132 『ブレインデス』
ツキヒの魔法によって、サツキの心臓が止められた。
――俺の心臓が、止まっている!
このことに気づいたのは、心臓が止まってからどれほどの時間が経ったあとだろうか。
――切り刻まれた昆虫が、心臓も破損したはずなのに手足を動かしてもがいている場面を見たことがある人もいるだろう。それと同じように、心臓が止まった瞬間から生命機能が断たれるわけじゃない。動き、考える猶予があるものなんだ。
サツキはとある知識を思い出す。
――どこかで聞いたことがある……。病院で医師と家族に見守られながら心臓が止まって、お亡くなりになりましたと死亡宣告をされた人も、その後二十秒間は意識を保っているという。脳の死は別だからだ。心臓が送り出していた酸素などの栄養が使い果たされるまでの間が、その二十秒であり、死亡宣告後の周囲の声も聞こえている。
だから、その二十秒で最後の言葉を届けられるとも言える。
つまり、心肺停止後にサツキが思考を巡らせられるのは不思議なことじゃないのである。
おそらく、ここまでわずか二秒としていないはずだ。サツキの脳はこの異常事態に異常な速さで思考を巡らせており、走馬灯のような速さで考えをまとめている。
それでも、心臓の停止においては一秒の価値があまりにも大きい。
――ただ、この二十秒はいつでも当てはまるものではない。それはあくまで死に際の場合。通常、人間は心臓が止まると、そこから約十秒から十五秒で意識を失う。一分で呼吸停止。
三分から四分で、たとえ血流が治っても植物状態になる恐れがある。そして、十分を過ぎると脳機能の回復はまず見込めなくなる。
だが、心肺停止から一分以内に救命処置が行われれば、95%は救命されるという。
まだ三秒。意識もしっかりしている。
サツキが冷静に左手で自分の身体に触れようとしたとき、次が来た。
――左腕までが、止まった! 動かない! まずい! ツキヒくんが、左腕の機能まで止めたのか!
魔法効果を打ち消すグローブ、《
それがわかっているから、ツキヒは追い打ちをかけたのだ。左手で解除されないよう、左腕の機能を止めることで、完全にサツキの意識まで飛ばそうとしている。なんという容赦のなさだろうか。
――もう五秒が経ってしまう。意識が、薄れて……。
左手で解除するのを妨害する信号を送られて、魔法の解除ができず、意識がどんどん薄らいでいく。
だが、右手で左手に触った。
ドクン、と心臓が再び動き出した。
――助かった……。いくら左手が動かなくなっても、右手で《
こんな簡単なことにも気づけず判断が遅れるほど、追い詰められてしまった。
――危なかった。でも、意識もクリアになってきた。
試合前から油断など微塵もしていないつもりだったが、氷のように冷徹に勝ちをもぎ取りに来るツキヒの姿勢に、改めて真剣勝負だということを思い知らされた。
前方をよく見ると、ミナトがヒヨクとツキヒを相手に剣を舞わせていた。
――ミナトのおかげで、ツキヒくんがさらなる追い打ちをかけられなくなったんだ。
本当なら、サツキの右腕の機能も止めて、グローブに触れられなくするはずだ。しかしそれができなかったのは、ミナトが攻撃してきたから。
サツキは息を整え、気を引き締め直す。
――開始早々、危うく死にかけてしまったが、《シグナルチャック》でこんなこともできるとわかった以上、同じ手はくわないよう気をつけなければ。
でないと、一瞬で勝負が決まってしまう。
思った以上に意識もすぐにハッキリしたし、身体の回復も早い。ダメージもないものとみていい。
――勝負はこれからだ。
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