29 『あとは、フウサイを仲間にするだけだな!』

 あけがらすくにからの襲撃は、まだ決着がついていない。

 大将のカイエンは倒したが、主戦場になっているのは里の中心部である。

 動き出そうとして、サツキはフウアンに手を取られる。


「痛っ……」

「やっぱりだいぶやられてるね」


 フウアンは胸のしまっていた膏薬を取り出し、サツキの手に塗っていった。


「応急処置ですが、これを塗るだけですぐに治りますよ」

「忍者の薬ですか」

「《じんしょうなんこう》といって、我が里で作られているものです。簡単な魔法も練り込まれています。この程度なら、明後日の朝にはすっかり元通りになってるでしょう」

「ありがとうございます」


 さすがに忍者は薬学に通じているというだけあって、この里秘伝の薬で速やかな応急処置もしてもらい、サツキは最後の行動に移る。

 里での戦いの中心地、そこまで行く途中で、玄内がいた。


「先生! 大丈夫なんすか!?」


 まっさきにバンジョーが心配して尋ねるが、玄内は怪我一つしていない。右の目に傷が走っているのは元々だから、あの場面での怪我はすっかり治っていることになる。


「ああ。なんでもねえ。それより、やったみたいだな」

「はい。先生、今から忍びたちに引き揚げを促します」

「よし。行くか」


 玄内も加えて、サツキたちは渦中へ向かった。

 バンジョーは大将であるカイエンを運んでいった。バンジョーは重たそうな顔もしないでカイエンを背負っている。

 ちょうど、戦場では、『せんかいわざ』フウテツが自身を曲独楽のように回転させて注目を集め戦っていた。そこが目立つが、他にも粛々とそれぞれが戦闘を繰り広げている。

 フウゼンやフウガ、少年忍者フウタも戦っていた。

 小さな身体で頑張っているのに感心したサツキだが、木の影からフウタにクナイを投げようとしているカラス面の忍者を発見した。

 サツキが報せるより早く、フウサイはノールックで手裏剣を投擲した。手を離れた瞬間、ふっと手裏剣が闇に消え、気づいたときには音もなくカラス面の眉間に命中させて仕留めていた。


「《やみしゅけんこのずく》」

「うわわ! あ、フウサイ様! ありがとうでござる! かっこよかったでござる!」


 危ないところを助けられ、フウタが目を輝かせてお礼を述べた。

 フウサイの登場に忍びたちはざわめき、驚き慌て出す。数的優位をなかったことにされるほど、暁烏ノ国の戦力は落ちていた。

 しかも、フウサイへ手裏剣が投擲されるが、フウサイはふっと消えて、また同じ場所に現れる。


「さすがは『ふうじん』、風に溶けられたらどうしようもない……」


 攻撃したカラス面の忍者がじりっと後じさる。フウサイが《風神》によって風に溶けてしまえば、いくら忍者同士でも勝負にもならない。

 ここで、バンジョーが再び提灯を持って、大声で言った。


「みんな聞け! カイエンって野郎はオレたちが討った!」


 バンジョーの言葉に、忍者たちが反応する。バンジョーに担がれた気絶したカイエン。自軍の大将のその様を見るや、暁烏ノ国の忍びたちの戦意は完全に削がれてしまった。

 サツキも一歩前に進み出て、帽子を手に取り、そこから秘伝の巻物を取り出した。

 まさかこんなところに目当ての巻物があるとは思っていなかった忍びたちは固唾を呑む。


「これは常人が読む価値などない。あなた方が持っていても無用の長物だ。むろん、フウサイさんを除く我々も。だから……」


 ふわっと宙に投げ、抜刀した。サツキは巻物を斬り刻む。

 そこに、玄内が銃を撃った。

 すると巻物がぼわっと燃えた。


「うおー! 燃やすんすか!? ヤバイっすよ! もったいない!」

「そうです! こんなに斬ってしまったら……」


 バンジョーとクコが慌てて、ナズナも困った顔になる。


「た、大切な巻物……だよね」

「サツキくん玄内さん、なにやってるのー!」

「うわあ、サツキくんと玄内さんがぁー!」


 アキとエミも叫んでいる。

 仲間たちの動揺を無視して、サツキは続ける。


「もうあなた方がこの里に来る意味はない。このこと、依頼主にお伝えください」


 サツキが暁烏ノ国の忍びたちに告げ、玄内がバンジョーに小さく言った。


「そういうことだ。バンジョー、もう来んなって大声で言っとけ」

「お、押忍! やい、おまえら! 撤退しろ! もう巻物はねえんだ! そして二度と来んじゃねー!」


 バンジョーが自前の大声で号令をかけると、指揮者を失った暁烏ノ国の忍者たちは退散するほかなかった。

 のちに『かいだいおんじょう』と呼ばれる大声の持ち主のバンジョーの声は、戦の終わりを告げる合図になった。


「おい! こいつを忘れんなよー!」


 と、バンジョーは体重八十キロ以上はあるであろうカイエンをバレーボールでも投げるようにぶん投げた。


「今度こそ、終わりですね」


 クコがつぶやく。

 サツキが玄内に言った。


「玄内先生。俺たち、フウサイさんに助けられました……」

「今回はみんなよくやった。おまえもな。捨て身の丸薬まで飲ませたんだ。その時点で、おまえらの勝ちってもんさ。それに、助けられたんじゃねえ。里を助けたんだ。今回、課題が見つかった者もいるだろう。だが、おまえらはしっかり強くなってるぜ」


 まず、ついこの間まで別々の暮らしをしていた者同士がここまでまとまって動けたのである。玄内の予想を超える働きを、彼らはした。

 ダンディズムあふれる玄内の言葉に、バンジョーがドンと自分の胸を叩いた。


「おう! あとは、フウサイを仲間にするだけだな!」

「そうですね!」


 と、クコも明るく言った。

 玄内はサツキに、


「この戦闘でも気づいたろう。おまえの目がありゃあ、カウンターを狙いながらもタメができて、大技を叩き込める。おまえがどれだけ素の状態で戦えるかが今後の課題だ。実戦の経験も積まねえとな」

「はい」


 実戦の経験という意味では、玄内は別の可能性についてサツキを大きく評価していた。


 ――武術の才能もある。魔法の才能もある。知識や知略もある。努力もできる。忍耐もできる。だが、こいつは軍略の才が並じゃねえ。数人以上を率いて司令を出すのは初めてだったみてえだが、恐れ入る。どんだけのものになるか、楽しみだぜ。『ぐんしん』と呼ばれる日も遠くないだろう。ひょっとしたら、大軍を率いる戦をしても……。


 そこまで考えて、やめた。


 ――いや、まだ考えるのはよそう。


 玄内が視線を横に切る。

 この里の長でありフウサイの祖父であるフウジンがやってきた。


「みなさん。この度はとびがくれさとを守る戦いに参加し、さらには敵方の大隊長としてやってきたあの『きょうえんからすくぎうらえんまで倒すご活躍、深く感謝します」


 フウジンはお辞儀をした。

 サツキが玄内を見やると、玄内は「おまえが応じろ」と言うように小さくうなずいた。サツキはフウジンに頭を下げ返す。


「こちらこそ、戦闘に参加する我々を影からサポートしてくださりありがとうございます。おかげさまで大隊長との決戦ができました」


 ――よく気がつかれた。この少年、よい目をしている。


 と、フウジンは優しく微笑み、


「お力添えしてくださるみなさんへの援護は当然のことでございます」


 さて、とフウジンは仕切り直して言った。


「第二の試練は、この里の忍びの者たちとの模擬戦闘を予定していました。あなた方の力を見るためです。しかし、その必要はありますまい。あなた方は、暁烏ノ国を追い払ってくれた。それは審査するまでもなく、充分な強さです」

「じゃあ、第二の試練は突破か?」


 バンジョーが喜び勇んで尋ねると、フウジンは顎を引いた。


「もちろん」

「しゃあ! やったぜ。イエーイ!」


 フウサイにハイタッチしようと掲げた手を伸ばすバンジョーだが、当のフウサイは腕を組んだまましれっと避ける。


「ほ~いっ」


 バンジョーは空振りしてずっこけ、拳を握って「おいフウサイ!」とフウサイをにらみつける。

 フウジンはそんな二人のやりとりを横目に見て、


「せっかくですから、残るひとつも説明しておきましょうか」


 この申し出に、クコはおずおずと聞いた。


「あの、それはどのような試練なのですか?」


 フウジンはフウサイを呼んだ。


「風才」

「はっ」


 フウサイが前に出てきて、フウジンが説明する。


「第三の試練。それは、風才の影分身の術を見破ることです。風才が影分身をしますから、どれが本物か当ててください」

「わかったぜ、よしこい!」


 気合たっぷりのバンジョー以外、みな不安がある。特にナズナは、


「本物って、さっきサツキさんが言ってた本体のこと……ですか?」

「だと思う」


 チナミが答えると、フウジンも「さようです」と回答した。


「この試練、おれは参加しないぜ。今回は見守るだけって決めてるからな」


 玄内の言葉に、ルカとチナミはごくりと唾を飲み、ナズナはさらに不安そうな顔になる。

 だが、フウジンに不安はない。


 ――おそらく、バンジョーさんか、あのよい目をした少年・サツキさんか。どちらかが当ててくれる。


 そう思うが、フウジンは言った。


「この最終試練は、夜が明けてからにしましょう」

「ズコーッ」


 バンジョーがずっこける。


「今じゃないんすか?」

「みなさん、今は疲れていますからね。試練は、早朝七時からとしましょう。それまでゆっくり休み、神経を研ぎ澄ませてください」

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