81 『コイントス』
グリエルモが問う。
「表と裏、どっちだと思う?」
魔法だ、とミナトは察した。
質問には、いくつかのトラップが隠されている。
第一に、質問に答えることで発動条件を満たす魔法があるのだ。
第二に、表裏を外すと不利益を被る可能性があること。
あるいは、自分にとっての不利益はないが、相手にとってのメリットが大きいか。
そのどちらかだ。
ただし、答えないことで身の安全が保証されるわけではない。
答えなかった場合、グリエルモが選んだ方とは反対の選択をしたことにされることだってあり得る。
もっと悪ければ、選択しないことは不戦敗を意味するゲームシステムの可能性だってあるのだ。
第三に、おそらくグリエルモは逃げるために魔法を使ったのだが、ミナトは彼を逃がすことをどれほど許容できるのか。それがわからないことである。
この変わり者なマフィアは、裏切りを前提にサヴェッリ・ファミリーに入り込み、自分の将来のために利用してきた。
しかし、その期間が終わったとみえ、今からはファミリーを裏切る段階に至ったと思われる。
また、『
それが本当かはわからない。
だから、逃がしてもよいのか判断が難しかった。
コインは着々と落ちていき、残された時間もなくなってきていた。
――罠かもしれない。が、選ばないで負けるのは嫌だ。
ミナトは、選ぶことにした。
「表」
選択したことには、ほかにも理由がある。
感情的な部分だけで決められない。
そこで、グリエルモの都合――すなわち撤退戦略を考慮した。
――彼は逃げるために魔法を使うはずだから、デメリットを僕に押しつけるより、自身のメリットのために使うほうが利口だ。
少し甘い予想を立てるならば。
――せいぜい、目くらましとか彼自身のテレポーテーションなど。仮に僕が外しても、対抗手段が残される可能性も高い。
しかと目を見開き、ミナトがコインの行く末を見守る。
グリエルモはつぶやく。
「表、だね。だったら私は裏だ」
よく観察してみると、グリエルモの目はまばたき一つしない。
物凄い集中力でコインを見ている。
――回転するコインさえ、見えるのか……?
そういえば、グリエルモはとてつもなく目がいい。
ミナトが《瞬間移動》を織り交ぜて振るった剣を見定め、ピタリと完璧にナイフを合わせたほどだ。
賭博場で鍛えられた彼の目なら、見えるのだろうか。
表裏の操作ができるのだろうか。
そんなことが脳裏をかすめたとき、ミナトは愛刀『
しかし。
答えた以上、魔法の発動条件が整い不可避なのだろうか。
今から動けば、剣を振り抜きコインを弾き飛ばせば、魔法を回避できるのだろうか。
いや。
コインはどこかには落ちる。
結果は二つに一つ。
グリエルモの目がミナトを必敗にするか、五分と五分にかけて運を天に預けるか。
それだけの違いでしかない。
否、コインを斬ればいい。
――そうだ。斬ればいい。
ミナトがそう思って、《瞬間移動》を発動しようとしたとき。
コインは、グリエルモの早業によって、彼の手中に収まった。
正確には、彼の右の手のひらと左の手の甲の間である。
それから。
焦らすことなく。
瞳をあげ、ミナトを見て。
右手を開いた。
しかし、グリエルモはミナトから目を離さないで言った。
「裏だ」
確信していた。
絶対に裏が出るとわかりきっていたから、ミナトから目をそらさず、左の手の甲に視線を落とすこともなかったのだ。
結果は、ミナトの負けだった。
勝ったのはグリエルモ。
必勝を、彼はもぎ取ったのである。
「さようなら」
再びその言葉を受ける。
ミナトは受け止めた。
その言葉を受け止めて、グリエルモに挨拶を返す。
「ええ。さようなら」
待っているのは、なんだろうか。
考えるまでもなく。
わずか一秒と待たず。
コイントスの影響が現れた。
決着の作用が、ミナトに及んだ。
一つの結果として、それは敗者の顛末だった。
つまり。
勝者には、なにもなかった。
「いやあ、参ったなァ」
グリエルモはミナトに背を向け歩き出し、何事もなかったように去って行った。
対して、ミナトは足こそ動くが、手が動かなくなっていた。
手首から先が動かせない。
感覚すらない。
「どういう魔法だったんだか。そして、僕はこれからどうすべきか」
なんて、そんなのは決まっていた。
――そう。決まってる。サツキに会わないと。サツキに、この魔法を解除してもらわないとだよね。
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