27 『討手と役割』

 サツキはうなずく。

 うち。要するに、討伐する者である。ミナトをこれに指名した。


「壱番隊隊士のことだ。討手は、隊長のミナトがいい。彼も、ミナトには特別に好感を持っていた」


 腕の問題もある。局長という立場のサツキを除けば、この中でケイトと戦って勝てるのは、ミナトとフウサイ、戦術負けしなければ実力ではルカも渡り合えるだろう、といった具合の三人だけである。

 となれば、名目上、頼めるのはミナトが適役だった。


「ケイトさんは、悪い人ではないと思ったんですがねえ……。フウサイさんに頼むより、確かに僕が討つのが筋です」

「頼めるか」


 サツキは初めて、ミナトの目を見据える。

 観念にしたようにミナトは苦笑した。


「ええ」


 もう、さっきまでのサツキとルカへの不快感もなかった。元々、人を恨んだり嫌ったりできない性分の少年なのである。サツキの真剣さも伝わっている。

 むしろ、


 ――嫌なことを言わせてしまったなァ。隊長として、僕が始末すべき問題だったのに。


 と思う。


 ――もしこれで、士衛組の隊士たちのこの件への悪感情がサツキに向けば、この組織は簡単にバラバラになってしまう。組織のトップに言わせる言葉ではなかったな。


 今になってそう思うのである。


「決まりね」


 冷淡なルカの物言いを聞いて、ミナトはまた、もう一つ思う。


 ――ルカさんは、自分がサツキの代わりに憎まれ役になろうとして、決断を促したり厳しい態度を取っていたんだな。賢いお人だ。


 利口すぎるこの少年には、そこまでわかってしまった。

 総長――つまり参謀役という立場からルカが嫌な策謀を企てサツキへ献策したかのように見えれば、自然トップであるサツキへ向かう不信感はすべてルカへ流れる。あいつが嫌なことを吹き込んだんだ、と周りから思われる。ルカの賢く辛く、献身的な振る舞いには、頭が下がる。

 サツキはミナトへ、感謝や謝罪もなく、淡々とつぶやいた。


「今からゆけば、メイルパルト王国を出る前に追いつく。ルカの見立てによると、早ければスラズ運河の大きな湖を越える前の街だ」

「スラズ運河か」

「ああ。フウサイの報告によれば、ガンダスからソクラナと追ってきていた騎士たちも、ファラナベルへ到着したらしい。このファラナベルの支部にいる騎士たちと合流も果たしたそうだ。俺たちはラドリフ神殿で、その騎士たちを迎え撃ち捕縛する。そうなれば、先生たちと落ち合うタルサ共和国より東に敵が行くことはない」

「はい?」


 ミナトは目を丸くする。サツキの言っている意味がわからない。


「確かに、東へ行く意味などないでしょう」

「もし東に逃げられたら、追いようがなくなる。東には彼が頼れる場所などないだろう。確か、晴和王国に親類がいるそうだが、その程度だ。そちらにいるなら戦略上の問題は消える。アルブレア王国側でも、探せない、あるいは手出しできないだろうな」


 サツキの独り言の意味を、ミナトはやっと理解する。


「局長殿でもわからないことを、アルブレア王国側にわかるはずなどないでしょう。僕もそうなればお手上げだ」

「だな。一生晴和王国で百姓をしようと商人になろうと、だれも気づくまい」

「そうですね。アルブレア王国を奪還できれば、すべては丸く解決するのでしょうけど。では、壱番隊隊長いざなみなと、行ってきます」


 うむ、とサツキはうなずき、


「西へは行かせるな。そして、結局帰路はミナト一人にさせてしまうが、次はタルサ共和国で合流だ」

「ふふ」


 ミナトはみずみずしい微笑で首肯した。

 ほかの者たちへ軽く会釈して、ミナトは出発する前にルカにこっそりと謝った。敵意を向ける視線を向けてしまったことを、である。


「申し訳ありません。ルカさんの苦労も知らず」

「なにが?」

「嫌な役目をやってもらって、という意味です」

「そう思うなら、サツキの手を煩わせないことね」

「ふふ。ルカさんらしい。いつもサツキがルカさんの一番だ」

「当然よ。それに」


 とルカはミナトから視線を外し、


「結局、ただの性分なのだわ。私は、サツキさえ私をわかってくれれば、ほかにはなにもいらないから」

「ええ。きっと僕も、同じかもしれません」


 この士衛組に入隊したのも、サツキと共にいたいからだ。愛情の形は違うが、根の部分はミナトもルカと同じなのかもしれないと思った。


「では」


 ミナトは、宿を飛び出した。

 残った面々はミナトの出発から少し遅れて、サツキの言った意味がわかった。

 クコがつぶやく。


「もしかして、ケイトさんが東に逃げてくれたら、わたしたちはおろかアルブレア王国側も探索が不可能になる。仮に晴和王国の親族を頼ったとすると、アルブレア王国側としては手出しできない」

「だから、西に行ってブロッキニオ大臣らと合流することは許せないけど、東にならば行っても構わない。そういうことですね」


 と、リラが続けた。

 ナズナが悩ましげに、


「つまり……もし、ミナトさんが、東へと逃げるケイトさんを見かけても、だれにも、それはわからない……」

「うん」


 とリラがうなずき、


「もっと言えば、東へならば、ミナトさんがケイトさんを逃がしても、サツキ様の知るところではない、ということ」


 斬らなくてもいい。西の故郷に帰さず、東へ逃がせば。

 ミナトもクコもルカも知っている――サツキが人を殺すことを、好きではないと。士衛組の原則捕縛は、戦略的な意味ばかりでなく、局長・サツキの性格が反映したものなのである。

 だから、ミナトは微笑した。

 かつての仲間であるケイトに、救いの道を示すために。

 ただ、もしケイトが頑として敵であろうとした場合は、どうしようもないが。

 サツキはみんなの会話を聞いてないフリでもするように窓際に来て外を眺めており、フウサイに声をかける。


「さて、フウサイ」

「はっ」

「シャハルバードさんたちの部屋へ行って、出発時刻変更の連絡を。予定では出発は九時だが、情報が筒抜けだとわかったし、騎士たちがもうファラナベルに来ている。出発は三時間早める。六時に出る」

「御意」


 さっとフウサイは消える。

 ドアを使って外に出たようにも見えないのに、忍者のスキルというのはどうなっているのだろう、と初見のリラなどは思う。

 サツキは振り返った。


「みんなも準備をしてくれ」

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