53 『翼竜あるいは瞬間移動』

 サツキとミナトは二人で探険に出た。

 昨日の夜も探険したいねと話していたが、いざ外に出てみれば、行ってみたいところがたくさんあってつい急ぎ足になる。

 茂みを見ている間も、また知らない恐竜たちがいたし、岩肌をのぼってみると、今度は翼竜も見られた。


「すごいや。飛んでるねえ」

「……翼竜だ。プテラノドンかもしれない」

「どれだけ大きいんだろう」

「翼を広げたら横幅で十五メートル以上だな。高さも五メートルはくだらないと思うぞ」


 高い場所から見下ろすと、小さい恐竜や向こうには首が長い大型の恐竜もいた。だが、高い山がいくつもあって、稜線を描き、さらにその向こう側にはまた別の種の恐竜もいることだろうと思われた。


「これが『太古の楽園』かあ。広いなァ。こんなスケールの大きい島にいろんな生き物がいる。いなせだねえ」

「うむ。おもしろい」


 ミナトは再び翼竜を眺めて、


「プテラノドンって名前、この世界でもそうなのかなあ?」

「大きさも図鑑のものと同じくらいだけど、よく見たら羽ばたきもすごいし、学説と違うから別の種類かもしれないぞ。あとでルカに聞いてみよう」

「そうだね」


 悠々と空を飛ぶ翼竜を見つめ、サツキはつぶやく。


「あんなふうに飛んでみたいな」


 アキとエミが魔法の絨毯を出してくれて、いっしょにピラミッドの上空を飛んだのはつい先日のこと。せいおうこくからガンダス共和国までの船旅でも、やはりあの二人が、白鯨アルビノクジラの潮で船が吹き上げられたときにも、船を飛行船みたいに飛ばしてくれた。空を飛ぶのは人類共通の夢だと前にナズナには話したものだが、ナズナみたいに乗り物を用いずに飛んだことはない。ナズナが抱えて飛んでくれると約束もしたけど、まだチナミやリラを抱えるのが精いっぱいらしい。

 空に憧れるサツキを見て、


「……ふ」


 とミナトは微笑む。


 ――そろそろ、サツキの前で魔法を使うときがきたのかもなァ。まさか、こんなふうに使うとは思わなかったけど。


 ミナトはサツキの手を取った。


「サツキ」


 指を絡めるように、しっかりつないだ。

 不意に手をつながれ、サツキはなにが始まるのかと思って目を丸くした。ミナトの右手がサツキの左手をつなぐ形である。


「この手を離さないようにね」

「いきなり、どうしたというのだね?」


 ふふ、とミナトが笑うと。

 サツキは、自身の身体が急降下しているのがわかった。地面にぴったり着いていたはずの足が、宙にある。景色も変わった。遥か上空から島を見渡している。といっても、さっきまでと比べても五十メートルほどしか高くないだろうか。

 それでも、かなりの高さを感じられた。宙にいるせいかもしれない。

 生身の身体だけでのこんな落下は、この世界に召喚されて世界樹の根元へ落下したときと、しょうくにの温泉街から南下する道で魔獣に追われ崖から落ちたとき、その二回くらいのものだ。崖から落ちたときはルカが落下の衝撃をやわらげるために魔法で宙に何重にも布を出現させてくれたし、世界樹のときは途中で気を失っていたから恐怖を感じるいとまもなかった。あとでクコに見せてもらった記憶によると、不思議な力が働いて落下直前に重力がなくなったようになって、クコに抱きかかえられて助かったようだ。

 だが、今はなんの保証もなく落下しているようにしか思えない。

 そもそも、なぜこんな上空からの落下が始まったのかもわからなかった。


「どうなってるんだ」

「《しゅんかんどう》。それが、僕の魔法なんだ」


 手をつないで空にいる、その隣で……。

 ミナトはサツキに打ち明けた。


「そうだったのか」

「難しい顔してないで、ほら、この景色を楽しもうよ」

「でも、このままじゃ」

「あはは」

「笑ってる場合か」


 つっこみながらも、ミナトを見ると自然とサツキも笑ってしまう。力が抜けて、鮮やかな景色を見下ろすと、不思議と心が羽ばたくような開放感を覚える。


「絶景だ」

「絶景かな絶景かな」

「それで、着地も問題ないんだろうな?」

「平気平気」


 とミナトは笑って、また景色が変わった。

 今度は、なにかの上にいるのがわかった。だが、地面に対して身体の向きが平行にあったため、うつ伏せのようなかっこうのまま、身体がぶつかる。ゴツゴツした質感に疑問を浮かべた。


「どこだ」

「翼竜の上さ」


 すぐに横を羽ばたく翼が見えて、サツキはそれが本当だと悟った。


「おお。これが……」

「うん。そうだよ」

「すごいぞ。ミナト」

「すごいねえ」

「古代の翼竜は、こんな景色を見たのかな」

「かもしれないぜ。いやあ、浪漫だなァ。こんな冒険、普通じゃできないよね。雰囲気だなァ」


 サツキの目がキラキラしているのを見て、ミナトはニコニコと微笑んだ。


「感動だな。でも、俺たちが急に乗ったから、翼竜も態勢を崩してるように思うんだ」

「そうかもねえ。この大きさだから余裕かと思ったけど」

「重心とかの問題もあるかもな」

「じゃあ、僕は別の翼竜に乗ろうか?」

「いや、足につかまるといいんじゃないか?」

「やってみようか」

「うむ」


 さっそく、サツキがするりとすべるように背中を動いて翼竜の足につかまった。両手でつかみ身体を支える。


「あ。ちょっと安定したよ、サツキ」

「よし。じゃあミナトは俺の足に」

「うん」


 答えるや否や、ミナトは翼竜の背中から消えた。一瞬で、サツキの足元に《瞬間移動》した。

 ミナトはサツキの足首をつかみ、二人で翼竜にぶら下がる形になった。


「わぁ! 気持ちいいー」

「だな!」


 風を受けて飛ぶのは気持ちがよかった。

 しばらく大空の旅を楽しんだあと、ミナトがサツキに声をかけた。


「そろそろ降りよう」

「うむ。でも、どうやって?」

「手を離してくれたらいい。僕が《瞬間移動》で地面近くの中空に連れて行く。あとは上手く着地してね」

「わかった。頼むよ」

「了解」


 サツキが手を離す。

 すると、空中を落下し始めた。

 上に向かってミナトが呼びかける。


「ありがとーう」


 翼竜にお礼を言って、今度は景色が変わった。《瞬間移動》で地面との距離が一気に詰まり、ミナトだけ消えてサツキの横に現れ、また地面との距離を詰めるように消えた。

 そして、地上五メートルほどの場所から地面に降り立った。

 二人共、うまく着地できた。


「到着」

「うまくいったな」

「楽しかったね」


 サツキはミナトと顔を見合わせて笑い、


「しかし、まさかミナトがこんな魔法を使えたとはな。驚いたよ」


 と言った。


「あはは。驚かせてしまったか」

「本当はさ、俺はミナトとの修業で、ミナトに本気を出させて、その魔法を引き出してやろうと思ってたんだ」

「へえ。じゃあ、こんな形で残念?」


 ゆるゆると首を振った。


「いや」

「そっか。僕も、最初はサツキを待つつもりだった。サツキが強くなるのを。でも、サツキは相棒だから」


 ミナトの顔を見て、「うむ」とサツキはうなずく。


「ところでサツキ。気になる恐竜はいたかい?」

「いたぞ。ミナトは?」

「僕も。すぐにも見に行きたい」


 二人、降り立った場所から周囲を見回して、目に見える恐竜たちを確認する。そしてミナトが語を継いだ。


「せーので指差して、同じだったらいっしょに、違ったら別々に見てこないかい?」

「それも一興か。あんまり帰りが遅くなっても悪いしな。わかった」

「じゃあいくよ。せーの」


 と、ミナトのかけ声で、二人は指差した。

 二人の指は別々の恐竜を差していた。二人の間には九十度の角度があり、垂直に交差する形になった。

 顔を見合わせて、サツキは小さく微笑む。


「よし。俺はあっちに行く」

「僕はあっちだね」

「目当ての恐竜を見たら、あの真ん中で合流だ」

「了解。サツキ、気をつけてね」


 ミナトが走り出す。


「ああ。ミナトも」


 そう言って、サツキは走り出した。

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