31 『青葉莉良は音葉薺と再び入れ違う』

 リラは、午前中はゆっくり休ませてもらい、体力を回復させる。

 思えば、リラは旅を始めてからここまで、こうしてのんびりと部屋から出ないで過ごすことなどなかった。

 元々身体の強くないリラだから、たまっていた疲れも取れる思いだった。

 昼食をいただき、寮を出た。

 夜の公演の前まで、自由時間になる。リハーサルも四時以降だからそれまでに戻ればよい。


「で、どこに行くんや?」


 リョウメイが聞いた。


「わたくしのいとこがこの近くに住んでいまして。コンタクトを取りたいと思っています」

「なるほどなあ」


 午後の一時に、目的地のナズナの家の前に到着した。

 リラは、ナズナの家をドキドキしながらノックした。


「ほな。うちは外で待ってるわ」

「はい」


 ――ナズナちゃん、驚くだろうな。ふふ。


 笑みもこぼれる。


 ――もしかしたら、お姉様はまだナズナちゃんのおうちには来ていないかも。でも、来ていたらいいな。


 そして、帽子の少年・しろさつきのことも気になる。


 ――勇者様……城那皐様は、どんなお方かしら。サツキ様のこともあの映像で見た断片しか知らない。まだリラからの手紙は届いていないもの。ふじがわ博士はかせうらはまに届けてくれるそうだから、届くのはもう少し先。だからリラが旅立ったって知ったら驚くよね、お姉様もナズナちゃんもルカさんも。しかも、もう晴和王国に来たなんて。


 家の中から、パタパタと音が聞こえる。


 ――来た。


 すると、ナズナの母ミツバが出てきた。


「こんにちは!」

「あら! リラちゃん!?」


 ミツバは驚いた顔でリラを見つめる。出てきたミツバが驚くのも無理はなかった。


「お久しぶりです。ナズナちゃんはいますか?」

「それが……」


 旅立ったのは、ついさっきだったのである。

 午前中にクコがやってきて、ナズナが旅立ちを決め、みんなで早めの昼食にした。

 その後、一行が家を出たのが正午ということだった。


「そんな……」

「まさか、リラちゃんが来るとは思わなくて……」


 ナズナは、リラのために、と意気込んで旅立った。だからそのリラ本人がここに来ていることに、ミツバは驚いていた。

 たったの一時間。

 運命は、まだリラの再会は早いと言っているのだろうか。リラはそう思ってしまう。

 肩を落として憔悴するリラに、ミツバは優しく声をかける。


「ナズナたちは、馬車で出かけたわ。だから、簡単には追いつけないと思う。でも、まずはとびがくれさとに向かうって」

「じゃあ」

「ええ。船に乗るために浦浜へ行くから、先回りして待っていたらいいわよ。鳶隠ノ里では忍者を仲間にするって言ってたわ。あそこは『かぜめいきゅう』とも言われる場所だから、探すのだけでも時間がかかるはず。リラちゃん、なにも急ぐことないのよ」


 ミツバは、リラにとって叔母に当たる。リラの母・ヒナギクの妹だから、向けられる愛情も温かい。


「はい。そうですね。リラ、焦っていました」

「大丈夫。会える人には会える。その時が訪れるのが期待と違っても、それはあなたにとって必要な時間になるわ。昔、リラのお母さんも言ってた」

「きっとご本の受け売りです」

「まあ」


 と、ミツバが笑い、リラも笑った。


「お昼ごはんは食べたの?」

「はい」

「そう? じゃあ、なにもできないけどゆっくりしていって」

「いいえ。わたくし、このあと用事があるんです。実は、少女歌劇団に参加することになっています」


 代役として昨晩から参加していることを話した。すると、ミツバは喜んでくれた。


「すごいじゃない!」

「だから、ぜひ今晩は見に来てください。代役は今晩の公演までなので」

「ええ! 絶対に行くわ! うちの人は今さっき仕事で出たばかりだけど、夜にはちゃんと戻るから」

「はい! 叔父様にもよろしくお伝えください」


 リラは輝くような笑顔で言った。

 そのあと、ミツバは「じゃあ今夜か明日にもうちに泊まっていって」と言ってくれて、リラは「人を待たせているので」とこの場は挨拶だけで家を出ることにした。


 ――久しぶりに叔母様と話せてうれしかった。来てもらうのは楽しみ。でも、ナズナちゃんに会えなかったのはやっぱり……ちょっとショックだわ。


 ドアに手をかけ、リラは言った。


「では、今夜最後の公演が終わったあとうかがいます」

「待ってるわね。公演も楽しみにしてる」


 ミツバに手を振って外に出た。

 家を出て、ドアを閉め、立ち止まる。


「もう、なんでこう間が悪いのよ」


 リラの心を代弁するような声が聞こえて、つい同意するような口調でつぶやく。


「本当に残念です」

「まったくよ」

「はあ」


 リラはそこでため息をついた。


「あんただれ?」

「え」


 思わず、リラは横を向く。

 声がしたほうへと顔を向ける。さっきから心の声と会話しているような気がしていたけれど、それがリラよりも一つ年上くらいの少女のものだと気づく。

 袴姿に短い黒髪、身長は一五〇センチ台の半ばか後半といったところで、小さめの鼻とどこか愛嬌のある口元、目はくりっとしている。なによりの特徴は、頭にうさぎの耳がついていることである。


 ――ええと、この方は……? おでこも、なんで真っ赤なのかしら。


 先に会話の調子を合わせたのはリラなのに、当人ににらまれて当惑してしまう。


「あかんかったか。じゃあ行こか」


 待っていてくれたリョウメイが声をかけてくれる。

 そんなリョウメイはもう歩き出していた。

 リラは彼の一歩後ろについて歩き、返事をした。


「はい」

「人の縁は不思議なもんや。必要なときに会える。気を落とさんことやな」


 それは、ちょうどさっきミツバに言われたものと似ている。


 ――はい。そうですね。大丈夫。会える人には会える。その時が訪れるのが期待と違っても、それはリラにとって必要な時間になるわ……きっと! だから、いつかいっしょに歩き出せるときを夢見て。上を向いて歩こう。


 自分を鼓舞するように、心の中でミツバの言葉を繰り返す。

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