5 『カーテンモニター』

 話していると、大会開始の時間が近づいてきた。

 舞台には何人かのスタッフが集まり、舞台の最終点検しており、どこかの壁を指差している。高い場所だ。


「なんだ?」


 サツキが疑問符を浮かべる。

 これにはシンジが教えてくれた。


「白い幕を設置しているんだよ」

「アーチの三段目と普通の壁になっている四段目の部分ですね」


 クコも見上げて、白い幕を確認した。

 コロッセオはアーチ状の壁が三段組みになって、その上の四段目に普通の壁がある。だが、欠けている部分もあるため、全体の半分ほどがアーチ状の壁の二段組みになっている。その欠けていない三、四段目の中央あたりに白い幕が張られていた。


「そうさ」

「でも、なんのためにでしょう?」

「試合の映像を、あの大きな幕に映すためだよ」


 モニターか、とサツキは理解する。しかし、サツキが異世界人だということは秘密にしていて、そうした異世界の知識は披露できないので、なるほどとつぶやくに留める。


「人も多くて見にくいっていう声もあるし、遠い席からだと選手が小さくなっちゃうから、ああやって大きく見えるようにするんだ。もちろん、魔法の力でね」


 シンジの説明を受けて、ミナトがつぶやく。


「だったら、普段からそうすればいいのに」

「そうもいかないんだ。あれをやるのは大変みたいで、大会の時にしかあの魔法を使える人を呼べないんだって」

「人件費というより、その魔法の使い手の都合だろうな。コロッセオにはいくらでもお金は集まるだろうから」


 サツキが言うと、シンジは苦笑しながら同意した。


「だろうね」


 それにしても、とサツキは思う。


 ――白い幕に映像を投影する方法は、魔法の場合でも考えられるんだな。科学がなくても同じ工夫をするのはおもしろい。


 映画をスクリーンに投影するのと同じで、それが魔法によってできるのがこの世界らしいと感じる。

 白い幕には、一度舞台が映った。

 このコロッセオの壁面の三段目と四段目の部分も、こうやって活用されているのは興味深い。

 サツキがスタッフたちの動きに気を取られていると、ミナトが言った。


「あ。サツキ、クロノさんだ」


 クロノが袖にいる。サツキもそれを見つけると、クコもサツキに顔を近づけてどこにどんな人がいるのかを探した。


「クロノさん?」

「うむ。コロッセオの試合における審判で、司会進行役を務める人だよ」


 とサツキは教えた。

『司会者』保見黒野フォーミ・クロノ

 年は四十二歳の男性で、背が高く、黄色の蝶ネクタイに青いスーツ姿。よく通る声と実況向きな魔法が特徴だ。マイクのないこの世界のこの時代に、魔法でマイクの効果を再現して実況してくれるのである。丸い貝殻に声を吹き込むと、声が会場全体に響くほど大きくなるのだ。


「明るそうな方です」

「そうだな」


 今度は舞台上のスタッフたちがはけていき、なにか看板を持った人が舞台脇まできた。

 舞台は正方形で、一メートル以上の高さがある。

 その舞台から数メートル離れた場所に、看板が突き立てられた。


「あの看板はなんだろう」


 サツキの《いろがん》は、動体視力が上がるし魔力を可視化することもできるし筋肉の収縮や身体の重心まで見分けることもできるが、視力そのものが上がるわけではない。遠くのものは普通の人と同じようにしか見えない。


「なんでしょう?」


 クコも首をひねる。

 会場の観客席のあちこちにも、スタッフが看板を立てに来ていた。


「見に行く?」


 ミナトに聞かれるが、サツキが答える前に、ブリュノが教えてくれた。


「あれはトーナメント表さ。このあと、あの幕にも映し出されるし、そろそろ開会式だ。あとでゆっくり見るといい」

「はい」


 サツキとミナトが答えたところで。

 クロノが動き出した。

 ついに『司会者』クロノが舞台に上がっていくとわかり、会場全体が盛り上がってきた。

 歓声がひしめく。

 クロノが楽しそうなうれしそうな表情で会場全体を見回しながら歩き出す。ちょうど遊園地が開園する瞬間を前にしたような顔といえばよいだろうか。

 その笑顔とは裏腹に、クロノは落ち着いた足取りで舞台にのぼった。

 舞台の中央に立ち、クロノは貝殻に声を吹き込んだ。


「ダブルバトルを得意とする魔法戦士の諸君! そして、彼らの試合を楽しみにしていたみなさん! 本日はよく来てくれました! お越しいただきありがとうございます! おはようございます、この『ゴールデンバディーズ杯』の司会進行を務める保見黒野フォーミ・クロノです!」


 挨拶だけでものすごい熱狂である。

 みんな待ちきれないようにクロノに注目している。

 ボルテージの上がってゆく会場に、クロノは呼びかける。


「さあ、みんな! 準備はいいかーっ!?」


 会場からは「おー!」とか「わーっ」とか声が上がり、クロノはそれをうなずきながら笑顔で聞いている。

 クコがサツキに聞いた。


「すごく大きな声ですが、あの手に持っているもので声を大きくしているのでしょうか?」

「うむ。《アリア・フォルテ》というらしい。」

すいきゅうがいっていうめずらしい貝殻に声を吹き込めば、その声が大きく反響するんだよ」


 と、シンジも説明した。


「クロノさんの実況があると、すごく盛り上がるんだ」


 アシュリーもそう言って、クコは「すごいですね!」と笑顔で返す。

 観客席が落ち着いてきたこと並びに会場が温まったきたことを確認し、クロノは話し始めた。


「では、さっそく大会のルール説明からだ! 『ゴールデンバディーズ杯』は、二人一組のバディーで戦う大会だ! バディーを組んで試合に出て、三勝以上したバディーが大会に出場する権利を持つぞ! 本大会はトーナメント方式になっていて、出場バディーはこちら!」


 クロノが白い幕を手で示す。

 すると、そこにはトーナメント表が映し出された。

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