幕間紀行 『ファントムケイブシティー(15)』

 サツキはフウサイの諜報結果を読み上げる。


「『あのお方』は妖怪。口をきける。二本の足で立つ。顔はキツネ。手はモグラ。尻尾は九つ。炎の魔法を扱うが、しびれをもたらす幻術の類いと思われる。働かされている者が言う」


 フウサイが聞いたそのままに、


「だが、上は掘りすぎないように気をつけろよ。『あのお方』は光が苦手だからな」


 と、セリフも書かれていた。


「『あのお方』は情報を隠しているらしく、名前さえを情報を表に出さないようにしており、『あのお方』と呼ばせている。知っている人間が『九尾』と口にしていたため、名前の頭に『九尾』がつく可能性が高い。そして、光が苦手。『常闇ノ地下都市計画ファントムケイブシティープラン』では多くの人間に洞窟を掘らせている。おそらく皆この町の人間。洞窟内は、人間の視界を確保するため最低限の明かりが灯っているが、天井には大きなコウモリが無数にぶら下がっている。コウモリたちは人間を監視しているように感じたが、実際には拙者の動きにも反応を示さなかった。コウモリはただ住んでいるだけと思われる。以上」

「すごいです! こんなことまで調べてしまうなんて!」


 クコがびっくりしている。


「さすがはフウサイさんです」

「だねえ」


 と、チナミやミナトも喜んでいた。


「あいつは忍者なんだ。当然やってくれるさ」


 バンジョーはフウサイを信頼していたらしい。いつも口げんかするが、幼馴染みだけあってフウサイのすごさをよくわかっているのだ。


「地図もあるわね。わかっている範囲で、入口から『あのお方』がいる場所までを記してくれているみたいだわ。ただし、『細かい横穴の場所は不明』と書かれている……」


 ルカが地図をサツキに見せる。なるほど、とつぶやき、サツキは言った。


「フウサイの情報に基づき、これより『あのお方』のことは仮に『九尾』と呼ぼう。それで、気づいたことをまとめていく。まず、大きなコウモリについてだが、『九尾』の手下というわけでもなさそうだ。『常闇ノ地下都市計画ファントムケイブシティープラン』のせいで洞窟が大きくなり、コウモリたちは町に現れなくなったのかもしれないな」

「なるほどね。ほかに住みやすい場所ができたから、食べ物を確保するときに町の外へ果物を取りに行くだけでいい。あとは大洞窟の中にいるってわけね」


 そうルカが補足した。

 リラも嬉々と言う。


「乗り込むときに、明かりもあるとわかったのは助かりますね。とても大事な情報だと思います」

「うむ。そして、もう一つわかったことがある。フウサイが、催眠魔法に耐え忍び、操られていないということだ」


 この諜報結果をガマガエルに持たせてくれたことから、それは当然わかっていることだ。フウサイ自身もどうせわかるだろうと思って書かなかったのかもしれないが、フウサイが操られていないという情報はかなりの収穫である。


「洞窟内に乗り込んだ際、これでフウサイが敵側に回らないことがわかった。大きな情報だ」


 クコが意気揚々と、


「そうですね! 九尾の弱点もわかったことですし、作戦を練ることもできるかもしれません」

「うむ。さっそく作戦会議を詰めていこう」


 すると、ヒナが意見を出した。


「ねえ、光が苦手だっていうなら、閃光弾とか作れないかしら?」

「技術的に、できるんですか?」


 サツキが玄内に聞いた。


「この世界にはそんな技術もないわけじゃない。だが、だれもが持っている技術でもない。軍事技術に力を入れているメラキアくらいだろうな」

「先生は作れないんすか?」


 バンジョーが問うが、玄内は鼻で笑った。


「おれをだれだと思ってる」

「うおお! さすが先生!」

「が、簡単ではない。細かい戦術はサツキに任せるとして、今から閃光弾を作る。ヒナ、バンジョー。手伝ってくれ」

「押忍!」

「は、はい」


 同じ弐番隊の二人が答えて、玄内はサツキに目を向けた。


「サツキの世界にはあったのか?」

「閃光手榴弾、あるいはスタングレネードと呼ばれるものがありました。閃光以外にも大音量を発するものなどもあります。ただ、俺はその仕組みも知りません」

「そうか。まあ、それでもいいさ。戦術も考えてもらうが、閃光弾のほうもちょっとばかし手伝ってくれや。サツキ」

「はい。もちろんです」


 玄内が席を立って、ルカに呼びかけた。


「ルカ。ドアを出してくれ。《無限空間》に行く」

「わかりました」


《無限空間》は、玄内の別荘の地下にある。

 別荘には馬車のドアから行くことができるのだが、それはドアとドアをつなぐ魔法による。そしてその魔法は、玄内が元々持っていた魔法をルカに譲渡したものであり、現在はルカが使用できる。


「《黒色ノ部屋ブラックルーム》」


 手の中から、黒いドアノブが出てきた。このドアノブを壁に取りつければ、どこにでもドアを創ることができる。


「なんと。すごい魔法だ」

「ドアができるなんて」

「えぇ」


 町長、おばあさん、ジッロが物珍しいものを見たようなリアクションをしている。


「《拡張扉サイドルーム》の中でも、ただ部屋を創るわけじゃない特製のドア。便利な魔法よね。あたしも欲しかったわ」


 ヒナがつぶやくと、ルカは澄ました顔で、


「あなたが持っていても仕方ないでしょう」

「なによ、あんただってそんなに役立ててないじゃない」

「私には私の使い方があるのよ」


 事実、ルカはみんなには内密に、神龍島の書架とつなげるドアノブを持っていた。これによって、海老川博士の蔵書を読ませてもらう約束をしていたのだ。知識をつけ、サツキの力になりたいと思い海老川博士と相談したものだった。


 ――でも、海老川博士の蔵書……意外とみんなの役にも立つようにも思えるのよね。バンジョーさんには料理の本、リラには絵画など芸術の本、ナズナには音楽の本、それぞれ良さそうだからいつか読んでほしい。まあ、海老川博士はよく使う本以外は割とバラバラに本棚に詰めてるから、みんなが読むときのために本の分類もさせてもらっているけど、今思えば柄にもないことやってるわね、私。


 海老川博士の蔵書の分類なんて、士衛組のみんなが読むわけでもなければやらなくても良い事のはずだった。しかし、いつかみんなも読む機会があるかもと思うと、自然とやっていたのだ。海老川博士の書架は広いし、まだまだ整理はできていないが。

 ルカがちょっと別のことを考えていると、ヒナはイタズラっぽくニヤリとして、


「へえ? あんたの使い方ねえ。あたし、見たことないけど?」

「でしょうね」


 クールにあしらうルカに、ヒナが「むぅ」とほっぺたを膨らませる。そんなヒナをバンジョーが呼んだ。


「おい、ヒナ。行くぞ。先生を待たせたら怖いぜ」

「わかってるわよ。サツキも行こう」


 とサツキの腕を取り、弐番隊とサツキが黒いドアノブの部屋に入って行った。




 玄内の別荘は、せいおうこくにあるらしい。

 その別荘の地下には、玄内が魔法で創った特殊な空間がある。

 それが《無限空間》だった。

 地下の扉を開けると、どこかのお城のような建物の中につながっており、建物から出れば、どこまでも真っ白な空間が広がっている。

 士衛組はここでよく修業しているし、サツキとミナトは特にたくさん修業する。

 ちなみに、建物は小さな和風のお城になっていて、『風雲玄内城』と書かれたのぼりがある。

 お城の出入り口の正面が普段みんなが修業するスペースで、お城の裏手に回ったところが玄内の発明スペースになっていた。

 魔法道具や変わった機械装置など、玄内が発明したものや失敗作がゴロゴロ転がっている。


「先生、閃光弾って作ったことあるんですか?」


 さっそくヒナが聞くと、玄内はうなずいた。


「ああ。何度か作ったし、何パターンかの調整もある」

「じゃあそれを使えばいいじゃないっすか」


 バンジョーが簡単に言うが、玄内は淡然と、


「調整はしてるって言っても、ほとんど爆発を伴うものだ。しかも閃光のみの爆弾は光量も弱め。今回作るのは、光量が強く物体破壊を伴わない、大音量を発生しない閃光弾になる」

「先生、一ついいですか?」


 サツキが切り出す。


「なんだ」

「魔法を使っているのか気になって。魔法道具になっていたり、魔法を仕込んでいたりすれば、魔法結界を通れないのかと」

「そいつは気にしなくていい。さっきも言ったが、魔法結界の種類や性質は調べていないがおれが止める。そうしねえとおれは通ることさえできないかもしれねえしな」

「そういえば、先生は呪いの魔法で亀の姿になってるんですよね」


 と、ヒナが改めてそんな事実を思い出す。

 その呪いを解くために、玄内は元々あちこち旅をして回っていたらしい。そんな中、クコがアルブレア王国のエクソシストが呪いを解けるかもしれないと言って、そしてサツキたちの旅の目的に共感して同行してくれることになったのである。


「先生の甲羅も魔法道具みたいな感じだしな。なんでも出てくる魔法の甲羅だから、結界に入れねえかもだぜ」


 バンジョーが言っているのは、玄内の魔法《甲羅格納庫シェルストレージ》のことである。閉まったときの状態のまま保存もできる四次元空間となっていて、玄内はよく食べ物を保管している。


「あれは甲羅が特別なわけじゃなくて、おれの魔法だから関係ねえよ。さあ、始めるぞ。おまえら」

 玄内が言うと、三人は「はい」と返事をした。

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