36 『ルカと見張り番』
ミナトが髪を結い直し、スラズ運河を発つ頃――。
メイルパルト王国の首都『
ピラミッド内では、サツキたちが睡眠を取っていた。
見張りは交替制である。
とはいえ、寝ている間、敵が襲ってくることはなかった。
ルカは目を覚まし、ちょうど四時になると、ナディラザードとクリフの二人と見張りを替わった。
「フウサイくん、ルカちゃん、交代よ」
「悪いな。頼んだ」
「任せてください」
とルカは答えた。フウサイも「御意」と見張りに移る。
ルカは《お取り寄せ》で本を取り出し、周囲を警戒しながらも本を読んで時間をつぶすことにした。
五時を過ぎた頃、ふと本から顔を上げて、サツキたちの顔を見回す。全員しっかり寝ているようである。
――サツキもよく眠っているわね。
ルカはサツキの枕元に座り直す。じぃっとサツキの寝顔を見て、我慢できなくなってサツキを膝枕してみる。
――いいわね、この感じ。サツキが私のものになったみたい。もうだれにも渡したくないわ。
サツキの頭をなでてみる。
――寝顔もかわいい。
こうしていられるなら一晩中でも自分が見張りをしておけばよかった、とルカが後悔したとき、サツキが頭を横に向け無意識にルカの着物をつかんだ。まるで甘えるみたいな仕草と寝顔に、ルカは胸がズキュンとなった。
「ハァ」
うっとりしたため息をつき、
――サツキ……かわいいかわいいかわいい。かわいいわ。
夢中になって必要以上にサツキの頭をなでてやった。それでも、疲れていたのか、サツキはまったく目覚める気配もない。よく眠っている。充分になでて、ルカはサツキの頭にそっと手を置いたまま優しく見つめる。
――この迷宮で、アルブレア王国騎士との戦いは避けられないと思う。でも、それを乗り越えたら、次は神龍島よ。そこではきっと、ゆっくり休める。それまで大変でしょうけど、今はよく眠りなさい。敵が来るまでは。
ふと、サツキの口が小さく動く。
「ミナト……」
――寝言……。サツキには、辛い判断もさせてきた。今も、ずっとミナトとケイトさんのことが気に掛かって仕方ないのね。
ルカは顔を上げて、宙を見つめる。
――正直、私はケイトさんがどうなってもしょうがないことだと割り切ってもらうしかないと思ってる。でも、私の気持ちはともかく、サツキは優しすぎて繊細だから、そうはいかないんでしょうね。
そのさなか、遠くで騒がしい物音がするような気がした。ルカにはわかる。敵の襲来が近い。
――敵の気配。まったく……。睡眠は記憶と心の整理に大切なもの。本当はもっと眠っていて欲しかったけど、そうもいかないわね。よくも邪魔してくれたものだわ。至福の時を、たったこれだけで終わらせるなんて許せない。
たったこれだけ、とはいえ実際には五分以上そうしていたわけだが、夢中になっているときには一瞬に思えるものかもしれない。
――成敗してあげるわ。
闘志をたぎらせつつも、ひざと手は癒やされながら、
「フウサイさん」
その名を呼びかけると、どこからともなくフウサイが参上する。風のない地下だが、サツキの影には潜める。《
「そのようでござる。どうやら、敵が近づいて来ている模様。こちらに来るまで二十分程、数は三十人といったところか……。サツキ殿にも報告を」
フウサイは、すでに気配を察して見て来てくれたらしい。数と場所の把握まで済んでいる。
「これは、起こすべきですよね」
「むろん」
「サツキ、かわいい寝顔してるけど」
「それでも」
「どうしても?」
「……至極当然、起こすべきでござろう」
「こんなにかわいいのに起こしたらかわいそうだわ」
「確かによい寝顔でござる」
と、フウサイがサツキの寝顔を覗き込む。
フウサイとしても、命より大切な主君・サツキの健やかな寝顔を守るためなら敵の百人や二百人は始末してきてやるのもいい。実際にそれだけの腕をフウサイは持っている。『無敵の忍者』として里の内外でも知らぬ者はないほどだったのである。
だが、フウサイは思いとどまった。
――今回、戦いを見る観衆はいない。ならば、拙者がすべて始末しても……いや、サツキ殿には狙いがある。
その狙いとは。
――サツキ殿は、参番隊隊長になるリラ殿に、今後の戦いのために指揮がどのようなものか、見せる狙いがある。また、新たな戦術を試し、新たな魔法を試し、成長する機会でもあると考えている。この戦いは、そういう戦い。
そうした説明を、フウサイは事前に聞かされていた。
二人の会話に、クコが寝ぼけ眼をこすり、
「おはようございます。どうされましたか?」
「サツキがかわいい顔して眠ってるの」
ルカの的外れな言葉に、クコは寝ぼけた顔でサツキに添い寝する。
「あら本当。うふ。かわいいですねぇ。よちよち。いい子いい子」
サツキの背中を優しくぽんぽんするクコを、
「寝ぼけてないで起きなさいっ」
とルカが引き剥がして注意する。
クコはやっと目を覚ました。
「は! 小さくなったサツキ様をあやす夢を見ていました。ルカさん、フウサイさん、おはようございます。どうされたんですか? もしかして、緊急事態でしょうか」
クコに状況を問われて、フウサイは淡々と報告する。
「敵が近づいている模様。クコ殿、戦闘準備を。敵の数が多いゆえ、拙者は仕掛けた罠を確認がてら、こちらへ来る人数を減らしてくるでござる」
さっと、フウサイは消える。それは風を渡る《
リラも目を覚まして、感心したようにつぶやく。
「お姉様、おはようございます。やはりフウサイさんはすごい方ですね」
「ええ。まさか罠を仕掛けられていたとは、知りませんでした」
「それより、サツキ様を起こしませんと。サツキ様」
と、リラがサツキの肩を揺すり、サツキに顔を近づける。
「……ん?」
「おはようございます」
にこりと笑顔で挨拶するリラの顔が間近にあり、サツキは内心やや慌てて目を覚ます。
「ああ。おはよう」
ルカはちょっぴりうらめしそうにリラを見やり、
「リラ? 起こすのは私の役割だったのだけれど」
「ふふ。ごめんなさい」
「まあ、いいわ」
とルカもそれ以上つっこまない。ルカは、身体が弱いリラを両親といっしょに診てやったことが幾度となくあるため、リラを半分妹のようにかわいく思っている。だからついほかの者に対するより態度が甘くなる。
「リラ、今日は平気?」
急に聞かれて、リラは小首をかしげる。
「なにがですか?」
「体調に問題がないか、よ」
「はい。元気いっぱいです」
リラが両手のグーにして笑顔をつくる。
「ならいいわ」
こんなときでも気にかけてくれるルカに、昔と変わらぬ不器用ながらもやさしい姿を思い出すリラだった。
ルカとリラがそんなやり取りを頭上でしていることで、サツキは今自分がルカに膝枕されていたことに気がついた。気恥ずかしい気持ちもあるが、何事もないかように身体を起こして、状況説明を求めた。
「今の時間と状況は?」
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