205 『キャントライティング』
リョウメイはクスクス笑った。
「ほんまに人の気持ちがわかるんどすなあ。やっぱり、手を打っておいて正解やったわ」
これは皮肉でも褒めたわけでもなく、ただの独り言だ。
相手に聞かせるつもりもない言葉である。
それからリョウメイは《
ロックとは、禁止すること。
つまり、《
条件を決めて、それを自分にも相手にも禁止するのだ。
「どんな手を打ったのか、聞いてもいい?」
ヒサシは飄々と聞いた。
「実はさ。ボクの足、動かなくなってるんだよね。これしたの、キミでしょう?」
「どうでしたやろ。ほんまに動かれへんのどすか?」
「ほら。動かそうにも動かないんだよ」
「あらあら。えらい頑張ってはるなあ。カニ歩きはどうやろ」
「えっと……あ、できた。……いやでも、後ろには行けないよ。どうなってるんだろう。前に進むことはできるし……あれ? なにこれ。教えてよ」
しかしあえてリョウメイには近づかず、ヒサシはその場にとどまったままでいる。
リョウメイは数珠を取り出して、じゃらっと鳴らした。
「まあええやろ。……ほな」
仕切り直して、リョウメイは薄い微笑を浮かべて言った。
「最初からいきましょか。ええと、発端はヒサシはんの登場でしたなあ。あんとき、うちらはヒサシはんさえいなければ、そのまま目的地に向かっとったんどす」
「だろうねえ」
「そんなとき、うちらは出会てしまった。せやから、うちらはそれぞれの思惑があるさかい、戦うことになったわけどす」
「その思惑は、ボクを足止めすることが第一。この裏には、別のだれかがどうせ駆けつけるって算段があったから。そこまでいいとして、そのだれかが何者なのかを教えてほしいなあ。あと、ボクを足止めしている魔法。その正体も頼むよ。これってやっぱり、キミの手帳みたいなやつがそうなんだよね? 書き込んでたあれ。怪しいからずっと気になってたんだ」
矢継ぎ早に要求してくる口の減らないヒサシに、リョウメイはどこから答えたものかと思う。
「人に質問しておいて、一人でぎょうさんしゃべって。口を挟む隙もあらしまへん」
「いやあ、本当に聞きたいことやしゃべりたいことが多くてね」
「じゃあまず、ヒサシはん?」
「なあに?」
「そちらさんがつらつら書いてはるお手紙はなんどす? 人とお話するときは相手の顔くらい見るもんどすえ?」
リョウメイに指摘されても、ヒサシは熱心に手紙を書いていた。さっきからしゃべりながらずっと書き続けているのである。
「ごめんね、ボクってどこにいても頼られる人間でさ。ここに釘付けにされても、キミとおしゃべりを楽しんでいても、やることはいっぱいあるんだよねえ。あ、おしゃべりは続けられるからどうぞどうぞ。ボクらの仲じゃない。マナーとか気にしないでいこうよ」
「お忙しいみたいやし気が進みまへん。無理にしゃべろうなんてとても」
「え、お断りだって? いいじゃない、別にさ。ボクはしゃべりながらいろいろしたいんだよ。だから手紙を書けなくするのもやめてくれる?」
ヒサシは自分が手紙を書けなくなったのを悟り、リョウメイがまたなにか書いているのを見ながら言った。
「うちに言うてはります?」
「キミ以外にこんな技、使える人いないでしょ。ていうか、ボクらのほかにこの近くにはだれもいないんだもん。嫌でもわかるよ」
はあ、とヒサシはまったくなんの憂いもなさそうにわざとらしいため息だけこぼして、手紙を封筒に入れて封を閉じた。
すると、手紙はヒサシの手の中から消える。
「お嬢には送っておいたよ。今の手紙。どうせ続きは書けないんだし、書いたところまででいいでしょ」
もう用件はある程度書けていたらしい。
リョウメイはヒサシの手際のよさに感心する。
「さすが、しっかりしてはるわあ」
「抜け目のなさはよく褒められるんだよ。まあ、用件はちゃんと書けなかったんだけどね」
「そうどすか?」
「そんなわけないだろって? どっちでもいいじゃない」
ヒサシは軽くあしらう。
――実際、どうせ手紙を書くのも止められるだろうと思って、さっさと状況だけ書いてから詳細を追記するスタイルにしたけど……どうやら正解だったね。
手紙の内容は、
VSリョウメイ
足止め中
碓氷氏に協力者あり
誰かが大聖堂へ助けに行くらしいが、それが誰なのかは分からない。リラくんはヒナくんといっしょに向かっている途中だから最終決戦には間に合うものと思わ
というもので。
仔細は書き切らずとも要点は充分に記せたのだった。
――あとは、この場をどう切り抜けるのかだねえ。大聖堂に向かっただれかさんのことは頼んだよ。ボクはそのだれかさんの正体を探って、この足止めから逃げてみせるから。
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