133 『エスケープハンド』

 孤軍奮闘、猛攻を続けるミナトにクロノの実況が送られる。


「ものすごい早業! 連続攻撃! ミナト選手の神速はすさまじいのひと言です! 二人がなにもできなーい! サツキ選手は後ろで見ているだけなのか!?」


 まさかサツキの心臓が止められていたなどと、よほど注意して見ていた人でもないとわからないだろう。

 サツキはミナトに声をかけようとして、思いとどまる。


 ――せっかくのチャンスだ。見せてもらおう。ツキヒくんの《シグナルチャック》に先があったように、ヒヨクくんの魔法にも隠し技があるはずだ。


 もっとも、ミナトの剣撃がすごくて二人共思うように魔法も繰り出せない様子だが、二対一ということで手も足も出ないという感じでもない。

 どこかで、魔法を使ってくるはずだ。

 この間にも、サツキは右手に《波動》の力を溜めていた。魔力を練るようにして、じっくりと力を強めていく。


「前回、ツキヒ選手のながまきにミナト選手の太刀はその鋭さを欠く場面が見受けられました! 刀よりも長い柄を持つ長巻は、せいおうこくでもマイナーな武器です! 晴和王国には様々な武器がありますが、長巻は薙刀よりも短い柄で長い刃を持つのが特徴。時に薙刀とも同じ分類をされます。しかし、ツキヒ選手のそれは晴和王国の刀の位を示す二百三十三振りにも数えられる名刀! 『良業物』五十振りの一振り、『くうしゃ』!」


 長巻の戦場での有利さや実用性は、サツキの世界でも織田信長や上杉謙信に目をつけられていたほどだ。家臣たちに持たせたという話がある。

 前回ミナトは、刀同士の戦いだと思っていたら微妙に異なる挙動を見せる長巻『虚空夜叉』に戦いにくさを感じていた。しかし今日はそれもない。

 それに対して、ヒヨクは柔術を使う。

 柔道を得意とするヒヨクは、刀による間合いのせいで、ミナトにつかみかかることができずにいる。

 しかし、ツキヒと刀がぶつかり合ったところでは、すかさず手が伸びてくるし、ミナトもそれを避けるために、つばぜり合いはできない。

 またツキヒと刀同士がぶつかり合い、一瞬止まったところで、ヒヨクの手がミナトの袖に迫った。


 ――判断が速いし、恐れない。やるなァ、ヒヨクくん。


 ミナトがツキヒの長巻を押して、ヒヨクの手があと二十センチの距離まで来るところまで引きつけてかわそうとしたとき、異変を感じる。


 ――あれ? 手が……いや、身体が、引っ張られる?


 正面右にヒヨクがいる。そのヒヨク側に見えざる力で引っ張られている感覚がして、右足を踏ん張らせる。

 そのために、ツキヒの長巻の力に押されかけて、つばぜり合いから逃げられない。

 これを、サツキも観察していた。サツキの《緋色ノ魔眼》は、魔力の動きなどの可視化だけでなく、筋肉のきしみや体重移動なども見通せる。


 ――ヒヨクくんの手に、なにか力が働いているらしい。手のひらが魔力で覆われている……? いや、球体が握られているのか?


 もう少し距離が近ければ、もっとよく見えるのだろうか。サツキが観察している間にも、ミナトはするりとつばぜり合いを抜けた。


 ――《すり抜け》。こうでもしないと、逃げられないよ。


 魔法、《すり抜け》は物体をすり抜けられる。半透明になったみたいに姿は見えるままだが、物体を透過できてしまうのである。ミナトはこれによって、長巻を透かしてツキヒの攻撃から外れてヒヨクからも遠ざかる。もちろん、この魔法の分析もされないために、《すり抜け》を使ったことが極力わからないよう間合いを見計らう。


 ――近づくほどに引き寄せられる感覚だ、あれ。サツキにも教えてあげないとねえ。


 それからミナトはサッと距離を取って、ツキヒの《シグナルチャック》も警戒しながら、サツキの横まで戻ってくる。


「やあ、サツキ。見てたかい?」

「うむ。改めて見ると、とことん相性のいいものをもらったものだな。先生に」

「まあねえ。そういえば、さっきの試合で使うまでサツキに見せたことなかったね。あれ」


 前の試合では、サツキもボロボロで《すり抜け》を見切れなかった。かろうじて、以前王都で戦ったオーラフ騎士団長の《ブロッケージ・パス》と同じものだと気づいた程度だ。

 ミナトの《瞬間移動》の秘密も見抜いたサツキには、障害物を通り抜けられる魔法との相性の良さにもすぐに気づいたのである。


「でも、僕が言っているのはそれじゃァないぜ。ヒヨクくんの魔法だよ」

「そちらも見た。魔力が手の中に見えた。もしかするとあれは……」

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