩幅に開いた形にする。そして、左右の拳を胸の前でぶつけた。


「《打ち消す拳キラーバレット》」


 拳同士がぶつかり合うと、ロメオは何事もなかったかのようにゴーグルをかけ直す。


「重さの調整にも幅があると考えていい。要注意だ、レオーネ」

「了解」


 これには、デメトリオもマッシモも驚いていた。


「な、なんですって!? あの重たい愛を受けて、身体が五倍の重さになっても、動けた……? いいえ、それ以上に、一度かかった魔法も打ち消せるのですか、ロメオさんは!」

「ぼくらの情報不足っす! でも、当初の作戦通りにやればまだまだいけるっすよ!」

「そうでしたね、マッシモ」


 デメトリオとマッシモが心を落ち着けるが、クロノは反対に観客たちを煽っていく。


「この情報不足は仕方ありません! 滅多に使われることのない技です。それを引き出したデメトリオ選手とマッシモ選手を称えるのが、この場合は正解だと思われます。さあ、こうなってくると、そろそろレオーネ選手とロメオ選手も反撃に転じてくるのかー!?」


 今のロメオの戦い方を見て、サツキは気づく。


 ――俺に見せるためにもやっていたんだ。ロメオさんからもらったグローブを使えば、俺もあれができるって教えるために。実際、それができれば戦略の幅が広がる……!


 ロメオにもらった魔法道具、《打ち消す手套マジックグローブ》には《打ち消す拳キラーバレット》と同じ魔法効果を打ち消す効果がある。それを自身に発動させれば、自身にかけられた魔法を解除できるというわけだ。

 舞台上では。

 レオーネが颯爽と爆弾の雨をかいくぐるように避けて、カードを取り出した。


「彼らのことは知らなかったから様子を見ていたけど、技の情報と原理も見せてもらった。そろそろ始めようか、ロメオ」

「了解」


 答えるロメオはマッシモとの攻防を続けるが。

 軽やかに避けていたレオーネが、手札からカードを使う。


「《四捨五入トラッシュドロー》。手札から四枚のカードを捨て、山札から五枚のカードを引く。来た」


 レオーネはシュッとカードを上空に投げる。


「フィールドカード《ミストゾーン》。これで、場が霧になる」


 カードが弾けて蒸気が広がると、バトルの舞台が白い霧で見えなくなる。


「なんとなんとレオーネ選手! フィールドカードを使ったぞー! フィールドカードがなんなのか、初見なので予想するしかありませんが、おそらく言葉のまま、フィールドを操作する効果でしょう。それにより、舞台が霧に包まれてしまった!」


 観客席はざわめいている。「なにが起こってるの?」とか「見えないぞ」といった声が聞こえてくる。


「これまではあらゆる魔法を掌握することで戦局をコントロールしてきたレオーネ選手ですが、今回はフィールドさえ支配しています。目の前のワタシにもなにも見えていません! ですがご安心を。ロメオ選手のパンチが速くて見えないのに比べたら、音で状況を探れそうだ!」


 そんな冗談を言って、観客席からは笑いが起こる。


 ――戸惑った観客たちを楽しませるトークまでこなすのは、プロの仕事だな。


 サツキはクロノのプロ根性に脱帽する思いだった。


 ――まあ、俺は《いろがん》でシルエットまでは見えてる。ミナトやシンジさんに聞かれたら教えよう。


 しかし、サツキがそこまで見えているとはわからないシンジは「ちぇ、見えないや」と残念そうにするのみで、ミナトは音楽でも聴くように目を閉じて微笑んでいる。


 ――まったく、ミナトなら音でも戦況が見えてそうだから不思議だ。


 どうせ、見えてるのかと聞いても、見えるわけないよと答えるに決まってるが、それがミナトのおかしさだとサツキは思った。

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