45 『ハイドアース』

 チナミは、この日ナズナといっしょに過ごしていた。しかし、ナズナとは急な空間の入れ替えによってはぐれてしまい、そのあとは町でなにが起こったのかを調べるため一人歩き回っていた。

 そんな中、リディオからの通信があって、ナズナが無事であること、マフィアの襲撃があること、アルブレア王国騎士もそれに関与していることなどがわかった。


 ――話によると、マフィアとアルブレア王国騎士は私たち士衛組を狙って攻撃してくる。まだ私は大丈夫だけど、いざ遭遇したとき、即座に動けるようにしておく必要がある。


 そのために、チナミは準備をする。

 口に巻物をくわえた。

かぜめいきゅうとびがくれさとで試練をこなして、免許皆伝の証にもらった忍者の巻物である。

 影に関する三つの忍術が使えるようになる代物だが、チナミのそれは特製で、口にくわえると変身もできる。チナミの頭には額当てが装着され、ポニーテールが二つ結びになり、浴衣からくノ一のような服装に替わる。さらに、愛刀の『れいぜんすか』はこの衣装の時だけ装備されるようにしてある。

 変身を終え、チナミは人目につきにくいよう影や道の端を歩いてゆく。

 細い路地に入り、道幅が狭いのを利用して、両脇の建物の壁を蹴ってのぼり、屋根の上に立つ。

 そこからは屋根の上を歩いた。

 屋根を飛び移るときがあっても、チナミには影ができないからだ。

 頭につけているお面に理由がある。一見するとただの『ぺんぎんぼうや』というキャラクターのお面なのだが、これは王都のお面職人『失効人』やまともの手による魔法道具になっている。彼女の魔法《打ち抜き》が施されることで、このお面を身につけると使用者の影がなくなるのである。

 影ができなければ、屋根を飛び移っても、通りを歩いている人に気づかれにくい。

 そうやって隠密行動をしながら周囲を探っていると……。

 未だマフィアやアルブレア王国騎士との遭遇のなかったチナミに、ようやくその機会がやってくる。


「……」


 視線の先にいたのは、アルブレア王国騎士だった。


 ――通りに、アルブレア王国騎士がいる。人数は二人。二対一は分が悪いけど、私もちょっと仕事をしたいかな。


 チナミは屋根を飛び移り、周囲にほかの敵がいないかも確認する。


 ――ほかに、アルブレア王国騎士もマフィアもいない。


 相手にするのは、あの二人だけでよいことになる。


 ――別に、アルブレア王国騎士は一般市民に危害を加えない。だから出会わない限り無視してもいい。本来ならここは関わらないところだけど、今はそうもいかない。


 懸念するべきは、今よりあとのことだ。


 ――現在、マノーラでは空間の入れ替えが起こってる。いつどこで発生するかもわからない。そうなると、あとあと大事な戦いの最中にあのアルブレア王国騎士二人がだれかの前に現れて、味方の計算が狂うことだってあり得る。


 戦闘中に突然別の敵が現れたら、せっかく勝ち筋を見つけて勝利を目前にしても、状況がひっくり返る可能性が出てくる。

 そうした小さな危険性でも、チナミはつぶしておきたいと思った。


 ――完全に倒さなくてもいい。でも、動けなくするか戦えなくはしたい。相手の存在に気づいているのはこっちだけの状況だし、奇襲の好機。あとはどうするかだけど……。


 チナミは少考する。


 ――うん。


 戦術は決まった。

 さっそく行動に移る。

 屋根からジャンプして、ひざをかかえてくるくるっと回りながら地面へと落ちていき、水泳の飛び込みのように頭から地面に入っていく。

 地面が水面であったかのように、チナミは地中に入り、地上から消えた。


 ――まずは、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》。見つからないように敵近くに……。


潜伏沈下ハイドアンドシンク》は、地面に沈み込むことができる魔法である。地面の中に入っている間、移動することも可能。当然、地上にいる人からそれを視認することはできない。ただし、地面の中にいられるのは息を止めている時間のみ。

 また、身体の一部のみを地上から出すこともできるため、顔だけ出して呼吸をすれば息継ぎにもなるし、手だけ出して姿を見せず攻撃することだってできるのだ。

 チナミは地中を進んでいった。

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