4 『REASONING×PROCESS』

 先に食べ終わったサツキが質問する。


「(今の時間ってわかるか?)」

「(懐中時計があります。お待ちください)」


 クコはおにぎりの最後の一口を食べ、あいた手でスカートのポケットの中から懐中時計を取り出す。カバーがついていてパカッと開くタイプである。デザインとしてはアンティークのようで、かつスチームパンクっぽい。クコはカバーを開いた。暗闇を見通せるという特別な目薬を使っていたおかげで、サツキとクコには針が視認できた。


「(九時前です)」


 時刻を聞いておきながら、サツキも気になって問いを重ねた。


「(そういえば、この世界でも一日は二十四時間なのか?)」

「(はい。一週間が七日間、一ヶ月が約三十日、一年が三百六十五日もしくは三百六十六日で十二ヶ月あります)」

「(ふむ。では、俺のいた世界と同じだな。季節的に、夜が明けるのは五時過ぎになるだろうか)」

「(ええ。この時期ですと、朝日がのぼり始めるのがそれくらいですね)」

「(じゃあ、五時前には世界樹ノ森の出口付近に行きたいな。木々の目隠しを利用して森を抜けたい)」

「(では、出発はいつにしますか?)」

「(なるべくなら、早いほうがいい)」


 クコは懐中時計に目を落として、またサツキへと視線を戻す。


「(どうしてですか? まだ世界樹ノ森を出るまでのリミットまで、八時間もありますのに)」

「(もしクコが騎士なら、どうやって俺たちをつかまえる?)」


 聞き返されて、クコは考える。すぐに思い至った。


「(わかりました! もしわたしが追っ手なら、世界樹ノ森の外で待ち伏せします。森を出るのは間違いないわけですから、そのほうが効率的です)」


 サツキは淡々としゃべり出した。


「(世界樹ノ森の半径は約10キロもある。つまり、円周の長さは『2×円周率×半径』だから、60キロの以上包囲網だ。俺たちが出るのはそのうちのたったの一点。五人で手分けしても、ひとりで10キロ以上を担当することになる。が、そんなのは無理だ。防御断面が広すぎる。まして暗闇では、遠くにいる俺たちを探すことも難しい)」

「(では、追っ手としては、直接追いかけたほうがいいって考えになるわけですね?)」

「(うむ。直接追いかけることになる。そして、追いかけながらも、簡単には俺たちを見つけられないだろう。しかし敵との相性もある。あとは運だ)」

「(はい。運は大事です)」


 クコの素直で神妙な顔を見て、サツキはジト目になる。


「(本当に運だけで行くつもりじゃないだろうな?)」

「(サツキ様もそうおっしゃったじゃありませんか)」

「(考えるべきことは考え、思案をまとめ、先を読む。俺は、運に任せるのはできることを最大限やってからだと思ってる。これは頭脳戦だぞ)」

「(では、バスターク騎士団長たちの動きを読んでいくわけですね)」

「(当然な。まず、質問だ。扱える魔法は人それぞれ異なるのか?)」

「(そうですね。魔法の性質は個人によって大きく異なります)」


 ――やはりそうか。


 サツキはここまでの逃走劇とクコの思考から、エヴォルドとセルニオの魔法は厄介だと聞いていたように、個人によって使える魔法が異なると推測していた。


「(ならば、追跡用の魔法か魔法道具があれば、居場所はある程度絞れるだろうと考えられる。そうした魔法の使い手はいるのか、魔法道具があるのか。それで戦局は大きく変わる)」


「(はい)」とクコは目を光らせた。

 サツキの知恵を確かめてみようと思い、口を挟まずに言葉を待つ。


「(俺の予想を先に言うと、あの騎士たち五人全員が魔法道具を持っているわけではない。一つか、あっても別種の魔法道具が一つ。どちらも合わせたところでそれほど高い精度じゃない。数キロ以上の誤差があるとみてよく、せいぜい数百メートル。彼らは発煙筒などの連絡手段を持ち、別々に行動している。そこで直接追いかけるだろうという話に戻るが、五人の中に追跡系の魔法を使うのがセルニオ以外にいるか、いるならどんな魔法か。それが運だということになる)」


 クコは、目をみはった。

 なにを隠そう、サツキの言ったことはすべて当たっているのである。驚くのも当然だった。しかも、これからだと思っていた頭脳戦が、もうとっくに始まっていたというのも衝撃だった。


 ――もう、頭脳戦は始まっていた……。いや、サツキ様は知っていたことを確認しただけかしら……?


 そうも思って、問いかける。


「(サツキ様は、どこまでご存知なのですか?)」

「(あの声によれば、この世界には魔法が存在すること、王女は遠く、晴和王国を目指したこと。それだけだ。つまり、クコはこの晴和王国まで遠い道のりを旅してきた。海も越えたのではないかと俺は仮定している)」


 やはり、サツキという少年は、なにも知らずにこれほどの洞察と推理を展開し、これからを読もうとしているらしい。

 クコはうなずく。


「(はい。海を二度越えました。アルブレア王国も晴和王国も島国です。でも、どうしてそこまでわかるのですか?)」

「(手順をつまびらかにしたほうが、クコと情報を共有できて整理もしやすいよな)」

「(はい。ぜひお願いします)」

「(うむ。だが、読みが当たっていそうだとわかったし、ここからは聞き流してくれて構わない)」


 サツキは五本の指を立て、


「(俺の読みは五段構えによる)」

「(五段数式……! つまり、マテマティック展開ですね。サツキ様は軍人さんだったのですか?)」

「(いや。そのマテマティック展開とはなんだ?)」

「(ある指数による段階的かつ数学的な予測を、この世界ではそう呼びます)」

「(そんなものがあるんだな。その思考法に沿うかわからないが、説明させてもらうぞ)」


 立てる指を一本にして、


「(第一に、バスタークたちがなぜクコを世界樹の根元で見つけたのか。これを考える。出来すぎているようでありながら、目的の異世界人の召喚を許してる。あの場所での遭遇が偶然じゃないとすれば――これはクコが世界樹ノ森に入ったことがわかったからだ。世界樹しかない樹海に入れば、世界樹の根元を目指すのが道理とわかる)」

「(そうですね。意味もなく森に入る必要はありません)」

「(すると第二に、森の中、途中で出会わなかったわけは? ここが気になってくる。これについては、クコを追ってアルブレア王国を出たあとに彼らも動き出し、クコが世界樹ノ森に入る前後でようやく追いついたからだ。その後のタイミングを見計らったとしてもな。だが、検討の余地ありとする)」

「(はい。第三は?)」

「(なぜ追いつけたのか。可能性としては、行き先を知っていたのか、あるいは追跡するアイテムがあるのか。この二択。もしクコが旅立ちを許されて城を出ていたら、こんなふうに追われることはない。つまり、内密に城を抜けたとわかる。旅立たせてくれた博士とクコ自身が言っていたことを考慮すると、知っているのは博士だけ。クコも博士も行き先を告げるマネもしないだろう。となれば、彼らはクコの行き先を知らないはずだから、クコを追跡するための魔法か魔法道具を使ったと導き出せる)」

「(では、第四はその精度ですね)」

「(うむ。もし精度が高い場合、旅の中でとっくに遭遇している。もし森の前でギリギリ追いついたのだとしても、世界樹の根元に着くまでに遭遇できたはず。人目につくのを嫌ったとしたら余計この深い森の中で出会いたい)」

「(だから、それほど高い精度じゃないということなのですね)」

「(ああ。第二段で検討の余地ありとした遭遇のタイミングは、精度と連動する。世界樹の根元で追っ手が息を乱していなかったことを考えても、どれくらいで追いつくのか、その正確な距離は把握できないと読めた。あとは、世界樹ノ森の外周から、数百メートルから数キロの誤差と割り出せる。ちなみに、クコを追跡する魔法道具ないし魔法の数が一つだと思われる理由もこれだ。追跡手段が複数あれば、精度はもっと高いだろうからな)」

「(なるほど。そうなると、最後の第五段は、五人が単独行動する理由と連絡手段でしょうか)」

「(そうだ。彼らにクコを追跡する魔法の精度が足りないとすれば、捜索者を増やして別々に動いたほうがいい)」


 だから五人は別々に行動することになると予測できる。


「(しかし、第一段で言ったように、世界樹ノ森に入る人間の行き先は世界樹の根元とわかるから、そこまでは五人で移動。そして、根元で逃がしてしまった今、追跡精度には不足があるため、広い範囲を捜索しなければならない。広い範囲を探すなら、手分けして探すしかない。最後は、連絡手段。そうだな……。さっきは発煙筒など、と言ったが、花火でもいい。もしかしたら仲間同士の連絡も魔法道具で可能かもしれない)」


 電気機器のない世界の様子から、連絡手段は魔法以外だとその辺が妥当だろう。

 クコはすべてを聞き終えて、感心した。


「(言われると、確かにそうなるとわかりますね。事実、サツキ様の推理に間違いはありません。追跡用の魔法道具は一つです。《地図をなぞる者マップトレーサー》といって、対象者の髪の毛など身体の一部を液体に溶かして地図に垂らすと、雫の動きでその相手の位置がわかる魔法を使える騎士がいます。その方が世界地図を使って魔法道具を作り、バスターク騎士団長に持たせたのでしょう。そのため、精度は怪しく、世界樹ノ森というところまでしか特定できなかったのだと思います。また、わたしの行き先を知っているのは、わたしを送り出してくれた博士だけです。一応、アルブレア王国騎士の連絡手段は発煙筒ですので、その点も正解でした)」

「(その博士は、相当読みが深いな)」

「(博士の読み、ですか?)」

「(うむ。博士は、魔法道具《暗視目薬あんしめぐすり》をクコに渡しただろう? 森で使うように。それは、俺と同じ読みで、追跡魔法の精度、つまりその誤差から、騎士が追いつくのはこの世界樹の森かその根元だと割り出したからだ。クコひとりでは追っ手の騎士と戦えなくとも、異世界からの召喚者がいっしょなら戦えるかもしれないと期待した。しかし、もし召喚者が意に添わぬ強い戦士じゃなければ、こうして逃げる必要が出てくる。そう考えただろうからな)」

「(確かに……博士は、とても頭の良い方です。でも、そこまで読んでいたとはわたしも知りませんでした……)」


 サツキとしては、さっきの目薬も推理の材料にはなったが、それにしても博士という人の読みの深さには敬服してしまう。


 ――博士は、王国を取り戻すためにクコを送り出したらしいが、それほどの人が考え抜いた末にクコを一人旅立たせたとすれば、他にも複雑な背景がありそうだ。


 あとで博士や王国の話を聞こう、とサツキは思った。

 だが、今大事なのはこの森から抜け出すこと。

 思考を切り替える。


「(それで、探知魔法や周囲の人間の心を読む魔法を使える騎士は、あの五人の中にいるのか?)」

「(一人だけ。フンベルトさんという方は、《透過とうかフィルター》という魔法を使います。透過して物を見られるそうです)」

「(それは厄介だな)」


 地面に沈み込んで移動できる能力者もいる。簡単に逃げられるものではなさそうだ。

 しかし、クコは落ち着いていた。


「(透過はできても、万能な調整ができるものではないとも聞きます)」

「(明度の調整はどうなんだ?)」

「(できないそうです。目の前の物をいくつ透過するか毎回調整するそうですし、この深い樹海では、たくさんの木々や草花があって、わたしたちの姿は隠してもらえると思うのです)」

「(一理ある。おそらくクコの言うとおりだ。この暗がりが視野を悪くする。要警戒といったところであっても、この状況、運は悪くないな)」

「(はい)」

「(あとは、森を抜けたあとはどうなるかも考えたい。世界樹ノ森のすぐ外には、村がいくつある?)」

「(たくさんあります)」

「(村を押さえて待ち伏せる方法もあるが、村を避けられたら何時間も、場合によっては何日もムダにすることになる。村だけに集中して待ち構えることはできないだろうな)」

「(はい。手近な村を通らずに離れた村へ行く道はいくらでもありますから、そのような山を張る必要はないでしょうね)」


 うむ、とサツキはうなずく。

 やはり村での待ち伏せはない。五人の騎士は森の中をさまよい、クコを探していることだろう。

 現状の把握が終わった。

 サツキはクコを見やる。


「(さて。暗闇で見つからずに森を抜けるためにも、俺たちは慎重にゆっくり歩かなくてはならない。休憩もできたし、もう出発してもいいかもしれないな)」

「(わたしはいつでも大丈夫です)」


 改めて周囲を確認して、サツキとクコは立ち上がった。


「(歩きながら、魔法について聞かせてくれ)」

「(なんでもお答えしますよ、サツキ様)」


 二人は世界樹ノ森を歩き出す。

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