134 『ギブバック』
ヒヨクとツキヒは、距離を取ったミナトを見送って、
「なにもできなかったね~、ヒヨク」
「手強いよ。前は見せなかった魔法まで使ってきている。それに、サツキくんもすぐに解除するしね」
「あれはびっくり~。普通、心臓止まって追い打ちかけられて、平然と解除できないもん」
二組が話している間に、クロノは実況を入れていた。
「ミナト選手が距離を取りました! 一進一退の攻防にも見えましたが、最後はヒヨク選手にミナト選手がつかまれる直前、なにかするりと逃れたようにも思われますが、どうなっていたのでしょうか! 互いにまだまだ手の内を隠している様子です! さあ、ミナト選手がサツキ選手の横に戻ったことで、偵察終了か!? サツキ選手も動き出すのか!? ヒヨク選手とツキヒ選手はいつ魔法を使うんだ!? ここから激しくなりそうだぞー!」
クロノを含め、観客のほとんどがすべての攻防を目で追えていないだろう。
いくつもの魔法がすでに飛び交い、サツキの分析はとっくに始まっていた。その結果をミナトに伝えていく。
「ツキヒくんは、《シグナルチャック》で心臓をも止められる」
「へえ。最初のあれは、心臓を狙っていたのか」
「俺は一度止められたが、もし止められても五秒以内に解除するように。でないと、意識が飛ぶ。そうやって戦闘不能にするだけで勝てる、それほど強力な魔法だ」
「五秒ね。了解」
十秒もすれば意識を失い、一分で呼吸停止だ。その時点で、戦闘に戻るのは不可能だし、救命処置が間に合うギリギリであるために、その後の医療班が舞台にかけつける時間も考えれば生存率がどんどん下がってゆく。
「おそらく、《シグナルチャック》は万能だ。目や耳、口以外にもどこでも機能を閉じられる。俺の左腕を止めて、解除をさせないようにもしてきた。右手でグローブに触ったから逃れられたが、危なかった。とにかく、もし心臓を止められても落ち着いて対処するんだ」
「うん」
「そして、ヒヨクくんの魔法は空中でも足場にできて歩けるという《
「そのようだね」
改めて、サツキはヒヨクとツキヒを見てミナトに言った。
「二人で近くにいたほうが、《シグナルチャック》を互いが解除しやすくなる。それぞれを相手にするか、すぐ近くで戦うか。どうしたい?」
「それは、相手次第かなァ。僕はどちらでもいいからさ」
ミナトは二人に視線を投げた。
水を向けられたことで、ヒヨクがツキヒに問うた。
「だってさ。どうする? ツキヒ」
「おれ対策を講じてくれるのは大変鼻が高いんだけど、やっぱりミナトと真剣勝負がしたいかな~」
「そっか」
「押されっぱなしじゃ、おもしろくないでしょ」
と、小さく笑顔を見せる。やる気をうかがわせる顔に、会場からもツキヒへの応援が飛んでくる。
「ツキヒくんファイトー!」
「やる気満々なツキヒくん可愛い~!」
「どんどん攻めちゃえー!」
コロッセオはエンターテインメントであり、観客を楽しませた者が応援される。そして、衆人環視の試合である以上、敵ばかりが応援されるようなアウェイ環境だとやりにくくなり、自分たちが応援してもらえると頑張れる。そのことを、ツキヒは天然でわかっている。
ヒヨクがサツキとミナトに告げる。
「そういうことだから、ぼくはサツキくんとだね」
「うむ」
と、サツキがうなずく。
ミナトはツキヒに声をかける。
「じゃあ、僕らもやろうか」
「おっけ~」
ゆるい二人だが、刀と長巻の打ち合いは激化することが予想される。サツキもヒヨクの魔法の秘密をなんとか引き出したい。
「サツキ、行くよ」
「気をつけろ。互いに、いつ干渉されるかわからない」
とサツキとミナトがお互いに声をかけ合い、ツキヒとヒヨクも、
「それはこっちもだよ~、ヒヨク」
「わかってるさ。やろう、サツキくん」
ミナトが最初にツキヒ目がけて駆け出して、サツキとヒヨクは味方二人を意識しながらゆっくり歩いていく。
クロノが叫んだ。
「ただいまのサツキ選手の話によると、最初の攻防でなんとなんとー! サツキ選手の心臓はツキヒ選手の魔法によって止められていたようです! 本当なのかー!? 疑わしいほど恐ろしいことだが、事実だとすれば《シグナルチャック》は最強だー! だが、それ以上におもしろくなりそうでワタクシ、ワクワクしています! ここから二組は分かれて戦うようですが、舞台にいるのは四人! いつどこでだれがだれになにを仕掛けるのか、まるでわかりません! さあ、さっそくミナト選手とツキヒ選手の攻防が始まったー!」
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