163 『ベアリーリアクト』

 この命を懸けた剣と剣のやり取りをして、楽しそうに笑える。

 本気で仕留めようとして、仕留められなかったことを笑える。

 弾かれることを考慮していたとしても、本気が通じなかったのに笑っていられる。

 そんな神経はサツキになどなかったし、ジェラルド騎士団長にも理解できなかった。


「本気、か」


 そこには二つの意味がある、とジェラルド騎士団長は思った。


 ――本当に本気で仕留めに来ていたなら、いざなみなとはあれだけ速い剣技を放ちながら、途中で修正してみせたことになる。それはすなわち、我より数段速い剣だということ。


 速いからこそ修正できてしまう。

 それは少々の差では埋まらない速度の違いがあるから。

 ミナトの本気はそれほどに速いらしい。

 しかも。


 ――剣だけが速いわけではない。やつ自身が速い。剣だけが速い我との違いが、ここからの戦いでどう出てくるのか。


 また、もう一つの意味は。


 ――そして、まだ余裕を見せて笑っていられる理由は……自信。我を仕留めに行ったということは、片腕の力だけでもやり合えると思っていたからだ。ならば、両腕なら負けない自信もまたあるはず。何度かこのバスターソードで防いでみた感覚として、パワーは我の片腕程度しかないと思ったが、そこも考慮して構えておかねば。


 ジェラルド騎士団長がサツキとミナトを見れば、そこに少女が走り寄ってきていた。


「二人共、大丈夫……」


 少女の動きが止まる。

 この少女・アシュリーをジェラルド騎士団長はよくは知らなかったし、事前に聞いていたサヴェッリ・ファミリーの手駒・サンティのことさえ些細な情報なのでその妹など知る由もない。士衛組でないこともわかっているから、どうでもいい少女だった。その少女が止まった。

 理由わけはジェラルド騎士団長にもわかる。

 ミナトがその場から消えたからだ。

 さらに、ジェラルド騎士団長には次に姿を現した場所も仕掛けてきた攻撃もわかる。


「やはり、速くなったか」

「そりゃあ、ねえ」


 と。

 そう言ったときには、またサツキの横にいる。


「だが、我にはその速度でもまだ届かない。我の剣は貴様の剣を見極めたあとに振って間に合う」

「ええ。見極めもできずに振ってちゃァ、そいつは剣術じゃありませんぜ。素振りの練習でももう少し集中力を使うってもんです」


 ふん、とジェラルド騎士団長は鼻を鳴らした。


 ――今ので、ギリギリ。


 ギリギリだった。


 ――見極める時間を削らなければならないか。我は剣を速く振れる。振ったあと、狙ったポイントへと剣尖を描くまで、その速さで我は優位を取ってきた。


 これは、相手の動きを見てから判断して剣を振っても間に合うという意味であり、それこそがジェラルド騎士団長の強みだった。

 ジェラルド騎士団長の超人的膂力が成せる技なのである。

 判断までの時間を普通以上に要せることは、相手の動きを最後の最後まで見極めてから剣を振れることでもあり、たとえるなら、サッカーのPKでボールを蹴る直前まで自在に修正が利くようなもので、ゴールキーパーが動いてからしっかり狙いをつけられるのと似ており、別の例を挙げるなら、じゃんけんをして相手が手を出す直前まで観察して手の形から予測をし、相手が出すのと同じタイミングで手の形を変えて出せるような、後出しじゃんけんじみた剣を振れるのがジェラルド騎士団長の豪腕と豪速なのだ。

 それがミナト相手には観察する余裕がなさそうな気配があり、今の攻防でギリギリを感じていた。


「賽は投げられた」


 サツキにもミナトにも聞こえないくらいの声で、ジェラルド騎士団長は小さくつぶやいた。

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