4 『コンフルエンス』

 受付では、すぐに案内してもらえた。


「サツキさん、ミナトさん。ご参加ありがとうございます。お仲間のみなさんのことも、レオーネさんからお話はうかがっています。一階席にご案内させていただきますね」


 すんなりと一階席まで連れてきてもらい、サツキは周囲を見回した。


「シンジさんとアシュリーさんはまだか」

「もうすぐ来るんじゃない?」


 ミナトは気にしていないが、サツキはもう二人が二階席より上にいるんじゃないかと落ち着かない。


「別にいいと思うけど? あたしたちだけで」

「それもそうね。例の女が来ることで失踪事件のことを思い出してもあれだし」


 ヒナとルカはめずらしく意見が一致した。


「サツキ様がお世話になっているお友だちに、ご挨拶したかったんですけど」


 クコがそう言ってサツキといっしょになって周りを見回していると、すぐ近くから声がした。


「試合を見る人間は、なるべく多いほうがいい。たくさんの目で見て、意見を聞けるといい。それが識者であればなおいい。たとえば、ボクのようにね」


 白い歯をキラッと光らせ、前髪をパサッと指先で跳ねさせた。

 青年は、『ジェントルフェンサー』庭冷瑠葡流之バヴィエール・ブリュノだった。

 サツキとは二日目、シングルバトル部門の試合で戦った相手であり、四十勝以上を記録する実力者のレイピア使いである。

 試合後はいっしょに観戦した仲でもあり、ブリュノはサツキのことを気に入ってくれていたのだ。


「げっ。濃いのが来た。サツキ、知り合い?」


 こそっとヒナが聞くと、サツキはあごを引いた。


「ブリュノさん。おはようございます」

「いらしてたんですねえ。今日はダブルバトル部門の試合なのに、シングルバトル専門のブリュノさんがなぜ一階席に?」


 すっかり友人の距離感のサツキとミナトに、士衛組の面々はブリュノがサツキとミナトの知り合いだということだけはわかった。だが、サツキとミナトも不思議そうだし、状況はつかみきれない。


「ボクはサツキくんを応援しに来たんだ。もちろん、ミナトくんもね。受付でそう言ったら一階席に行く許可をもらえたよ」

「へえ。そうだったんですかァ」


 ミナトは納得するが、ブリュノはコロッセオの事情として、


「普段はよほどの関係者でもないと一階席には入れないんだが。コロッセオ側も、ボクとサツキくんがただならぬ仲だと悟ったようだね。向こうから一階席にどうぞと言ってくれたよ。話を聞いているとも言われた。もしかして、サツキくんのおかげかな?」

「ああ、なるほど」


 とサツキは理解する。

 ヒナがサツキの側でささやく。


「どういうことよ? サツキ」

「シンジさんとアシュリーさんが一階席で観戦できるよう、レオーネさんが計らってくれただろう?」

「うん」

「おそらく、俺の友人が来るってことを聞いていたコロッセオ側が、ブリュノさんもその友人の一人だと勘違いしたんだ。人数と名前までは伝達されてなかったんだろうな」

「ははーん。そういうことね。なーんか、普段からいろいろ勘違いしてそうな人よね。悪い人ではないみたいだけど」


 はは、とサツキは苦笑した。

 クコはなんの疑問も持たずに挨拶している。


「サツキ様がお世話になっています。わたし、クコといいます。サツキ様とは共に旅をしている仲間なんです。こちらにいるのは……」


 と、クコが士衛組の仲間たちを紹介していった。

 普段から姿を隠している忍者・フウサイだけはこのときも姿を現さず紹介もない。いざというときのため、こういった人が集まる場所では存在を隠しておいたほうがいいこともある。


「ボクはブリュノ。庭冷瑠葡流之バヴィエール・ブリュノさ。ジェントルでもブリュノでも、好きなように呼んでくれ」

「ブリュノさんは、サツキ様と戦ったことがあるんですよね」

「ああ。そうだね、素晴らしい試合だった。結果はサツキくんの勝利だったけど、得るものが多かったよ」

「まあ! そうなんですか」


 クコとブリュノはすでに打ち解けており、クコがサツキの話を聞きたがっていた。

 そこへ、シンジとアシュリーがやってくる。


「おーい、サツキくん! ミナトくん!」

「おはようございます。今日はありがとうございます」

「本当にありがとう。一階席で見られるなんてうれしいな」

「さっきシンジさんとばったり会って、シンジさんがスタッフさんに声をかけられたんです」

「それで、一階席に行ってもいいって案内されたんだ」


 二人の話を聞いて、ブリュノは爽やかに手をあげた。


「やあ。キミたちもか。ボクもだよ」

「あんたは違うでしょ」


 と、ヒナがものすごく小さな声でつっこむ。チナミが「しぃー」と指を立てるが、ヒナは別のことを言う。


「で、あいつがサツキの知り合いっていう女ね」

「はい。見定める必要はありそうです」


 ヒナとチナミがそんな話をしている横から、リラがたしなめる。


「見るのはサツキ様とミナトさんの試合ですよ」


 ナズナがサツキの袖をきゅっと握って尋ねる。


「サツキさん、歌をうたいましょうか?」

「歌? ああ、試合前にそれでパワーアップしてくれるってことか」


 こくりとうなずき、「はい」とナズナがサツキを見上げる。昨日はその状態で戦う修業もしたのだ。しかしサツキは首を横に振った。


「いや。大丈夫。アキさんとエミさんにも、朝に必勝祈願と安全祈願のおまじないをしてもらったし、パワーアップはしないで実力で戦うよ。ズルしているみたいで気が引けるしな」

「そう、ですか……」


 サツキの役に立てると期待していたので、ナズナはちょっと残念そうに眉を下げた。


「でも、試合のあと疲れたら、癒やしの歌と息があると助かる」

「は、はい」


 ナズナはうれしそうに返事をした。ナズナの魔法は、パワーアップさせる歌のほかにも、疲労回復など癒やしの効果を与える歌もある。怪我した箇所に息を吹きかければそのポイントの治癒力が上がるものもあるのだ。


「あ、あの、サツキく――」


 アシュリーはサツキに話しかけようしたが、ヒナたちにつかまってしまった。シンジには士衛組の女子たちはだれも話しかけないが、アシュリーにはヒナとチナミとルカとリラがしゃべりかける。そのためアシュリーはサツキと話したくても話せないのだ。

 ミナトがシンジと話していると、クコだけがシンジとの会話に加わる。

 ブリュノとバンジョーはお互いにマイペースに噛み合わない会話をしていたが、シンジたちの会話に入った。

 ナズナがサツキに聞いた。


「あの……アキさんとエミさん、いつ来るでしょう?」

「少し遅れるって言ってたけど、お昼までには来るんじゃないかな。あの二人は、俺もわからない」

「早く、来るといいですね」

「うむ」

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