202 『ナンバーオブタイムズ』

 ヒサシの流れるような足取りは、あっという間にリョウメイとの距離を縮めた。


「はや」


 走ったわけでもないのに意外なほどに速く、リョウメイはまだ《鍵付日記帳ロックダイアリー》に書きたいことを書き切れない。


「しゃあないなあ」


 一度、《鍵付日記帳ロックダイアリー》をロックして閉じる。


 ――ロックできた条件は一つだけ。もう一つはあとで書けばええ。最低条件はクリアしたさかいな。


 リョウメイは《鍵付日記帳ロックダイアリー》を片手にヒサシの攻撃をよける。


 ――とにかく杖で突くつもりやな。


 杖でリョウメイに触れさえすれば、ヒサシは魔法を発動できる。

 一度目の接触で、《魔法吟味役マジックハッカー》が発動。

 魔法情報を読み取れる。

 二度目の接触で、《魔法曲者マジッククラッカー》が発動。

 魔法情報を書き換えられる。

 まだリョウメイはヒサシとやり合ったこともなく《魔法吟味役マジックハッカー》で魔法情報を読み取られたこともないから、最初から書き換えられてしまうこともないのだが……。

 しかし。

 たった一度の接触で魔法情報が暴かれ丸裸にされるのだ。

 陰陽術も、ほかに保有する二つの魔法も、リョウメイがその奇才を振るうのに必須の力であり、これが知られては命に関わる。

 もうリョウメイの異能を鷹不二氏に対して発揮することも難しくなり、ヒサシが他国の人々にまでリョウメイの魔法情報を売り歩いて周知されれば、リョウメイの弱点はすべて曝されてしまうのである。

 種を知られたマジックの虚しさよりも深刻で、万全に対策されたリョウメイが今後碓氷氏のためにできることなど占いくらいしかなくなってしまう。いや、歌劇団の運営など商売くらいはやれるだろうか。

 けれどもそんなものは両腕をもがれ死の淵に立たされたのとなんら変わりない。

 だから。

 リョウメイはたった一度の攻撃を受けることさえできなかった。

 リョウメイが碓氷氏のために生きる限りにおいて、魔法情報の開示は許されない。

 もし二度目の接触によって《魔法曲者マジッククラッカー》が発動し魔法情報が書き換えられでもしたら、リョウメイの生きる価値さえなくなる。

 陰陽師でもなくなり、碓氷氏の参謀でもなくなり、自分でさえなくなる。


 ――ほんま、キツい戦いやで。


 ヒサシは手を緩めない。

 杖は軽やかに振り回され、リョウメイはかわし続けた。

 もうただかわすのも無理だと思われたところで、刀を抜いた。

 キン、と金属音が響く。


「へえ。もう見極めはできたってこと?」

「まだまだどす」

「じゃあ、反撃?」


 力で刀を払い、杖は次の攻撃をする。


「そうしたいのは山々やけど、なかなか厳しいわ」

「でしょう。ボクの杖はただの杖じゃないからねえ」

「その杖、木製かと思いきや金属製やったんどすなあ」

「どうだろう。木製でもあり金属製でもある、みたいな代物らしいよ。なんでも魔法で特別につくったって話だからね。ボクも詳しいことは知らないけどさ。でも、大業物の刀にだって簡単には斬られないほど頑丈なのは確かみたいだねえ」

「なるほど」


 リョウメイはタッと後ろに下がった。


 ――そろそろこっちからも仕掛けるか。まずは《第三ノ手スマートハンド》で……。


 追撃しようとするヒサシに、リョウメイも斬りかかる。

 そこで、さらに《第三ノ手スマートハンド》を使ってヒサシの動きを止めようとする。

第三ノ手スマートハンド》はどこにでも第三の腕を生やして、その腕が勝手に判断して動いてくれる魔法である。

 リョウメイが斬りかかるとき、《第三ノ手スマートハンド》を地面に生やせば、この手は自ら考えてリョウメイの攻撃が成功するよう動くわけだ。

 地面から腕が生えて、その腕がヒサシの足をつかみかかる。

 だがその直前、ヒサシは咄嗟に杖を引いた。


「わかるよ、すぐに」


 杖は地面に振り落とされる。

 もちろん、杖は《第三ノ手スマートハンド》を狙っていた。

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