164 『ビハインドキャンセル』

 サツキとミナトの元にはアシュリーが来ていた。

 ミナトが消えたことに言葉を失ったアシュリーだったが、金属音が響くと同時にまたミナトが現れ、アシュリーは我に返ったようにジェラルド騎士団長のほうを見やる。

 金属音が響いたのもまた、ジェラルド騎士団長のいるあたりだったからだ。

 このときの二人会話は。


「やはり、速くなったか」

「そりゃあ、ねえ」

「だが、我にはその速度でもまだ届かない。我の剣は貴様の剣を見極めたあとに振って間に合う」

「ええ。見極めもできずに振ってちゃァ、そいつは剣術じゃありませんぜ。素振りの練習でももう少し集中力を使うってもんです」


 ふん、とジェラルド騎士団長は鼻を鳴らした。

 そこでようやくアシュリーが、先程の言葉の続きを口にした。


「二人共、大丈夫?」

「おかげさまでこの通り、腕も元通りです」


 ふわりと微笑むミナト。


「そ、そっか。サツキくんも怪我はしてないみたいだね」

「はい。でも、ここからは……盤面を元に戻したので、勇猛果敢に攻めてこそ勝機をつかめる戦いになるかと思います」

「うん。頑張ってね」


 無理しないで、と言おうかと思ったが、言っても意味のないことだとわかっているから言えなかった。

 ここで無理をしてでも勝たなければそれこそ命がない。

 アシュリーはまた下がっていく。

 見守ることしかできないのはもどかしいが、前に出たらかえって迷惑になる。

 サツキはアシュリーが下がったとみて、ジェラルド騎士団長に言った。


「準備はいいですか」

「構わん。《賽は投げられたアーレア・ヤクタ・エスト》」


 そう返して、ジェラルド騎士団長は剣を構えた。


 ――この構えは……!


 ジェラルド騎士団長の身体にみなぎる魔力を可視化して、サツキは考えようとする。しかしわからない。なにを考えていいのかがまだわからない。


 ――剣と腕を覆う魔力。それは肩から目にかけて強く現れていて、全身にもこれまでと違う魔力の変化がうかがえる。つまり、別の魔法か……!


 観察できたことはそれだけで、詳しいことが読めない。手がかりがなさすぎる。

 だから。

 動き出そうとしたミナトに、


「待てッ」


 と制止した。

 しかしミナトはもう隣からは消えていた。

 一瞬で消えるから《瞬間移動》。

 刹那の転移が可能な《瞬間移動》は、すでにミナトをジェラルド騎士団長のすぐ左後方まで移動させていた。


「《そら》」

「ゼァ!」


 ジェラルド騎士団長のバスターソードがミナトの斬撃を弾き、そのままミナトへと伸びた。

 これをミナトは《瞬間移動》を繰り返すことでかわして、サツキの横二メートルほどの位置に戻った。サツキの声がなければそのまま突っ込んでいたことだろうが、斬撃を放つのみでとどまることができた。


「なんだか速くなった。あの人、なにかしたね。ねえ、サツキ」

「うむ。魔法だ。その性質は不透明だが、さっきまでのジェラルド騎士団長とは違う」

「出だしを早めることで対応してくるかと思ったんだけどなァ。まだ武器がありましたか」


 と、ミナトはジェラルド騎士団長に水を向けた。


「《賽は投げられたアーレア・ヤクタ・エスト》だ。これで後れを取ることはなくなった。否、後からでも完全にすべて捉えられるようになった」

「へえ。なるほどねえ」


 ミナトにはなにがわかったのか、サツキにはわからなかった。


「むしろ初動が遅くなっていたのもそのせいですか」

「ああ」


 気づいたか、と思いジェラルド騎士団長はわずかに口の端をゆがめる。

 これもまた、サツキにはわからなかった。


 ――目は俺のほうがいいはずなのに。初動が遅くなっていたなんて気づけなかった。さすがにミナト、感覚が鋭敏に過ぎる。でも、それこそがジェラルド騎士団長の魔法《賽は投げられたアーレア・ヤクタ・エスト》の正体だだとすれば……。


 賽は投げられた。

 読み方ルビでしかジェラルド騎士団長の魔法を知らないサツキには、その意図するところまでは知ることもできないが、魔法の特性とその正体を看破する糸口はつかめたように思えた。

 その正体とは……。

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