96 『ファインライン』
カーメロのハルバードがミナトを突いた。
しかしカーメロは、手に刺した感触がない。
肩を突いたように見えたが、ギリギリかすめただけなのか、ミナトに傷はないし服にも変化はなかった。
「ハルバードの鋭い突きがミナト選手の肩を貫いたかに思えたが、ミナト選手はよけていたー! すごいぞ、絶妙な身のこなしだ! 少なくとも肩をかすめたように見えたが、服も綺麗だし、しっかりよけていたようだぞ! だが、じりじり追い詰められている! ミナト選手、大丈夫かー?」
攻撃を手を止めることなく、カーメロが言った。
「今のを紙一重でよけるとは、さすがだな」
ミナトはにこりと微笑む。
「どんどん強くなってますねえ」
「リミッターが外れてきただけかもしれないが、一つハッキリしている。今、すでに、ボクはキミより強い」
「へえ」
「ボクの感覚は研ぎ澄まされていっている。だから、次は仕留めるッ」
叩くように振られたハルバードが、突く、引っかける、斬ると手口を変えて迫り、また突いたところをミナトがよけると、そこに投げナイフが飛ぶ。
「《スタンド・バイ・ミー》まで使いますか」
「いや、本命はこっちだ!」
ナイフは《スタンド・バイ・ミー》の効果を持っていない。その次に投擲された針が狙いだった。
キラッと光った針は、人差し指くらいの長さしかなく、細いために目で追うのは難しい。最初に光の反射で見えたあと、ミナトは針を見失ってしまった。しかも、同時にカーメロのハルバードが襲いかかる。
ミナトは観念した。
――本当は、もうちょっと剣の腕だけで戦いたかったんだけどなァ。でも、相手が強かった。仕方ない。
決して勝つことを諦めたわけではない。ミナトが観念したのは、とある魔法の使用についてだった。
――あの針、毒が塗ってあるかもしれないし、刺されたらアウトだ。玄内先生にも勝てと言われたし、あれを使う時が来たってことだよね。
コロッセオに来てから、ミナトには使っていない魔法があった。
以前、
――先生にいただいた魔法、《すり抜け》。いよいよこれを実戦投入してみるか。
《すり抜け》は、物体をすり抜ける魔法である。ただし、人間をすり抜けることはできない。ミナト自身が消えるわけではなく、物体を素通りできるものだから、人という障害物がなければどこまでもまっすぐ進むことができる。
――この《すり抜け》を使えば、ハルバードなどの武器をすり抜けられてしまうから、ノーダメージで戦える。
使い方は、なにも相手の武器をすり抜けるだけではない。
――でも、この魔法のことは知られたくないし、使うならこっそりだ。ポイントを絞って、いかにもさっきみたく紙一重でよけたように見せないとだね。
でないと、あとで簡単に対策されてしまう。本当にミナトが相手にしなければならない強敵に、手の内を知られたくはない。
――しかし、先生もよく僕の魔法を理解して、組み合わせの妙を考えたものだ。
この魔法をミナトが持つことの意味は、玄内がもっともよくわかっていた。
《瞬間移動》との相性を考えて、玄内はこの《すり抜け》をミナトに与えたものと思われる。
――先生は本当の天才だなァ。僕の《瞬間移動》の弱点をよく知り、それを補う魔法まで持っているのだから。
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