イストリア王国編 クロスストリート

1 『バックツトゥザレッド』

 サツキは、その全身を真っ赤に染めた存在を初めて目にした。人とも怪物とも見えるそれは、悪魔だった。


「やあ! やあやあやあ! ようやく、言葉を交わせるね。はじめまして、しろさつきくん。ボクはメフィストフェレス。悪魔だ」

「城那皐です。メフィストフェレスさん、ファウスティーノさん。先程は、怪我を治していただきありがとうございました」


 治療してくれた二人に、丁重に礼を述べる。


「構わないよ。ねえ? ファウスティーノ」

「頼まれた仕事をしただけなのだ」


 ファウスティーノはさも当然のように、感謝もいらない口ぶりで言った。


「しかし、彼はいないんだね。そう、彼。いざなみなとくん。また彼とも話したかったものだが」


 悪魔が挙げた名前の人物については、ルカから説明が入る。


「ミナトは会ってまた話したかったと残念そうでした」

「ボクもさ。だが、仕方ないよね。それよりもたからくん、ありがとう。本当にありがとう。城那皐くんと会わせてくれたこと、心から感謝するよ。ボクは嬉しくてたまらない。いろいろ話したいことがあるんだ。それはもう時間や量では数え切れないほどにね」


 それから、メフィストフェレスはサツキを見て、


「だけど」


 と言葉を切り、


「キミもあるんだろう? ボクと話したいことが。いや、ボクに聞きたいことが。ねえ? 城那皐くん?」


 メフィストフェレスは愉快そうに口元をゆがめた。




 時はそうれき一五七二年九月十日。

 現代日本を生きていた少年・しろさつきは、気がつくと異世界に来ていた。

 一つ年上の少女・あおにより召喚されたということだ。

 クコは一国の王女であり、彼女の国であるアルブレア王国はブロッキニオ大臣という悪の大臣に乗っ取られようとしているらしい。

 両親が体調を崩したところを大臣に付け入られたそうで、両親は世間には内密に幽閉されているのだ。

 だからクコが、大臣の勢力と戦う必要がある。

 そのために、クコは仲間を集めなければならなくなった。城を飛び出し仲間を集める旅を始めることと、異世界から勇者を召喚すること。それを家庭教師のふじがわはかに助言された。

 しかし、勇者の召喚はどこでもだれにでも簡単にできるものではない。

 まず、召喚魔法はその存在すら一般には知られておらず、古代の文献と研究によって藤馬川博士が編み出したのだが、召喚するには場所を選ばなければならない。

 勇者召喚の条件は、魔法の力が高まる世界樹の根元で魔法陣を描くことなのだ。

 いくつもの国を旅して、アルブレア王国から世界樹を目指した旅をしたクコは、ついに勇者召喚に成功する。

 この勇者がサツキだった。


 サツキは、魔法の存在をクコのテレパシーによって実感し、旅をすることでこの世界の文化や文明、地理についても知っていった。

 魔法について言えば、たとえば手をつなぐことで声を出さずに会話できる魔法《精神感応ハンド・コネクト》はクコ固有のもので、人それぞれに扱える魔法が違う。

 クコによると、その人の物の考え方や論理と創造力で固有の魔法が生み出されるらしい。

 世界樹から魔力を受け取り、その魔力を使って人は魔法を発動できるそうだ。


 文化や文明や地理についても、サツキは衝撃を受けた。

 この世界は、サツキの世界と世界地図が非常によく似ているのだ。だが、国の名前は当然異なっているし、地形なども微妙に異なる。

 サツキが召喚された世界樹があるのはせいおうこくという国で、江戸時代末期から明治時代初期の日本っぽい雰囲気がある。

 対して、クコのアルブレア王国はイギリスの位置に相当する。

 話を聞く限り、文化もサツキの世界の国と位置関係を照らし合わせたように酷似していて、国ごとの特色が濃い反面、言語はすべてサツキの知る日本語で通じてしまうという不思議さだった。

 文明レベルは、おおよそ江戸時代末期から明治時代初期くらいと言ってよく、魔法の存在によって科学の進歩が遅れる部分こそあれど、テクノロジーはあまり発達していない印象だ。


 あてのないサツキは、クコから事情を聞いて彼女に協力することを約束し、二人旅が始まった。

 旅の中で、二人はアルブレア王国奪還のための組織を結成する。

 組織名は『えいぐみ』。

 そこに集うのは、クコの知人が中心である。

 旅をしながら頼りになりそうな人物に当たって、さらにその知人へと輪が広がることもあり、人数は十二人になった。

 士衛組には役職もある。

 組織のトップでリーダーが局長のサツキ、サブリーダーが副長のクコ。

 参謀役で局長の秘書を兼ねる総長が医者の娘・たから

 この組織の頭脳となるサツキとクコとルカは司令隊と呼ばれる。

 次に、壱番隊隊長が不思議な少年剣士・いざなみなと。壱番隊隊士は、時之羽恋ジーノ・ヴァレン。彼は『ASTRAアストラ』という秘密組織のトップで、世界でも五指に入るほど有名な『かくめい』である。この組織はスパイ活動を中心に、彼らの本拠地・イストリア王国の治安を守る活動や時折盗賊のようなこともするらしい。サツキには知らない顔をいくつも持っているとの噂だ。ただし、ヴァレンは『ASTRAアストラ』のこともあって忙しく、士衛組と共に行動することはあまりできないそうで、関係性としては士衛組の仲間というより同盟に近いだろう。

 次に。

 弐番隊は三人いる。

 弐番隊隊長は、亀の姿をしたダンディーな『万能の天才』げんない。元は人間であり、その正確な年齢はわからないが、渋いおじさんのようで、士衛組の御意見番かつ指導役でもある。弐番隊隊士は陽気なメラキア人の料理人・だいもんばんじょう。そして、地動説証明のために旅をしていた少女・うきはし

 続いて。

 参番隊も三人。

 この三人は、全員サツキより一つ年下の女の子たちである。

 参番隊隊長がクコの妹でアルブレア王国第二王女のあお。白銀の髪を持つ姉・クコと違い、和風な美しい黒髪を持っている。クコとリラの母親が晴和王国人である影響だろう。リラはクコの旅立ちのあとふじがわはかから事情を聞き、自らの魔法を習得すると共に古代文字などの勉強をして、先に旅立ったクコを追って旅に出た。その後、海を渡って最初に出会ったヴァレンと友人になり、クコのいる晴和王国まで一気に送り届けてもらったのだ。しかし何度もすれ違ってしまい、再会は遅くなってしまったが、その間によい出会いをたくさんできた。成長した姿でクコと再会した今のリラは、士衛組の作戦・戦術にとってなくてはならない存在になるとサツキは思っている。

 残る参番隊隊士は二人。一人目は、クコとリラのいとこで空を飛べる少女・おとなずな。もう一人は、ナズナの幼馴染みで祖父が学者のかわなみふじがわはかはこの海老川博士と学者仲間である。

 最後に、偵察や局長の護衛を担う監察が、超一流の技を持つ影の忍者・よるとびふうさいである。




 現在、士衛組は晴和王国から船で海を渡って大陸を旅してきて、イストリア王国という国までやってきていた。

 イストリア王国は、サツキの世界の地図でいうイタリアのあたりである。

 食や景観など、文化も似ている。

 首都・マノーラは『みやこ』と呼ばれ、古代から未来まで、永遠に華の都であり続けると称されている。

 歴史に美術、音楽から演劇まであらゆるものがあるが、最高のエンターテインメントは円形闘技場コロッセオだ。

 コロッセオは、ローマのコロッセオそっくりの独特の建築物であり、そこでは魔法戦士たちによる試合が行われていた。

 多くの人々が熱狂するマノーラのコロッセオは、世界的にも類を見ない人気の娯楽施設といえた。

 サツキは、マノーラ滞在中、地動説の裁判が始まるまでの間、ミナトと共に二人でコロッセオに挑戦することにした。

 シングルバトル部門ではそれぞれが個人戦で試合をし、ダブルバトル部門では二人でバディーを組んで参加した。

 そして今日九月十日は、ダブルバトル部門の大会『ゴールデンバディーズ杯』の二日目であり、二人は激戦を勝ち抜き決勝戦まで駒を進め、ついに決勝戦を制して優勝したのだった。


 試合後、サツキはとある場所を訪れていた。

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