80 『フューチャービジョン』

 ミナトはにこりと微笑んだ。


「そいつはいい。が……」


 目が笑っていない。

 かといって苛立ちもなければ、非難もない。

 猜疑の色すら浮かび上がってこない。

 グリエルモには、ただただ凍ったような目に見えた。


「いいが、なにかな?」

「いつの話ですかい?」


 氷の瞳。

 それは一点、物事の核心だけを貫くように見つめる瞳だと理解した。

 だからこそ、ミナトに心惹かれる彼の心は震えた。


「キミは話しやすいよ。そうなんだ、問題はいつの話なのか。そこなんだよ」

「へえ」

「あっはっは」


 笑い声がやみ、わずかな沈黙が降りる。

 そしてグリエルモは答えた。


「『ASTRAアストラ』を倒したあとになるね」

「そうだろうなって、思ってました」

「世界最高峰の秘密組織である『ASTRAアストラ』からマノーラという地盤を奪えればそれでいい。暴力だけ優れたサヴェッリ・ファミリーは十数年と栄えるかわからないが、それでいい。その時私はそこにいないのだからね。つまり、レイズデゼルトが揺るがぬ大都市になるためには、世界規模で危険な『ASTRAアストラ』が少しでも縮小すればそれでいいんだよ」

「いやあ、冴えたやり方じゃァありませんねえ。『ASTRAアストラ』は危険ではないと思います。そして、僕は『ASTRAアストラ』の味方なんですぜ?」


 グリエルモは肩をすくめた。


「やっぱり駄目か。私の組織脱退を華々しく描くシナリオをつくれたらそれでいいんだが……。キミという素晴らしい天下無比の刃があって、サヴェッリ・ファミリーを抜けるだけなんてもったいないから、つい欲が出てしまってね。考えさせてくれ」

「あなたはお強いみたいですし、あなた自身で暴れたらよろしいのでは?」

「いや。違うんだよ。私はキミのような圧倒的な暴力を振るえる力はない。キミなら、ブレーンがあってプランがあって、キミ自身がその気になりさえすれば、サヴェッリ・ファミリーも『ASTRAアストラ』も蹂躙できるだろう。しかし、私はあくまで目がいいだけで、キミ一人に多少対応できるに過ぎない」

「へえ」


 ミナトは、これによって一つの解答を得る。


 ――つまり、この人は腕こそあるが、魔法を駆使しても一人でサヴェッリ・ファミリーを相手にしたくないってわけだ。すなわち、この人の魔法はたいした攻撃力を持たない。ここでやり合っても、僕は負けない。絡め手で行動が鈍くなる程度……かな。


 やがて考えをまとめたらしいグリエルモは、ポンと柏手を打って、


「シナリオを少しだけ変えよう。未来像を結ぶのは、計画策定能力と行動力だ。しかし未来像さえ変わらなければ、計画がどう変わってもいい。また計画を立て直せばいいのだからね」

「……」

「『ASTRAアストラ』とサヴェッリ・ファミリー両組織の弱体化が伴う必要があると思っていたが、これは欲張りで、どちらも必要不可欠ではない。だから、最初からサヴェッリ・ファミリーと戦うことにしよう」

「……なるほど」

「そうすれば、素直にキミと手を組める。『ASTRAアストラ』は危険ではないようだし、敵対せずにやっていけるかもしれない。これでいいかい?」

「一つだけ聞いていいですかい?」

「なんでもどうぞ」

「あなたはなぜ、サヴェッリ・ファミリーに入ったんですか? 最初から裏切るつもりで入ったんです?」

「私の中で、この未来像が描かれたのはサヴェッリ・ファミリーに入る前からだ。昔から夢想してきた。大きな都市をつくりたいと。野望だ。その大都市はなんでもよかった。だが、そんな大都市をつくるのには、裏道を使うか大物を利用しなければ無理だった。そこで裏道を探して辿り着いたのがサヴェッリ・ファミリーなんだよ。ファミリーでカジノを知った。これは最強の土台になると思った。だからね、キミへのリーズンホワイは以上であり、裏切るつもりかという問いへのアンサーはイエスだ。ファミリーは踏み台だと思っていたよ、最初から」


 聞き終えて、ミナトは薄く微笑した。


「そうですか。僕は、裏切りってのが好きじゃァないんです。そんなわけで、手を組めません」

「残念だよ。人はだれもが自由だ。キミは自分の才能のために自由になるのもいいと、私は思う。私から言えるのはそれだけだ」

「どうも」

「さて。嫌われてはこれ以上の交渉は無駄だろう。私はお暇させてもらおうかな。さようなら。天才剣士、いざなみなとくん」


 グリエルモがなにかを仕掛ける。

 それを察して、ミナトは剣に手をやった。

 しかし、この一瞬で、グリエルモの手からはコインが放られていた。

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