28 『絶望したか?』
カイエンはニヤリと口の端を吊り上げる。
「絶望したか?」
バンジョーもニヤリとして言い返した。
「するわけねえ! オレはどんなときも、結果が出るまでは全力なんだ! まだわかんねえだろ!」
「口先は達者だな。《
クナイが七本飛んでくる。闇の中から羽を閉じた鴉が急降下してくるかのようだった。バンジョーの反射でもかわしきれない。先行で飛んできた一本が頬をかすめる。
「《
「うおっ! やべえ!」
切られた足が痛み、バンジョーの反応が遅れる。
そのとき、さらに飛んでくるクナイを、カキンカキンと払う者があった。
払われた計六本のクナイが地面にばらばらと落ちる。
「お待たせ!」
「ごめんね、みんな。ちょっと寝坊しちゃった」
「ボクらも今から加勢するよ!」
「頑張るよ」
鮮やかな動きで現れたのは、アキとエミだった。『
「おお! 助けに来てくれたのか!」
喜ぶバンジョーに、アキとエミはウインクした。
木の上から見下ろすカイエンが、不快そうに二人をねめつける。
「今のを弾くとは、なかなかだな」
「ありがとう! あなたもすごいですよ!」
「アタシたちも目で追うのが大変なくらい」
「ボクらの反射でギリギリだよ」
「でも、なんだかそろそろ終わりそうだね」
アキとエミはサツキを振り返る。
「主役はキミだ」
「決めてね」
二人は、戦勝祈願の《ブイサイン》と安全祈願の《ピースサイン》をサツキに送った。
そして、サッと飛んでサツキの背後に回る。
「サツキくん。もういけるよ」
「あとは、まっすぐ向かうだけ」
二人にそう言われて、サツキは瞳を開いた。
「はい。いきます」
サツキが駆け出すと、いっしょに走ってついてきたエミが、
「よーし! 飛べー!」
力強くサツキの背中を押す。
木の上に立つカイエンに向かって一直線に進む。
――浮いた。踏み込んだ勢いのままこんなに。本当に、飛んでる!
サツキは驚いた。
――これって、エミさんの魔法?
しかも、後ろからはアキの声も聞こえる。
「《
飛ぶサツキが、おかしな加速をした。
――は、速いッ!
世界の時間が一瞬加速して、だれもそれに頭も身体も追いつかないような不思議な感覚だった。
予測よりも速すぎるサツキの動きに、カイエンは目をむく。
「だが、このまま突っ込んでくれば、この技の餌食だ! 本気の火柱! 《
カイエンは両手のひらをサツキに向かって突き出した。
――こいつをまともに受ければ終わりだ! 今からどう切り替える! 避けられるものか!
手のひらからは、さっきまでの火柱とは比べ物にならない大きな火柱がサツキに向かって伸びる。
勝ち誇ったカイエン。
しかし、サツキはひるまない。
――拳に魔力を集めて……! 渾身の一撃を!
「はあああああぁっ! 《
「なにィ!? この炎さえ恐れずに、立ち向かってくるのか!?」
燃え盛る灼熱の炎の中を、サツキはまっすぐ進んだ。
拳から顔まで、焼ける痛みをこらえて、
「うあああああああああああああああ!」
火柱を突き破るように、サツキの拳がカイエンのみぞおちに届く。
ここから離れた戦場で、気を失ったカラス面の忍者たちが周囲に倒れ伏している中、玄内がつぶやいた。当然のように身体の傷もなく、余裕の顔である。
「サツキの情熱は、あんな火柱よりもずっと熱い。アルブレア王国までも、貫こうってんだからな」
幾千万の魔法によって、玄内にはサツキの様子が手に取るようにわかる。
だから、サツキの勝利はわかっていた。
サツキの拳が、カイエンのみぞおちにめり込んだ。
「くあああああああああああ!」
カイエンが勢いよく上空に吹き飛ばされる。
角度は四十五度。
しかし、空中に飛んだカイエンを、助ける忍者があった。
カラス面の忍者三人が、連携して飛ぶ。最初に飛んだ一人を、次の一人が足場に飛び、三人目は前の二人を足場に飛ぶ。
見事な飛行によって、カイエンを抱えて着地した。
その間に、クコたちは分身体を倒す。
本体が大ダメージを負ったことで、他の分身体は隙をつくり、攻撃されて消えてしまったのである。
だが、カイエンはまだ意識を失ってはいなかった。
一方のサツキは、アキとエミに支えてもらって着地した。
このタイミングで気づく。自分の衣類が燃えていないどころか、顔も焼けただれていないことに。手の火傷は触ったら悲鳴を上げるほどに痛いくらいだが、アドレナリンが出ているからか、あるいは想像以上に焼けていないからか、あまり気にならなかった。
「忍者の服っていうのは、こんなにも丈夫なのか……」
ルカが説明してくれるには、
「それは先生のおかげよ。戦場に出る前、先生が服に糸を縫いつけたでしょう? あれは先生がつくった魔法道具なのよ。《
「なるほど。おかげで軽い火傷で済んだ」
たいした意味はないと言ってた玄内だが、実はそんな大きな効果があったのだ。サツキは心の中で玄内に「ありがとうございます」と感謝した。
――本来は燃えない魔法が施されていたのに、焦げて、燃えている箇所もある。帽子のおかげで顔は防御できたけど、拳は皮膚も焼けてる。改めてカイエンさんの強さを思い知った。でも、みんなの力で勝てたんだ。
サツキは一歩進み出て、木の幹を背に座っているカイエンに声をかける。
「撤退すれば見逃しますが、いかがです?」
「もうこの里に手出しはするんじゃねえ!」
バンジョーもそう言うと、カイエンは両手をあげた。
「わかった。仲間もやられたしな」
「よかったです」
安堵したクコがそう言ったとき、カイエンはこっそりと手に丸薬を握り、それを口に放った。
――ここまでやられたら、渋っていられない。《
ガリッと丸薬を噛み砕き、カイエンは目をくわっと開いた。
ボロボロのバンジョーが笑顔で、
「よっしゃあ! これで一件落着だぜ!」
その瞬間、
「《
カイエンがサツキたちに手裏剣を投げてきた。その数、五つ。二つはフウアンが弾き、一つはフウカが軌道を変える。しかし、残る二つはキンとぶつかり合い、軌道を変え、それぞれサツキとクコに向かって飛んだ。計算された軌跡。
さらに、地面に火薬玉も投げた。
「させない。《
チナミが扇子で風を起こし煙幕を払う。
位置関係により、チナミの扇子では手裏剣までは払えない。仮に届いても、威力のある手裏剣を落とすほどの突風ではない。
だが、アキとエミがサツキとクコへの手裏剣をそれぞれさばいた。
「言ってることが違うじゃないか!」
「そんなのってないよ!」
アキとエミの声には応えず、カイエンは次の攻撃も仕掛けていた。
「《
最後はクナイである。
サツキに向かって投げられた。それだけでなく、充分に速いと感じていた手裏剣よりも、さらに高速で飛んでくる。ゆっくり動く物を見たあとに速く動く物を見ると実際以上に速く感じるが、まさにこの手法である。
加えて、アキが先の手裏剣を防いでくれた安心感が働いて、サツキの反応が遅れた。
――よけられない。力も、残ってない……。
慌ててアキが手裏剣を構えるが、間に合うかどうか、と思われた……そのとき、すでにクナイが弾かれていた。
「《
音もなく、姿も見せず、いきなりの手裏剣による応戦。
それをしてのけたのは、フウサイだった。
「『
カイエンは目を細める。
フウサイはカイエンが逃げようとする先に腕組みして立っていた。
「いつの間に……」
クコが驚く。
先程フウサイが投げた手裏剣が弧を描いて手元に戻ってくる。それを指先で挟んだ。《
「怪我はござらぬか」
フウサイに問われ、サツキはうなずいた。
「はい」
「主戦場となっていた里の中心も、そろそろ片がつく。拙者も貴殿との戦を終わらせようと思うが、準備はよいでござるか」
鋭く淡々としたフウサイの言葉に、カイエンは手裏剣を手に言い返す。
「見せてもらおうか。ワタシも本気でいく」
小さくフウサイは顎を引いた。
「では。《
指を立てるポーズで術を唱えると、フウサイが影分身した。しかも、ただの影分身ではない。二人や三人に分身したのではなく、その数は何十人といる。数え切れない。
影分身したフウサイは空中にも多数いて、地上にもいる。
――くっ! これほどとは! 本体は……。
カイエンは唇を噛んだ。
「さすがは『
やや上にいるフウサイに向かって、両の手のひらを向ける。
「かああああああああああああああ!」
さっきサツキに向かって放った以上の火柱が出る。
これに対して――。
空中にいる無数のフウサイが、手裏剣を構えた。
「これが貴殿に下す黒星。風穴を開けん、《
すべてのフウサイが、同時に手裏剣を投げ落とした。
それはまるで、黒い流星群のごとくであり、火柱を打ち消して降り注ぐ様は黒い雨のようでもあった。
瞬速の手裏剣はコンマ数秒で地上に突き刺さり、カイエンの身体を無数に貫いた。手足、肩、胴体にまで手裏剣は突き刺さっている。だが、顔や心臓から外れており、命はあるようだった。他の三人のカラス面もいっしょに行動不能にさせられている。
「命までは奪わぬ」
腕組みの格好でそう告げるフウサイ。
しかし、もはやカイエンは意識を失っていた。
――強い……これほどまでに強いのか。
サツキがみんなと力を合わせてでさえこれほど苦戦した『
「フウサイさん! すごかったです! ありがとうございました!」
「やるじゃねーか! フウサイ!」
クコとバンジョーは楽しそうにフウサイにしゃべりかけた。
フウアンは苦笑を浮かべる。
「ズルいなあ、フウサイ兄さんは。こっちは死に物狂いで苦戦してたっていうのにさ」
「助かったでござるぅ」
「よ、よかったぁ……」
フウカとナズナはすっかり緊張がほどけて、力も抜けた。
チナミはナズナを隣で支える。
――私も、強くならないと。忍者の戦いは勉強になった。
ルカも想いは近かった。
「まだまだ、私たちには力が足りないわ。頑張りましょう、サツキ」
「うむ」
隣にやってきたルカにうなずきを返す。だが、もう力も抜けて立っているのも厳しくなった。そこを、クコが肩を貸すように支えた。
「お疲れ様でした、サツキ様」
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