33 『縁結びは別れのあとに』

 この夜、リラはまだ王都にいた。

 夜の歌劇団の公演は無事に終わり、どっと疲労が来た。

 しかし達成感が勝り、『はるぐみ』のみんなとの舞台はリラにとって貴重な体験であり楽しいものになった。


 ――叔父様と叔母様も手を振ってくれてた。二人の笑顔を見られて、リラもうれしかったな。


 リラは舞台が終わったことによる緊張の解放もあり、やっと落ち着いた心地がする。

 控え室で達成感を噛みしめていると、不意に思い出した。


「そういえば、お客様はみんなお行儀もよくて素敵な方ばかりでしたね。わたくしが舞台に立っても問題にならなかったのは、お客様のおかげだと思いました」


 そんなリラのつぶやきに、『おうまち』スダレが教えてくれる。


「お客さんの態度がいいのは、リョウメイさんの魔法のおかげだよ」

「そうなのですか? では、あのお手々で監督を……?」


 まじめにリラがそう言うのがよっぽどおかしかったのか、『はるぐみれいじん』アサリがリラの肩に手を置いて、


「あはは。リラちゃんは可愛いなあ。違うよ。確かにオレたちはリョウメイさんの魔法を《第三ノ手スマートハンド》だって教えたけど、あと二つあるんだ」

「二つもですか」

「この世界では、魔法が使えるのは人口の一割程度だというのは知ってるよね?」

「はい」

「中でも二つ以上のまったく異なる種類の魔法を使える人は、魔法が使える人口の一割程度いると言われている。つまり、全体で言えば一パーセントくらいだね。まあ実際には、それより少ないかもしれないけど」

「そのお話、前に、聞いたことがあった気がします」

「それで、リョウメイさんのもう一つの魔法は、《鍵付日記帳ロックダイアリー》」


 アサリのあとを引き継いで、ここからは『おうのマドンナ』サザエが説明してくれる。お姉さん然としてどこか先生みたいな穏やかな口調で、


「日記帳に書いたことを、自分と周囲に禁止するのよ。日記帳は鍵付きで、鍵をかけると発動するわ。鍵を外すと禁止が解けるの。たとえば、『この交渉では嘘をつけなくする』と書けば嘘なしでの交渉ができるということね」

「で、ボクたち少女歌劇団の舞台を、『劇場内でヤジを飛ばしたり騒いだり風紀を乱す行為は禁止』って書いてロックすれば、お客さんはみんな迷惑行為をしなくなるんだ」


 と、最年少『きたかんとういちばんぼし』ホツキが解説を加えた。

 フランクな『じょゆう』コヤスが腰に手をやって言う。


「普段は、他人のくせを禁止したりしてんじゃないかな。ウチらの中でも、ホツキなんかは足を広げて座るから禁止されてるよね?」

「それ言わないでよー。ボクもう人前で足を広げて座らないようにしてるもん」


 二人がそんなことを言い合って話すのを聞いて、リラも笑った。

 サザエが頬に手を当てて、


「王都の街では悪事を禁止しているの。劇場内でも、貧乏ゆすりは舞台に集中したいお客様の妨げになるから禁止していると聞いたことがあるわ」

「さすが軍監ですね。監督者として有効な魔法だと思います」


 感心するリラに、ホツキが片手を広げて苦笑する。


「リョウメイさんは軍監ってより、なんでも屋みたいなものだからね」

「軍事参謀と外交官と経済財政担当を兼ねた、監督官って感じかな。まあそれくらいじゃないとあのお方のブレーンは務まらないってことだろうけどさ」


 コヤスも半ば呆れ半ば尊敬しているような、不思議な言い方だった。


「陰陽師なんだって」

「家系がずっとそうだもんね。劇の題材にもなるあのやすかどけいめい以来の『だいおんみょう』って話だよ」


 と、スダレとコヤスがしゃべる。

 リラはこの間にも片づけて荷物をまとめて、リョウメイが姿を現さないのを見て取って言った。


「できればリョウメイさんにもご挨拶しておきたかったのですが、そろそろお暇させていただきますね」

「そうだった。リョウメイさんから手紙があったはずだよね。どこかな?」


 アサリがみんなを振り返ると、ホツキがコヤスをジト目で見る。


「さっきコヤスが食べてなかった?」

「あはは」


 コヤスは照れたように頭の後ろをかいて、


「ごめんごめん。台本と間違えて食べちゃった」

「どんな間違え方だ」


 と、アサリが呆れる。


「でも、《しょく》のおかげでちゃんと覚えてるから伝言するね」

「お願いします」


 リラがコヤスを見上げると、コヤスは『女優』らしくリョウメイを演じるように言った。


「舞台見たかってんけど、用事があってな。リラはんにとってここで過ごした時間は無駄にはならん。いずれ、意味を持つことになる。お姉さんに再会できるのを祈っておくわ。達者でな」


 コヤスの魔法は《しょく》といって、食べた物に書かれたことを記憶できるのである。


「リョウメイさん……」

「まあ、『大陰陽師』リョウメイさんが言うんだったら、きっとそうなんだよ。良い意味を持つことになるって」

「うん。そうなると思うよ」


 コヤスとスダレに励まされ、リラは大きくうなずいた。


「はい。ありがとうございます」


 それから、改めてみんなにお礼を言った。


「みなさん、お世話になりました。短い間でしたが、とても楽しかったです。貴重な体験ができました。ありがとうございました」

「こちらこそだよ。お礼を言うのはオレたちのほうだ」


 代表してアサリがそう言って、五人そろって「ありがとうございました」とリラにお礼を言い返す。両手を身体の脇につけた、綺麗なお辞儀だった。

 スダレはリラの前に立ち、


「助かったよ、リラ。アタシの足もだいぶ治ってきた。おかげで、明日からはまた出演できそう」

「それはよかったです」

「今度会うことがあれば、アタシの歌と踊りを見せるからね!」

「はい。楽しみにしています」

「本当にありがとう、リラ」


 手を差し出され、リラはスダレと握手した。




 リラは劇場を辞した。

 外に出て、また路上でひとりになる。ほてった身体には夜風が少しだけ冷たい。


「さあ。今夜はナズナちゃんのおうちに……」


 そのとき、後ろから声がかけられる。


「ちょい。そこのお嬢はん」

「リョウメイさん」


 知っている声としゃべり方に、リラは振り返った。

 やはりリョウメイがいる。


「ほんまは舞台も見に行きたかってんけど、堪忍な。でも、なんとかお見送りには間に合ったわ」

「ご丁寧にすみません」

「いやいや。誘ったのはうちやしな。旅がうまく行くとええな」

「はい。ありがとうございます。あ、お手紙もありがとうございました」

「お礼はうちが言わな。ほんまおおきに。コヤスに食べられてへんかったか?」

「ふふ。食べられてしまったので、コヤスさんの演技を見せていただきました」

「コヤスはものまねがうまいんやなくて、演技がうまいから参ったもんやで」


 せや、とリョウメイは指先でつまんでお守りを差し出した。


「これはお駄賃や」

「お守りですか。晴和王国ではこのようなお守りがあるんですよね」

「まあ、お守りっちゅうのは本来、本人の思い込みによって効果を発揮するものや。身も蓋もないことを言えばな。科学的にはプラセボ効果が働くとかも言われて、怪異的には意味のないことやねん。引き寄せの法則みたいなもんかな」

「怪異的、といいますと、陰陽師の……」

「あいつらにそこまで聞いたか。せやねん、うちの分野の話やけどな。が、このお守りはうちが良い出会いを引き寄せる魔法をかけておいた特別製や。持ってき」


 リラはお守りを受け取る。

 青くて綺麗なお守りだった。

 金糸で『縁結び』と書かれている。


「ありがとうございます。リョウメイさん」

「これだけでは足りひんのはわかってるけど、リラはんは受け取らへんやろからな。縁を大事にな」

「はい」

「ちゃんとそれ持って歩くんやで。きっといくつもの出会いと別れをつないでくれる。ほな、また会おうなぁ、アルブレア王国のお嬢はん」


 さっさとリョウメイは闇の中に消えて行った。

 リラは背筋が伸びる。


「アルブレア王国のって、まさかリラのこと……」


 ――知っていたかしら?


 リョウメイは、リラがアルブレア王国の第二王女だとわかっていたのではないだろうか。そう考えるが、確信もない。

 いや、一つだけあるとすれば。


 ――偽名の禁止……? もしかしたら、《鍵付日記帳ロックダイアリー》によって、常に自分に接触する人間の偽名を禁止して、リラの名前がアルブレア王国王女と同じだと気づいたから。あのとき偽名を名乗れなかったのはそのせい……?


 アルブレア王国第二王女リラの名前は、知っている人は知っているもので、格別に有名でもないが知るすべがないほどでもない。晴和王国のたけくにの軍監とも言うくらいの地位にいる人ならば、他国の情報も知っていよう。


 ――でも、それだけで……?


 あるいは、リラがアルブレア王国第二王女とわかって声をかけたのか。顔を見て口にした「やっぱしそうや」という言葉の意味は?

 やはりリラにはわからない。

 もし気づいていたとしたら、舞台で例外的に芸名を与えたのも、周囲にリラの身の上を知られないための計らいとも思える。

 しかし。

 それ以上は考えの巡らせようもなく。

 目の前の闇は深くなるばかりだった。

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