46 『サンドストーム』

 ――そろそろ……見えた。


 チナミは地中を移動しながら敵の位置を見定める。

 魔法《潜伏沈下ハイドアンドシンク》は、地中に潜ることができ、移動もできる。

 そのとき、視野はスネルの窓のようになっている。魚眼といえばわかりやすいだろうか。真上に近い部分は、上空の様子が割合しっかり見えるが、遠くが見えにくい。視野の窓は半径五メートル程度だ。

 その視野を頼りに、チナミはアルブレア王国騎士二人に近づく。

 移動する途中、一度チナミは地面から顔を出す。

 顔だけを出す姿はちょっとおもしろいが、道行く人に気づかれずにしたい。だから顔しか地上には出せないのだ。

 少し呼吸を整えてから、チナミはまだ潜る。

 そして、アルブレア王国騎士二人の真下に来た。


 ――ここか。


 アルブレア王国騎士二人が周囲を見回している。

 彼らは士衛組を探していると思われ、地面へ視線を向けることはない。

 そんな二人が歩くのに合わせて、チナミもいっしょに移動していく。仕掛ける場所を見定めているのだ。


 ――……曲がる。この先は、人気のない路地。


 角を曲がると、細い路地に入った。人がいない。静かになったところで、チナミは地面から顔と腕を出した。


「……」


 チナミがいるのは、アルブレア王国騎士二人の一歩後ろであり、手を伸ばせば余裕で届く距離である。

 相手も油断しているわけではない。しかし、すぐそばに敵がいることに気づいていないのは、チナミにとって油断と同じだった。

 二人の足首を、同時につかむ。


「ん?」

「お?」


 なにが起こったのか、二人にはよくわからないだろう。足首に物がぶつかったくらいの感覚だったかもしれない。

 理解する前に、チナミは二人を地面に引きずり込んだ。


「うあああ!」

「おおっと!?」


 魔法《潜伏沈下ハイドアンドシンク》には、自分が地中に潜る以外に、他者も潜らせる効果もあった。

 これを利用して、二人を地中に埋める作戦だった。

 地中では呼吸ができなくなるから、頭までは完全に埋めない。

 頭だけが地面から出たところで二人から手を離す。

 手を離せば、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》の効果を他者にまで及ばせることができなくなるからだ。

 つまり、地中に身体を埋められた二人は、固い地面の中では動けなくなってしまったのだった。


「な、なんだおまえ!」

「あ、士衛組の『小さな仕事人』!」

かわなみか!」

「マジで小せえのに、一瞬でおれたちをやるなんて」


 チナミが地面から飛び出すと、アルブレア王国騎士二人は驚きの反応をしてみせた。


「何度も小さい言わないでください。《みんえん》」


 扇子で風を送る。

 扇子の風に乗って飛ばされた砂が二人の目に入り、


「いてえ!」

「な、なんだ、砂か?」


 苦しがるが、すぐに眠りに落ちた。


「すや~」

「ふにゃあ……」


 せいおうこくうらはまで、ヒナを助けたときも同じような手を使ったものだが、今回もあっさりそれで片づいた。

 情報共有が甘いのか、学習能力がないのか、チナミが舐められているのか。

 それはともかく、仕事はさせてもらった。


 ――さて。あとは、壁側に二人の顔を向けて……。


 ちょうど、建物の壁に沿って一定間隔で石があるので、二人の騎士もその並びに加えてやった。石の大きさと頭の大きさがぴったりだ。

 チナミはちょっぴり満足げにそれを見て、また壁を蹴って屋根に飛び乗る。

 周囲に敵の姿がないか見ていると、


 ――また来た。


 空間の入れ替えが起こった。

 すると、眼下には、マフィアらしき人たちがいた。

 その数は四人。

 敵対しているサヴェッリ・ファミリーなのかはわからない。

 四人が一般市民の青年に絡み始める。


「おまえは、『ASTRAアストラ』か!」

「この顔、間違いなさそうだ!」


 一般市民かと思われた青年は、『ASTRAアストラ』の人間だったらしい。それらを即座に見分けて、マフィアが暴力を振るおうとしていた。


 ――事前の調査はよくしているみたい。一般市民に扮している『ASTRAアストラ』もすぐにわかるのはすごい。でも、感心ばかりしてられない。


 チナミは、パッと扇子を舞わせた。

 すると、砂塵が舞い上がって、マフィアと『ASTRAアストラ』の視界が塞がれてしまった。

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