162 『ディレクションチェンジ』

 ひたすらまっすぐに正拳突きした。

 おそらくこのままだったらバスターソードのリーチに負けて目を斬られ《独裁剣ミリオレ・スパーダ》に支配されてしまうだろう。

 それだけ互いに修正が利かない状況になっている。いや、ジェラルド騎士団長の豪速の剣ならば今もまだ軌道修正可能なのだろうか。

 しかしそれはどちらでもよかった。

 どうでもいい。

 真っ正面を貫くだけだ。

 なぜならそこには……。


「さあ」


 ミナトがそう言って、《瞬間移動》をした。

 しかもジェラルド騎士団長を連れて。

《瞬間移動》によって転移した場所はほんのわずかな距離を取ったほとんどそのままの地点であり。

 だがそこは、つい一瞬前までいた地点とはまるで違う意味を持つ。


「今だよ、サツキ」


 ほとんど同じ場所でも《瞬間移動》はしていても、身体の向きが変わっていた。

 身体が別の方向に向けられているということは、その意図はサツキの拳を確実にヒットさせるためにほかならず、そうなればバスターソードもまたサツキをヒットさせられない構図に置き換わるはずであり、結果、豪速を鳴らして空を斬ったのだった。

 そして。

 サツキの拳が迫るのはジェラルド騎士団長の背中。

 正拳突きは、ジェラルド騎士団長の背中にヒットした。


「《ほうおうけん》! はああああ!」

「オアア!」


 拳には《波動》の力をまとわせてある。

 全力の最大出力とまではいかないまでも、《波動》の力はかなりの威力を生み出す。

 ジェラルド騎士団長は備えのなかった背後からの強烈な一撃に、数メートルは吹き飛んだ。


「やった。戻った」


 自身の左肘が直ったことをミナトは実感した。


「やったー! すごいよ、二人共!」


 少し離れたところから戦いを見守っていたアシュリーが快哉を叫んだ。

 ミナトが地面に降り立つと、サツキの手を取って《瞬間移動》する。

 これによって、吹き飛ばされたジェラルド騎士団長からさらに距離を取った。

 連続した転移が完了し、距離が十メートル以上できたところで。


「まさか。これほど見事な連携をしてみせるとは。思った以上だったぞ」


 地面に着地して振り返ったジェラルド騎士団長。

 サツキは息を整え、


「俺たちの一番の武器ですから」

「我に拳を叩き込むために、あの神速での移動を使った。それも、我ごといっしょに。これによって場所はほぼ変わらずとも身体の向きを変え、城那皐はまっすぐ正拳突きをした。そんなところか。ついでに言えば、いざなみなとのあの移動魔法は他者を共に連れて行けることも確定し、またその対象は術者が直接触れたものに限定される。ここで、触れる場所はその相手が身につけているものごとであり、相手の肉体にまでは直接触れる必要はない」


 さっきもジェラルド騎士団長はミナトの《瞬間移動》についておおよそわかっていたらしいことがその言葉から読み取れた。

 だが今、ジェラルド騎士団長は《瞬間移動》の条件まで解してしまったようだった。

 これにはサツキは答えるつもりもなかったが、ミナトは惜しげもなく正解を述べ讃える。


「ご明察です。だいたいそのままその通りです。いっしょに移動する相手を選んだ際、僕が触れるのは相手の衣服でもよければ身につけている装飾品でもいい。だから……」

「だから、我の剣を素手で触ってみせたのか」

「ええ。突きをしたついでに……といいますか、突きが弾かれたゆえに、そのついでに。やられるだけじゃあ性に合わないんで」

「だが、我がバスターソードに弾かれるのは想定内であろう」


 ジェラルド騎士団長はつまらなそうに言った。


 ――ふん。軽口を叩くだけあって、よく弾かれる瞬間にあの神速を挟んで我との距離を詰め、すでに振り下ろされ始めたバスターソードに触れられたものだ。


 もっとも、触れたのは剣先ではなく鍔。それでもジェラルド騎士団長が豪速で振った剣に触れるとは尋常の業ではない。

 ミナトは楽しそうに笑った。


「いやあ、本気で仕留めるつもりではあったんですがねえ」

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