27 『オレはこれでも、忍者の末裔なんだぜ!』

 二日ほど前のこと。

 サツキは、自身の魔力コントロールについて玄内と話をした。

 その場にはクコもいたし、実際に、《ほうおうけん》を玄内に見せた。

 玄内は腕組みしながら言った。


「さしずめ、《サツキの魔力圧縮理論まりょくあっしゅくりろん》、てところか。悪くねえな。いや、それどころか、モノにできりゃあ他に必殺技がいらねえほどになる。実際、それで今までもバスタークにオーラフと勝ってきたようだしな。考えついて魔法として創造するのは難しいもんだが、とにかく理解することが大事になる。その魔力圧縮は一つの魔法であり技であるといってもいい。技名はあるのか?」

「いいえ」

「じゃあ、名前もつけておけ。《ほうおうけん》や《おうれつざん》もこの理論の元に作られた技になる。だが、どちらも根は一つ。この理論により、意識下でつながっているものだ。土台としての技名もあれば、戦闘中、技の選択が可変になる。どちらの技を繰り出す場合にも、魔力を練る技をし、最後に決め技を選べばいい」

「わかりました」


 サツキが考えている横から、玄内はもう一つ言った。


「イメージと論理。どちらにも噛み合うようにするといい」

「はい。……だったら、《せいおうれん》にします。じっと静かに、桜が花を開くときを待つように力を蓄えて、魔力を練る。そんなイメージがあって。桜のそういうところが好きなのもあるんですが」

「いいんじゃえねか?」

「わたしもいいと思います!」


 玄内もクコもそう言ってくれて、技名は《せいおうれん》と決まった。

 クコは、サツキと額を合わせて感覚を共有する《感覚共有シェア・フィーリング》により、魔力の圧縮が少しずつできるようになっていた。サツキよりやや精度の低い《せいおうれん》といえる。先の忍者との戦いで見せた新技ロイヤルスマッシュも、土台は《せいおうれん》なのである。


「どれ、魔力と大回廊、小回廊の講義でもしてやるか。論理を知り、理解することは、創造力を高める」


 と、玄内はいろいろとサツキとクコに知識を与えてくれた。

 その空気は、研究をする理系の学生が話し合っているような雰囲気があり、玄内の話にサツキとクコが質問したり自ら考えて理解を深め、《せいおうれん》の精度を高めていった。



 そして今、サツキはカイエンと戦いながら、《せいおうれん》を開始する。

 だが、集中できない。

 受けに徹するばかりで、とても魔力を練る余裕がない。

 打ち合った刀がカイエンのクナイに押され、上体が伸び始める瞬間を狙われサツキの顔にクナイが伸びた。

 ビッ、とサツキの左目の下に切り傷が入り、サツキはステップバックした。

 サツキは背筋にひやりと冷たい汗が流れるのを感じる。


 ――間一髪。


 カイエンは余裕の笑みで、


「ほう。完全に目を潰せたと思ったが、素晴らしい反応だ」


 次の攻撃に備えて、サツキは呼吸を整える。


 ――カイエンさんは強い。でも、《せいおうれん》で最大まで魔力を練ることができれば、勝てると思う。逆に、それ以外に勝ち筋が描けない。……みんなは、どうなってるんだ。


 サツキはチナミの様子を確認する。

 この戦場、大将カイエンを除けば、次点で強そうだったのがヒサナである。

 ヒサナは地面に埋まっていた。

 どうやらチナミが《潜伏沈下ハイドアンドシンク》を使って地面に引きずり込んだのだとわかる。

 しかし、ちょうどヒサナが手裏剣を投げたところだった。


「生意気な! 《きず陽炎かげろうじゅつ》」


 これによって、チナミの手に切り傷ができる。

 本当なら、それだけでまた気にせずカイエンとの戦闘に戻るはずだったが、その切り傷には魔力が付着していた。

 しかも、チナミの様子がおかしい。


「火っ」


 チナミは自分の手を気にしてまるで手についた水滴か虫でも払うように、手をぶんぶん振った。それから慌てて地面に手をこすりつけつつ、また次に投げられた手裏剣をかわした。


「チナミちゃん……なに、してるの?」


 ナズナも疑問を口にする。


 ――そうか。幻術だ。


 サツキはチナミに向かって叫んだ。


「チナミ、幻覚だ! その傷口に魔力が付着してる」


 それだけ言って、サツキはまたカイエンとの戦いに集中する。


 ――あとは、チナミならなんとかするだろう。


 これがチナミがヒサナとの戦いの最中に、サツキから声をかけられた裏側であった。

 カイエンは不敵な仏頂面で口を開いた。


「よくワタシを相手に仲間を気遣う余裕があったものだ」

「ルカとフウアンさんが相手をしてくれていましたから」


 カイエンは分身体と合わせて二人で戦っているが、こちらはサツキとクコとルカ、それにフウアンを合わせた四人で戦っている。

 ここで、フウカも戻ってきた。


「拙者も一人を倒したでござる。援護するでござる」

「よくやったね、フウカ」

「ありがとう」

「助かります」


 フウカも加えて、四人になる。

 数的に不利な形勢のはずだが、カイエンも負けていない。


「思った以上にやるようだ。では、見せてやろう」


 再び、カイエンは指を立てるポーズをした。


「《かげぶんしんじゅつ》」


 カイエンが、二人増えた。

 つまり、クコと戦っている分身体と本体を合わせれば四人になる。


「四人も……! さすがね、やっぱり」

「四人もの影分身ができるのは相当の使い手でござる」


 フウアンとフウカがそう言うのだから、カイエンはかなりの忍者なのだろう。

 サツキは魔力の流れを見る。


「本体は真ん中です。一人が一人を受け持つ作戦で――」


 言いかけたとき、バンジョーの声が割って入ってきた。


「サツキ! ヒヅメってやつは倒したぜ!」

「ありがとう。じゃあ、バンジョーもいっしょに……」

「そうじゃねえだろ、サツキ!」

「!」

「全員で正面からぶつかって勝てるか? あいつはかなりやべえ。今だって、おまえは身体中に傷を作っちまってる。強えあいつを倒すには、なにかいい手が必要なんだ。だから、サツキ! サツキが作戦を立てろ! 時間を稼げってんならいくらでもやってやる! オレたちを信じろ! それが仲間ってもんだぜ! な?」


 バンジョーの叱咤激励を受けて、サツキは大きく息を吐き出した。肩の力を抜く。硬くなっていた表情も穏やかに改まる。


「そうだったな。大事なことを忘れていたよ。信じて任せる」


 そんな仲間に、バンジョーはなりたいと言ってくれた。王都の宿で、「信じることがすべてだと思うんだよ。オレはおまえとは、そんな仲間でいたい。オレたち『えいぐみ』はそんな仲間でいたいんだ」と、そう言ってくれたバンジョーの顔を、サツキは鮮明に思い出した。

 だから、仲間を信じて任せることにした。


「みなさん、カイエンさんを俺に近づけさせないでください。俺は魔力を練り込み、全力の一撃に備えます。そのためには集中したい。たぶん、三分もあれば大丈夫。最後は俺が決めます!」

「おう! やってやる! 任せろ!」

「はい! お願いします!」

「わかったわ」

「御意」

「はいでござる」


 始めに歌による援護をして以降見守っていたナズナは、すぅっとサツキの隣まで来て言った。


「わたしは……サツキさんのために、もう一度歌います」

「頼む」


 ナズナにうなずき、サツキはみんなに指示を出す。


「では、作戦開始です」

「なにをするかと思えば、そんな作戦か。三分も持つわけがない」


 カイエンがさっきまで以上のスピードでサツキに向かって斬りかかってきた。だが、それをバンジョーが受ける。


「おまえの相手はオレだ! 来いよ!」

「忍びでもない者に、ワタシを止められるものか」

「オレはこれでも、忍者の末裔なんだぜ!」


 と、バンジョーは殴りかかる。

 避けられ、カウンターにクナイで攻撃される。服が切れてバンジョーの腕からも血が出る。


「うおおおおお! 負けねええええ!」


 体術勝負になる。カイエンの運動能力は圧倒的だが、バンジョーは殴られ切られて、それでも食らいつくように立ち向かう。


「しつこいやつだ」

「なんとでも言いやがれ! 背中を預けて、希望を託して、そうやって支え合って戦うのが仲間だ! オレがあいつに託した希望は、この程度の頑張りじゃ釣り合わねえほど重たいんだよ!」


 バンジョーはまた拳を振りかぶった。


「《スーパーウルトラデリシャスパンチ》!」

「ワタシはそういった感情の重たいやつらが苦手でな」


 さらりと避けられる。

 クコとフウカもそれぞれ一人を受け持ちかなり苦戦していた。

 一方、『よう』フウアンはさすがに夜鳶の一族だけあり互角以上にやり合っている。時折、クナイや手裏剣を駆使してクコとフウカへのフォローも挟み、味方への致命傷を阻止していた。ただ、その分負担も大きく、影分身を相手にも決定打を与えられずにいる。

 ルカもサポートに徹して刀剣を操作しつつ、周囲から敵が現れようものならいつでも《とうざんけんじゅ》を発動できるように視野を広く確保していた。

 本体と渡り合うバンジョーはどんどんボロボロになっていった。

 サツキは、ナズナの歌を横で受けながら、神経を集中させていた。


 ――《せいおうれん》。戦いながらこれをやるのことの難しさは、これまでの戦いでもよく知っていたつもりだった。でも、カイエンさんの身のこなしは圧倒的で、息つく暇もない。だからこそ、こうやって時間を作ってくれたみんなには感謝しなければな。そしてその感謝は、全部この拳に乗せるんだ。


 そう思って始まった《せいおうれん》。

 普段、空手の修業の前後に行う黙想のように目をつむって、一度心を整えた。そして、意識を集中させてゆく。立ったまま両足を肩幅に開き、両手は身体の前に下ろして拳を握る。型の始まりにもある姿勢の一つで、サツキは全身の魔力を練っていた。


 ――全身で練り上げた魔力を、最後に拳に集めるイメージ。拳に集めるのは、ギリギリまで高めてからだ。


 周囲からの音が消える。

 徐々に感覚が研ぎ澄まされ、自分の身体の中を流れる魔力のイメージに集中していった。

 思考さえ魔力と溶け合うようだった。

 そこに、ヒサナとの戦闘を終えたチナミが戻ってきた。

 サツキに声をかけようとして、やめる。


 ――なんて集中力。すごい。見ているこっちがぴりぴりするくらい。盤面を見れば、私の役割なんてわかり切ってる。


 ナズナに言った。


「私も行く。そっちは頼んだ」

「うん」


 バッとチナミは飛んで、カイエンとの戦いに向かった。

 チナミは小柄ながら抜群の運動量で、特定の分身体を相手に決めず、あっちにもこっちにも顔を出す縦横無尽の活躍をした。

 みんながギリギリの戦いをする中、サツキは順調に魔力を練り上げていった。

 カイエンは木の枝に立ち、バンジョーを見下ろしながら嫌な空気を感じ取る。


 ――向こう……あの少年から、大きな圧力を感じる。空気が震動するかのようだ。なんという威圧だろうか。これは、さっさとケリをつけねばならないか。


 バンジョーに言った。


「では、本気の影分身をしてみせようか。《かげぶんしんじゅつ》」


 カイエンは、さらに二人の分身体をつくった。

 これにより、本体を合わせて、カイエンが六人になった。


「やべえぜ! 今でもギリギリだってのに、これ以上かよ! あと一分なんて、もたせられるのか?」

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