26 『あの手裏剣はなんだ』

 チナミがヒサナと戦っている間――サツキとクコとルカ、それにバンジョーは、くノ一姉妹フウアンとフウカの二人と共に、『きょうえんからすくぎうらえんと戦っていた。

 カイエンの部下が四人残っている。

 うち一人がヒサナであり、残る三人はカラス面。


「ルカ、カラス面の三人をカイエンさんから切断。フウアンさん、フウカ、バンジョーは適宜一人ずつ相手に」

「おう!」

「はい」

「わかったでござる!」

「了解。《とうざんけんじゅ》」


 刀や剣、槍の山が突き立つ。

 三人の忍者はそれを避けてカイエンから離れる。ルカは連続して《とうざんけんじゅ》を繰り出した。

 乱れ咲く武器の花は、三人のカラス面をカイエンからさらに離れさせた。


「ついでに……」


 また、ルカは一本の槍を三人のうちの一人を狙って放つ。

 避けたところを、フウカが攻撃していく。


「任せてくださいでござる」


 ルカの攻撃が途切れたところで、カラス面のうち一人がカイエンとの距離を詰めて、再び陣形を作ろうとする。


「させないよ」


 しかし、フウアンはこれを阻止し、相手とクナイを交えて戦闘を開始する。

 バンジョーもフウアンからわずか一拍の遅れで、もう一人の忍者と戦闘を開始した。ほぼ考えずに瞬発力で動けるのがバンジョーの常人との違いである。

 ルカが《とうざんけんじゅ》を発動していたとき、クコはサツキの手を握り、


「(わたしたちはカイエンさんですね)」


 と確認していた。


「(うむ。二対一で数の上では有利だが、体術では勝てない。相手の魔法もまだわからない。おまけに忍術まで使う。かなりの強敵だぞ)」

「(はい!)」

「(呼吸を合わせて二人がかりでいけば、倒すための糸口を見つけられる気がする)」

「(そうですね! 全力でぶつかります!)」


 フウアンとバンジョーが戦っている中、サツキとクコもカイエンに立ち向かって戦闘を開始した。

 サツキは抜刀する。

 クコも剣を抜き、構えた。


「いざ、勝負!」

「わたしたちがお相手します!」


 二人の宣戦布告に、カイエンは仏頂面で顎をなでた。


「ワタシを前に、二人だけとは心外だが……よろしい。貴殿たちの相手をするとしよう」


 木の高い場所まで飛び上がって、カイエンは叫ぶ。


「《かげぶんしんじゅつ》」


 左の人差し指と中指を立て、それを右手で握り、右手の人差し指と中指も同じように立てる。

 すると、カイエンが二人になった。


「本物の影分身……! ど、どちらが本物でしょうか。それとも、両方とも……」


 戸惑うクコに、サツキは《いろがん》で見えたことを述べる。


「片方は魔力で作り出した分身体になる。向かって右が偽物だ」

「では、左だけを倒せば」

「いや。どちらも実体がある。分身体のほうがもろいとみた。俺が本体、クコが分身体をやる」

「はい!」


 カイエンの動きは、身軽と言うには温いくらいに鋭かった。全身がバネのようにしなやかで力強く、速い。

 サツキもクコも刹那のうちに距離を詰められ、カイエンのクナイを剣で受けるのがやっとだった。

 剣とクナイの応酬が続く。

 これによって、サツキとクコは身体中に傷をつくった。

 一方のカイエンは無傷。


「フン、こんなものか」


 突然、サツキが相手取っていたほうのカイエンは、サツキに蹴りをヒットさせて後方へ大きく跳び下がった。


「ぐ」


 うめいて隙のできたサツキに、空中で手裏剣を投げる。


「《ごうちゅうじゅつ》」


 咄嗟に、サツキは「まずい」と気づく。

 思い切り後ろへ避けた。


 ――あの手裏剣はなんだ。まとった魔力、嫌な予感がする。


 後方へ下がりつつ左手に避けたのだが、手裏剣が地面に着く前に、サツキはさらに距離を取った。

 手裏剣が地面に突き刺さる。

 ボォッ!

 と火柱が立ち上がった。

 大きな火柱である。

 五メートルほどの高さまでその火柱は燃え盛った。


 ――そういうことか。だから、『きょうえんからす』。異名は伊達じゃない……。


 すぐにクコのほうでもカイエンが同じモーションに入った。


「クコ。敵の手裏剣は接触すると火柱を上げる。距離を取るんだ」

「は、はい」

「《ごうちゅうじゅつ》」


 投げられた手裏剣を確認したクコは、慌てて大きく避けた。

 そこへ、カイエンがクナイで突き刺しにかかる。

 一方のサツキも、クコばかりを気にかける余裕はない。カイエンが手裏剣を二つ投げた。


「《ごうちゅうじゅつ》」


 サツキはどんどんクコとの距離を広げさせられる。


 ――クコと切断された。この距離では、連携が厳しい。


 内心で歯噛みするサツキだが、それを表情に出すことはない。

 サツキへ向かって駆けてくるカイエンと、刀を合わせた。

 カイエンはサツキの愛刀・桜丸をキンと受けるや身体を柔軟に使って、武器をクナイに切り替える。


 ――流れるような動き。まるで武器が身体の一部みたいに機能してる。刀と空手の両刀でやろうとする俺には、学ぶところの多い相手だ!


 極限のバランスで小さな隙も命取りになる戦いの中でも、サツキはそんなことを思った。

 目のいいサツキが、カイエンのクナイを持つ手を蹴り上げる。

 カイエンはこれをくらったかのように見えたが、クナイを手離して手を引っ込め、即座に忍び刀を舞わせた。

 クナイのみを蹴ったサツキは、忍び刀には刀で対抗する。

 キン、キン、キンと打ち鳴らし合って、カイエンは高く飛んでまた手裏剣を投げる。


「《ごうちゅうじゅつ》」

「くっ」


 サツキは転がるようにして横へと逃げ、手裏剣の投擲地点から遠ざかる。

 そのあとも、手裏剣は投げられる。

 連投される手裏剣を走って逃げて避けるが、先回りするようにサツキの進行方向に投げられた。

 カラン、と手裏剣が弾かれる。

 火柱を上げることなく、カイエンの手裏剣は地面に落っこちた。

 サツキが横を見ると、『よう』フウアンが手裏剣を投げて撃ち落としたのだとわかった。


「一人は始末しました。加勢します」

「フウアンさん、ありがとうございます」

「いいえ」


 バンジョーはまだ戦っている。

 そちらに向かって、カイエンが呼びかけた。


「ヒヅメ。あれを使え」

「はっ」


 カラスの仮面をつけた忍者ヒヅメは初めて口を利いた。

 ヒヅメは、名をこうづめといい、まだ二十歳と若い忍者である。


「《きょうおとしじゅつ》」


 印を結び、地面に触れる。

 それを繰り返しながらバンジョーから逃げる。

 バンジョーはそれを本能で怪しみ、すべて避けて追いかけた。


「待ちやがれ!」

「そうはいかん。《やくだましきとんじゅつ》」


 火薬玉を取り出し、それを地面にぶつける。

 小爆発が起きた。

 ヒヅメは両手を広げてふわっと飛んで、爆発の風に乗るように上昇した。


「逃がさねえ!」


 びょーんとバンジョーも飛ぶが、あと拳一つ分足りず、そのまま落下した。

 バンジョーが着地すると。

 ズボッと足が地面に埋まった。

 落とし穴である。


「さっきのか!」


 即、理解する。

 だが遅い。

 足が燃え出していた。

 気流に乗って木の枝に飛び乗ったヒヅメが、下に向かって言い放つ。


「おれの《きょうおとしじゅつ》は、落とし穴を作る。それもただの落とし穴ではない。火の穴だ。穴に落ちると燃える」

「あちい! あっちちちちいいいぃぃ!」


 燃えた足の火を消そうと地面を転がるバンジョーを見下ろし、ヒヅメは言葉を続けた。


「ちなみに、《やくだましきとんじゅつ》は我があけがらすくにの忍術だ。我らは火遁と幻術・呪術を得意とする。あの小爆発を利用して様々に逃げるのだ」

「ふはー! やっと消えたぜ」


 深い落とし穴ではなく、火もそれほど強いものではなかった。そのためバンジョーの足の火も消えてくれた。


「待ちやがれ!」


 バンジョーはすぐにヒヅメを追いかける。

 逃走しようとするヒヅメにも、バンジョーはダイナミックな身のこなしで、すぐに追いつく。相手に突っ込んで行った。


「行くぜ! 全身で受け止めろ!」


 バンジョーは走ってくる勢いそのままにジャンプした。


「そんな簡単に飛ぶなんて、甘いな」


 そうつぶやいて、ヒヅメは印を結び地面に落とし穴を作る。

 火を伴う落とし穴《きょうおとしじゅつ》。

 さっきのバンジョーの飛距離をヒヅメは覚えていた。ヒヅメの計算が正しければ、バンジョーがこの落とし穴を超えることはない。

 しかし。


「だああ! オレの全力!」


 バンジョーは空中を歩くように高く飛んでいった。

 一気に距離が詰まる。


「なにぃ!? そんなに、飛べるのか!」

「くらえ! 《スーパーウルトラデリシャスパンチ》だ! うおおおおおおりゃああああああああ!」


 バンジョーが固く握った拳を振るう。

 ストレートに放たれた拳を、ヒヅメは顔面に受けた。カラスの仮面が割れ、思い切り木の幹に背中をぶつけ、ヒヅメは伸びてしまった。

 ダンっ、とバンジョーが着地して、鼻の頭をこする。


「おっしゃあ! たいしたことねえや!」

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