7 『WITCH×CRAFT』

 舵は北に切られた。

 サツキとクコが先ほど茂みで身をひそめていた場所から、正面より左十五度ほどズレた方角である。

 クコは懐中時計を開いた。

世界樹ノ羅針盤マジック・クロノグラフ》という魔法道具で、時間と方角がわかる。この森の中、方角はあくまで世界樹を基準にしてだが。


「(時間が気になるのか?)」

「(いいえ。《世界樹ノ羅針盤マジック・クロノグラフ》によって方角を確認して、世界樹を目印に森を抜けようと思ってます)」

「(なるほど。そういうことか)」


 それによると、あとはひたすら北上していけばよい。


「(バスターク騎士団長と約三十度ほど方角がズレているだけなのは不安も残るけれど、一度ついた角度は進めば進むほど両者の距離を開かせる。問題ないだろう)」

「(世界樹ノ森を抜けるまでの時間はわかりませんが、そう遠くないうちに出口が見えると思います)」


 二人は細心の注意を払い、森を進む。

 追っ手に見つからないために気を張るのは、精神的にも負荷がかかる。その点、追っ手側のほうが気楽だろう。


「(方角はどこに向かってる?)」

「(北です。南は世界樹ノ森を抜けても、点在する村以外は森が続き、道という道があまりありません。東南から回るのが楽なルートだと思いますが、逃げた方角から考えると、北が騎士たちに遭遇しにくいでしょう)」

「(そうか)」


 最初に世界樹から東へ向かって動き出したので、西への警戒があまい可能性があることを除けば、騎士たちがバラバラに行動している以上悪くない選択肢だった。心理的には普通その東南ルートを選びたくなるだろうから、逃げるにはちょうどいいかもしれない。


「(いろいろあってずっと聞けなかったけど、魔法について教えてくれないか? バスタークの扱う火は普通の火じゃないようだし、法則とかも知りたい)」


 サツキに求められ、クコはうなずく。


「(そうでしたね。説明しなければなりません。魔法への理解が、この世界ではとても大切になります)」

「(うむ)」

「(ただ断っておきますが、概念や仕組みに関して説明できることは少ないです。魔法は、術者が固有に編み出す創造のチカラであるため、その魔法ごとに性質や特徴がまるで異なります。以上のことから、サツキ様に教えられるのは、本質的な部分だけになります。それでもよろしいですか?)」

「(充分だ。あとは、敵と向かい合ったときに、相手の魔法がどんなものか割り出せばいい)」


 簡単に言ってのけるが――クコにはそれが『どれほど洞察力を必要とすることなのか』、そして『どれほど思考の瞬発力を必要とすることなのか』、わかっていた。とても難しいことなのである。しかしそれでも、ずっと魔法で思考がつながっているゆえ、わかる――サツキならば可能だと。


「(では、魔法を使える仕組みからまいりましょう)」


 かくして、クコによる魔法解説が始まった。



「(まず、魔法は本来、すべての人間が使えるものです。しかし、現在使える人間は多くありません。約一割……10パーセントといったところでしょう。理由は魔力のコントロールと発現の難しさにあります。というのも、魔力は世界樹から流れ出る力そのものなのです。世界樹から魔力を受け取り、血液のように身体を巡らせ、コントロールする。それにはコツが必要なんですよ)」

「(なるほど。じゃあ、魔力は自分自身のパワーではない――つまり、すべての人が等量の魔力を扱い、それをコントロールするのが大事ってことか?)」

「(いいえ。そこには、厳然とした個人差が存在します。確かに元は世界樹から受け取った力ではありますが、それは人間が自然の恵みを受けて生活しているような、ごく当たり前にそこにあるものと同じレベルのことなんです。空気を取り込み呼吸をし、いただいた食物を血や肉とする。そうして出来上がった自身の肉体――それはもう、自分自身とも言えるでしょう?)」

「(要するに、その超自然の力と接続する感覚が備われば、だれでも魔法を使えるってことか。で、魔力の強さには個人差がある。海へと流れる川にも小さいものや大河があるように。また、留める器の大きさが異なるように)」


 サツキの想像では、それは魔力を溜める器の大きさによって強弱がわかれるものと思われた。


「(はい。魔力の強さだけではありません。コントロールするコツも、魔力が身体を流れる感覚も人それぞれ。だから本当ならサツキ様に合ったやり方を見つけるのがいいのですが、時間もありませんし、師を見つけるのは難しいので、わたしの感覚でお伝えします)」

「(頼む。俺なりに考えるから、クコは自分の思うままに話してくれ)」


 クコは淡々と説明する。


「(わたしの場合、それは創造力と論理力です。創造したことを論理的に自分なりの分析でさらにイメージする。極めてロジカルなイメージコントロールです)」


 サツキは、これまでアニメやゲームなどから自分がイメージしてきた魔法とまるで違う原則に驚いた。魔法を論理的に考えるとは、思いも寄らない。論理の象徴たる科学と対を為すのが魔法であり、サツキの見たアニメやゲームの魔法は、思いの強さとか精神性とかでなんとかなる、そんな曖昧なものだった。


「(たとえば、火を起こす魔法を使う場合、魔力を火に変質させるイメージを持ち、自身の魔力をコントロールします。点火する場所はどうするか、どれくらいの温度の火か、など。また、論理的には火を起こすには酸素が必要ですから、酸素のある場所でなければならない、燃料は魔力にしよう、などの条件づけをしていきます。強力な魔法を使うには、条件が厳しくなります)」


 つないでいる手を見て、サツキは考える。


「(クコがテレパシーを使うには、手をつなぐ必要がある。手をつないだ相手とのみテレパシーで会話できる。これも条件付けだもんな)」

「(わたしのイメージとして、手をつなぐと心をつなぐような、心を通い合わせられる感覚があったんです。だから、わたしのこの魔法を《精神感応ハンド・コネクト》)という名前にしました」

「(なるほど。バスターク騎士団長の火には、引火する性質はないよな?)」


 確かあのとき、バスタークが繰り出した炎は刃物のように木を切り裂きはしたが、発火しなかった。


「(はい。バスターク騎士団長のように引火する性質を持たせなければ、火の強度を高められるかもしれませんね)」

「(質量保存の法則とか、等価交換みたいなものか)」


 と、サツキは自分なりに納得できる論理的な理解の仕方をした。


「(それに、術者の個性が大きく反映されますからね。サツキ様はまだどのような魔法にするかじっくり考えるとして、魔力のコントロールをできるようにしましょう)」

「(一つ、質問だ。率直に聞く。魔力のコントロールによって、筋力の増強のようなことはできるのか?)」


 ふわりとクコは微笑んだ。


「(察しがよいですね、サツキ様。魔力には生命エネルギーにも似た、強い力があるんです。手に魔力を集めれば、通常なら動かせなかった岩を押すことさえ出来る。しかし、それは人間が常に意識せずにしていることでもあるんです。より魔力のコントロールが精密にできる人だけが、より大きなパワーを出せるといった感じでしょうか)」

「(魔力のコントロールができれば、気持ち五割増しくらいな感じか?)」

「(個人差も大きいので具体的には言えませんが、中には倍以上のパワーを引き出す人もいますよ)」

「(なるほど。だが、バスターク騎士団長のような騎士と戦うにはデメリットにもなるな)」

「(気がつかれましたか)」

「(まだ十二歳の俺でも、高い身体能力を得られるが、問題は、あくまでかけ算される点にある。元の身体能力の高さが重要になるんだ。身体能力に劣る者も魔力コントロールさえできれば強者に近づける――逆に言えば、強者もこちらと同程度の魔力コントロールができたら、その差はかけ算式に広がるってわけだろ)」

「(そうです。元々筋力の高い相手に対しては、その差は広がります。過去、実験として厳密に測って割合を導き出そうとした学者が何人もいました。しかし魔力の強さもコントロールのうまさも人それぞれですから、正しい測定はできていません。ただ、元の筋力が高い人のほうがより大きな力を引き出していますから、かけ算式に増えるというのが定説です)」


 厄介ではあるが、それも織り込み済みで、魔力コントロールの習得は必須だと考えていた。だからサツキは落胆の色もなく聞く。


「(じゃあ俺は、まずはとにかく魔力コントロールだけをマスターすればいいわけだな?)」

「(ふふ。マスターするのは難しいですよ? 少しずつでいいんです。使いたい魔法を思いつくまでは、魔力コントロールの習得をがんばりましょう)」


 やる気満々なサツキをあたたかく勇気づけるように言って、クコは説明に移った。


「(では、二つの回廊……大回廊と小回廊のお話からしますね。この二つは、魔力の通り道です。中でも、大回廊は世界樹と接続して世界樹から魔力を受け取り己の身体に流す回廊で、小回廊は自身の身体における魔力の比重をコントロールするための回廊になります)」

「(手順としては、大回廊をひらいて俺の魔力を目覚めさせ、小回廊のコントロールの修練に移るって具合か)」


 サツキにはクコの言いたいことがわかる。それは手をつないでいるせいで思考が読めるからだけではない。サツキは目的意識を持つとき、先を読む力が自然に発揮されるたちなのである。裏、すなわちバックボーンを読み取ることも得意だった。要するに、妙なところに気がつく。本人はそんなつもりもないが、推理と推測はサツキに天性で備わっている武器ともいえる。

 クコにはそれが楽だった。会話や呼吸の相性がいいとも感じたが、それでも、子供に教えるように丁寧に説明する。


「(はい。大回廊へのアクセスは、本来ゆっくりと自然と一体になる修業からするものです。しかし時間もありませんから、これからやるのは裏技になります)」


 それはサツキものぞむところだった。

 クコは言った。


「(サツキ様? 少し、額を貸してください)」


 さすがのサツキでも、その意図はわかりかねた。


「(わかった)」


 言われるがまま返事をするサツキの両の手に、クコは自身の手を重ねた。手のひら同士を合わせ指を絡ませたかっこうになる。そして、クコはピタッと、サツキの額に自分の額を合わせた。

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