15 『大門万乗はソースを盗まれても陽気に笑う』

 席に戻ったバンジョーに、クコは話をした。

 クコの旅の目的、サツキの出自、ルカの同行理由など。また、あまみやでナズナを仲間に加える計画であること。ルカの魔法の師である、玄内先生という人を仲間にしたいこと。

 クコがサツキに記憶として見せたものよりだいぶまとまった話を、すべて口頭で伝えた。

 クコからアルブレア王国の話を聞いたバンジョーは面食らって手からスプーンがすべり落ちた。


「おいおいマジかよ! クコはそんなスゲーとこの娘だったのか! どーりで浮世離れしてると思ったぜ」

「浮世離れだなんてとんでもないです」


 恐縮するクコ。


「ルカも、この年で医者を目指して頑張るなんてガッツがあるじゃねーか」

「ガッツ……?」


 ルカは意味をはかりかねている。

 それからバンジョーは、サツキに顔を向けた。


「それによ。浮世離れしてるように見えたのはおまえもだぜ、サツキ。そしたら、まさかこの世界の人間でもねーなんてよ」

「見ただけじゃわからないからな、そういうのは」


 確かに浮世から離れた世界から来たのである。サツキは苦笑交じりにうなずいた。

 バンジョーは愉快そうに笑って、


「見ただけじゃわからないと言えば、クコもそうだよな。世話好きで面倒見のいい王女様なんてよ」

「世話好き……そうでしょうか?」


 首をかしげるクコに、バンジョーは滔々と語る。


「ひとりで王国を飛び出して遠く晴和王国――それも世界樹まで行く度胸もすごいけどよ。見てたら、ずっとサツキの世話焼いてるじゃねーか」

「いいえ。わたしのほうがお世話になってますから。それに、頼るだけで自分がなにもしない人間に、光は射しません」


 内心、クコは、


 ――本当はもっとサツキ様のためにいろいろとして差し上げたいのに。まだまだ非力な自分がもどかしいです。


 とまで思っていた。

 クコは謙遜している様子だけれど、サツキにはまさにバンジョーの言う通りであるように思った。この世界に無知なサツキのためにいろいろとやってくれているのだから。


「本当に世話をかけるが、よろしく頼む。クコ、俺も頑張るよ」

「そんなっ。とんでもありません。こちらこそ、こんなわたくしですが、どうぞよろしくお願いいたします」


 うふふと可愛らしく上品に笑うクコ。

 サツキはその笑顔に頬がゆるみかける。

 バンジョーはカレーを食べて、


「うめえ。うめえぜ、やっぱりよ。うめえ。このくらいの辛さはいいよな。お? あれ……チリソースか。ナポリタンにかけるやつだな。どれ……」


 テーブルに置いてあるナポリタン用の辛みソースを見つけ、それをかけて食べる。


「微妙に合うし微妙に合わねえ。だがそうだな、いろんな辛さを足せるのもいいかもしれねえ。となると、あの激辛ソースも置いていいかもな」

「なにかヒントを見つけたんだな」

「おう、サツキ。来てよかったぜ」


 なっはっは、とバンジョーは楽しそうに笑っていた。




 サトミとクコが話をする。


「旅で王都に」

「はい」

「楽しんでいってもらいたいけど、今は怪盗事件もあるみたいだし、夜には剣士を狙って人斬りも出るみたいですから、気をつけてくださいね」

「ありがとうございます」

「また王都に来たら、うちにもぜひ」

「はい。そのときはきっと来ます」


 ごちそうさまでした、と四人が挨拶すると、店主のカズノリは会釈した。サトミもにっこりと送り出してくれる。

 ドアを開けて外に出る際、店に入ろうとする客に、バンジョーがぶつかりそうになる。


「おっと、すまねえな兄ちゃん」


 二十歳くらいの青年で、背は一七〇センチほど。ややくせ毛の長めの髪は後ろで束ねられている。深い緑色の羽織と灰色の着物が上品だった。


「姫たちは大丈夫ですよ」


 少女の声にバンジョーが視線を下ろすと、そこにはおかっぱ頭があった。梅の形の髪留めをしており、明るい笑顔が咲いている。


「どうぞ」


 青年に言われて、バンジョーがニカッと返事をする。


「おう」

「失礼します」


 サツキもそう言って外に出て、ルカがぺこりと会釈する。クコはにこやかに挨拶した。


「それでは」


 にこりと微笑み、青年はうなずいた。

 少女と共に店に入ってゆく。

 外に出たバンジョーは、さっそく馬車の中を探した。


「おーし! ソースがカレーに合うか試さねえと!」


 やがてバンジョーが驚いた声を出した。その声は馬車の外まで聞こえてくる。


「激辛ソースがねええええええ!」

「まさか、怪盗事件?」


 サツキは直感した。


「なんだよ怪盗事件って」


 サトミがその話をしたばかりだというのに、バンジョーは聞いていなかったらしい。悔しそうに拳を握った。


「くそう、ついさっきまではあったのによ」

「ついさっきまで……? いつの間に……」


 ルカは驚いている。さっきと言えば、いつになるのかはわからないが、このバンジョーの驚き様からして、そう時間も経ってないだろう。


「お! ご丁寧に予告状も出してやがるぜ」


 バンジョーがテーブルに紙を置き、


「犯行後なのだから犯行声明だと思うけど」


 ルカがさらりと訂正した。


「やっぱり怪盗事件だな。文面が同じだ」


 サツキは確信する。ここまで、王都に来て二回見せてもらったが、それらと同じなのである。


「ソースは預かった 必ず返すから安心されたし 『怪』盗ライコウより」


 署名の仕方がいっしょで、返すとも書いてある。

 クコが聞いた。


「いつまではあったのですか?」

「それがよ、つい二日前にはあったと思ったんだ。ついさっきまではあったのによ。ちくしょう」

「二日前?」

「ついさっきまでは?」


 サツキとルカがジト目になる。クコだけはバンジョーといっしょになって親身になっているが、サツキは呆れていた。


「返すまでに何日もかかることだってあるだろうな。でも、そんなに大事なものだったのか?」


 バンジョーは腰に手を当てて豪快に笑った。


「なっはっは! 大事じゃねーよ。一応、あったらあったでいいかなって思ったんだ。あの赤鬼激辛ソースは辛過ぎてオレじゃ食えないし、どの料理に入れても辛くてよ。カレーなら辛い同士合うかもしんねえと思ったが、ま、なくなっちまったもんはしょうがねえか」

「そうか」

「晴和王国に到着したときに買ったんだけど、買ったその日に使ってから使い道がなかったしな」

「それはそれとして、バンジョーはこのあと、寿司の修行をしたいのかね?」


 バンジョーのことに話を戻す。

 話によれば、バンジョーはこのあと、寿司屋に短期間だけ弟子入りしてさし寿を学べるよう、目当ての寿司屋へ弟子入り志願をしに行くらしい。


「弟子入りする店も決めたんだ。オレはこれから頼みに行くつもりだぜ」

「バンジョーさんがおいしい武蔵ノ寿司を握ったら、食べさせてくださいね」

「おうよ!」


 意気軒昂に答えるバンジョー。

 サツキは寿司が好物だし、この世界の寿司を食べてみたいと思った。


「クコ、ルカ。せっかくだから、バンジョーについて行って俺たちも武蔵ノ寿司を食べてからナズナの家の近くまで行かないか?」

「そりゃあいい! 武蔵ノ寿司はマジでうめえんだ。初めて食ったときなんか、うめえしか言えなかった」


 ――さっきのカレーライスもうめえしか言ってなかったんじゃないか?


 そう思ったが、サツキはなにも言えなかった。


「サツキは異世界人って話だし、食ったことないんだろう? 食えばビックリする。いっしょに行こうぜ」


 バンジョーにも誘われて、クコは快くうなずいた。


「はい。では、ぜひ」

「新鮮なお寿司もいいわね。私も久しぶりに食べたくなったわ」


 ルカも以前は一時期このあまみやに住んでいた。内陸の村よりも鮮度の高い寿司を食べられるし、なつかしい味を食したいと思うのも当然である。

 夕飯時では店がいそがしいから、弟子入りを頼んでも、門前払いされる可能性さえある。だから、四人はその少し前に着くように向かった。

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