32 『玄内は士衛組の意思を確認する』

 バンジョーの馬車が停まる。

 白馬スペシャルがおとなしく待っている間、サツキたち士衛組は玄内の家を訪れた。

 玄内の家は小さな木造家屋だった。

 庭に入り、玄関の戸をノックする。


「ごめんください」


 ルカが呼びかけると、中から声が返ってくる。


「なんだ?」

「失礼します」


 断りを入れて、ルカは戸を横に引いた。

 一行は家に入り、中を見る。中はガラクタが転がり、ルカの話にあった発明をしていたのだろうと思われた。

 カメの姿をした玄内は、書物をちゃぶ台に置いて読書していたらしい。

 だが、バンジョーは呆れたように言った。


「なんだよ空耳か? だれもいねーじゃねーか」

「おう。おれは玄内ってもんだ。おまえだけはじめましてだな」


 カメがしゃべった。しかも先程から聞こえていた、あの渋い声である。玄内がカメの姿だとバンジョーに話すのをすっかり忘れていたため、バンジョーは大げさなほど驚いた。


「うおおおっ! カメがしゃべったあああああ!」


 オーバーリアクションなバンジョーを無視して、ルカは少し言いにくそうに玄内に声をかけた。


「先生、昨夜はちゃんとした説明もできませんでしたが、本日は大切な相談のために参りました」

「わたしたちの旅に、同行していただきたいという相談です。どうか、お話を聞いてくださいませんか?」


 クコが切々と言うが、玄内は表情ひとつ変えずに答える。


「状況も、だいたいは察しがつく。だが、まずは詳細も聞かせてくれや」

「はい!」


 キリッとクコが返事をして、


「まあ、みんな適当に座ってくれ」


 との玄内の言葉に、一同座敷に上がって腰を下ろした。


「しかしルカ。最後に会ったときに比べて、いいツラになったな」

「サツキのおかげです」

「そうかい。じゃあ、早速聞かせてもらおうか」

「はい。実は――」


 クコは、これまでのいきさつを話していった。むろん、サツキが異世界から召喚された人間だということも包み隠さずにである。

 話を聞き終えた玄内は、短いカメの腕を胸の前で組み、低い声で言った。


「なるほどな。実はな、クコ。おれはおまえがアルブレア王国の王女、あおだろうと気づいていた。昨夜、見た瞬間にな」

「はい。だから助けてくださったのだと思いました」

「なぜ、王女を助けたのか。それは、おまえの妹リラを、おれが知っているからだ」

「リラを……」


 クコは驚嘆した。カメがしゃべったことにも驚かなかったクコだが、意外なつながりに縁を感じたのである。


「おれは医者としてリラを診てやったことがある。あいつはちっと身体が弱いからな。そこは親父さんに似たらしい」

「え、お父様とも面識があったのですか?」

「ああ。二人共また診てやりてえ。本当なら、王家の家庭教師だってやってもよかったんだ。が、おれにはおれの目的ってのがある」

「玄内さんの目的ってなんですか?」


 クコの問いは率直である。

 玄内は目を細めて、遠くを見るように宙を仰いだ。


「おれは、元の姿を取り戻してえんだ」


 なるほど、と一同が理解する中、クコが口に手を当てた。


「も、元の姿……!?」

「私もそこが気になってました。玄内先生、一体なにがあったんですか?」


 ルカにとって玄内は魔法の先生であり、玄内の強さも知っている。


 ――私はこの人以上に強い人を知らない。油断する人でもない。その先生が、なぜ……。


「原因って話なら、魔法だ。本来なら発動しない高レベルの魔法だが、なにかの拍子で条件がそろったらしい。魔法をかけやがったソイツを問いただしてもどうにもできなかった」

「呪いをかけた術者にも、解けないものがあるんですか」


 サツキが疑問を呈すると、玄内は説明してくれた。


「一口に呪いといっても、種類は様々だからな。道具を使って呪いをかけるもの、陣を描いて呪うもの、術者が攻撃を受けることで発動するもの、薬などで体内に取り込ませて条件を満たすものなど、術者の数だけ方法と条件があると思っていい。おれにかけられた呪いは巨大な陣によるものだった」

「……でも、先生がそんな呪いをかけられるなんて。いくらたまたま条件がそろって魔法が発動したとしても、信じられません」


 そのたまたまでさえ信じられないほど、ルカは玄内の実力を知っている。そういうことになる。サツキはそう思ったが、口を閉じたまま玄内の言葉を待つ。

 玄内は涼しい顔して言う。


「たちの悪いやつだった。悪い予感はしたが、目の前に助けを求める人間がいたら、放っておけないだろ」

「そうでしたか」


 それならば納得だわ、とルカは思った。


 ――先生は一般人を見過ごせない武士道があるものね。


 これら過去のことには感傷もない顔で玄内は言う。


「おれは今、晴和王国内でお祓いをしてもらって回ってるんだが、効果がなくてな」

「お祓い?」


 サツキが繰り返すと、ルカが教えてくれた。


「魔法を解除することを、晴和ではお祓いとも言うの。祓うのは霊とか怪異に限らないわ。術者で解除できない場合も多いから、その手の魔法を得意とする人たちも当然存在する。西洋では悪魔払い――すなわち、エクソシストという人たちもいるわ」

「なら、かけられた魔法の種類が晴和のお祓いと異なる可能性があるわけか。つまり、エクソシストに悪魔払いをしてもらえば、あるいは」

「そうね。私に魔法を教えてくれたのが玄内先生なのだけど、一般的なレベルで言えば、どの国でもどの流派でも基本は同じ。ただし、高レベルの魔法の中には、構造からして異なるものがあるのよ。特に、呪いのような魔法にはね」


 バンジョーが頭をかいて、


「つってもエクソシストなんてオレも知らねえしなー」

「おじいちゃんとは分野が違います」


 チナミもお手上げである。

 ナズナはクコの袖を引いた。


「クコちゃん……アルブレア王国には、いたよね……?」

「はい。そうですね。いました。優秀な方が。玄内さん、アルブレア王国に来ませんか? もちろん、無理にとは言いません。お体も不自由なのでしたら、わたしたちに協力する必要もありません。リラを知っているなら――もし会ってくれたら、それだけでリラが喜びます」


 目を閉じなにか考え込む玄内を見て、クコは語を継ぐ。


「もしいっしょに来られないのであれば、アルブレア王国、ウッドストン城におられるエクソシスト、ヴァージルさんという方を、あとで訪ねてみてください。わたしの知る中ではもっとも優秀なエクソシストです。その方はうさぎの姿なので、それだけ覚えておいてくださればと思います」


 サツキは、玄内が同行してくれることを知っている。昨夜、といっても夜が明ける前に話をした。だが、クコはそれを知らないため、同行できない場合はその情報だけでも提供しておこうと思ったのである。

 また、サツキはサツキで思うところがあった。


 ――そういえば、本屋にクコの母親と思われる名前、あおひなぎくの著書があった。そのタイトルは、『うさぎになったエクソシスト』。うさぎの姿ってことは、実話なのだろうか。


 あとで聞いてみようと思うサツキだった。

 思案がまとまったのか、玄内はおもむろに立ち上がった。


「そこまで言われて、協力しねえなんてあるワケねえだろうが。おまえらの力にもなってやるよ。この姿じゃ元の姿の半分も力が出せねえかもしんねえが、やれることはある。リラと親父さんも診てやるぜ」

「ありがとうございます! よろしくお願いいたします」


 正座の姿勢から深々と頭を下げるクコを見やり、玄内はフッと笑った。


「まっすぐで妹想いのいい女じゃねえか、クコ。だが、愚直すぎる。そこはおまえがちゃんと見ておいてやれよ」


 サツキの肩に手を置き、玄内は通り過ぎた。玄関の周りにあるガラクタを整理し始める。たくさんあるガラクタの中から必要なものを取り揃えたようで、荷物を甲羅の中にしまった。


「その甲羅、どうなってんだ?」


 バンジョーが興味深げに見ていると、玄内はなんでもないことのように教えてくれた。


「魔法で収納しただけだ。《甲羅格納庫シェルストレージ》っていってな、甲羅の中に物を収納できる。まあ、細かいことは気にすんな」

「はい!」


 いい返事をするバンジョー。

 玄内は一同を見回して、


「武器や特別な持ち物があれば出してみろ。ルカは別の魔法や技がないなら出さなくていい」

「はい、技は以前と変わりません」


 一同、武器がある者は武器を出し、武器を持たないバンジョーは愛用の魔法道具《たますずり》を出し、歌と飛行の魔法を使うナズナはピンク色の宝石を巾着から取り出した。


「武器も問題あるまい。バンジョー、それは火を起こす道具だ。おまえはなにもないってことでいいな?」

「はい」

「で、ナズナ。その宝石は?」

「ま、前に、可愛がってた……ネコに、もらい、ました。大事な物、です」

「武器ではないが特別な物か。ふむ、それには妖気みたいなもんが宿ってるな。ただ、悪いやつじゃない。むしろ守護してくれる、守る力の強い物だ。あとでなにかに使えるかもしれねえし、大事にとっておけ」

「は、はい」


 最後に、玄内はサツキを見やる。


「そして、サツキは空手もやるんだったな」

「はい」

「チナミもそうだが、二人はまだ、己の刀を扱い切れていない。そんな魔力の脈みたいなもんがうかがえる。だが、サツキの空手はすでにかなりのものだ。おまえはどっちもやっていけ」

「はい」

「チナミの身のこなしもなかなかとみえる。これは伸ばせ」

「はい」


 玄内はうなずき返す。


「さて。おまえら六人、だいたいの実力はわかった。おれが鍛えてやる」

「よろしくお願いします! わたし、頑張らせていただきます!」


 クコもやる気満々だった。

 サツキも遅れず「よろしくお願いします」と改めてここでも言って、ルカも丁重にお辞儀した。


「ぜひまた、ご指導ご鞭撻のほどお願いします」


 ナズナとチナミも遅れてよろしくお願いしますと挨拶して、バンジョーはよくわからず笑っている。


「みんなやる気満々だな」

「おまえも鍛えてやる」

「オレは魔法なんて使えないっすよ?」


 それを聞いて玄内は、


 ――見たところ、魔力の内包量はすさまじいものがあるんだがな。


 と思う。


「まあ、その辺は追々考えればいいさ」

「へい」

「なんだその返事は」

「はい!」


 ビシッと返事をするバンジョーを見て、玄内は身体の向きを変える。


「行くぞ」

「は、はい!」


 玄内が家を出る。

 それに続いて一行も玄内先生の家を出た。

 バンジョーが玄内の指導によって魔法を使えるようになるのは、もっとのちの話である。




 外に出て、玄内はサツキに言った。


「そういや、まだ言ってなかったな」

「なにをですか?」

「おまえが腰に下げてるその刀、おれの友人が打ったもんだ。おれもほんの少し、仕上げは手伝ったがな」


 正式名称『さくらまるかめよし』。通称を桜丸。この刀を打ったのは、ほしふりむらよしとみそうという人だった。《し》の魔法を使う研究家であり作家である。サツキはソウゴの顔をよく覚えていた。


「友人が仕上げを手伝ってくれた、最後に打った一振り。その友人が唯一褒めてくれた一振りだと言ってました」

「そうかい」


 これもなにかの縁だろうか、とサツキは思う。

 この王都で、一度に旅の仲間が三人から七人に膨れ上がったサツキとクコたち『えいぐみ』一行は、なんの後顧の憂いもなく王都を発った。

 クコの妹、リラを残して。

 また、一人の少年とヒナのことも残し。


 ――またうきはしに会ったら、ハンカチは返さないとだったな。帽子の《ぼう》で血は消えて綺麗に戻しておいたんだ。


 サツキはそんなことを考えたが、この王都に未だ残る人々の中には、またいずれ会うことになる者もいる。

 クコは明るい声で言った。


「次は『かぜめいきゅうとびがくれさとです。忍者の仲間が増えるといいですね」

「うむ。そうだな」


 馬車は王都を走る。

 西へと向かって、コトコト、コトコトと。

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