243 『ロードトゥミナト』
オウシはつるりとあごを撫でた。
「久しぶりじゃ、スサノオ。しかし、おかしな挨拶ではある」
「察しまするに、オウシ様に出会えた喜びからかと思います」
と。
そう言ったのは、
スサノオの側近。
執事服をまとった長身の青年で、スサノオよりも一つ年下。
常に微笑を浮かべ、スサノオとは幼い頃から共に育ってきた幼なじみの関係であり、幼少期より仕えてきたためだれよりもスサノオをよく知っている。
丁寧な物腰で人当たりもよいので、高貴で雲の上の人のようなスサノオのそばにいると、ちょうど人が話しやすくなる効果があった。当然、スサノオはそんな理由でゲンザブロウを側に置いているわけではない。必要な存在だから肌身離さず側に置くのである。
「こちらこそお目にかかれて光栄でございます」
小さな少年が一礼する。
『賢弟なる秘書』
年はまだ十一。
鷹不二氏としては珍しく幼い彼だが、オウシが愛用する秘書官であり、オウシの心をよく読みよく心を尽くす。その様がまた愛らしい。
おかっぱ頭で小柄な美少年のチカマルが『賢弟』とささやかされるのは、彼の兄が鷹不二氏の重臣だから。
兄は『
体格もよく勇猛果敢で知られるコジロウとは逆に、チカマルは少女のような可憐さで文治派の色が強く見受けられ、兄弟でまったく似ていないと評判だった。
そんなチカマルは、オウシを尊敬している。それは心酔と言ってよいほどであり、年に似合わぬ機微と才智を持っている。
出過ぎた真似をしないのもオウシの心に良く適い、今も言葉は挨拶のみに留め、黙ってオウシの言葉を待っていた。
――オウシ様とスサノオ様がここで出会ってしまえば、戦いは避けられない。士衛組への助力を優先したいところでしょうし、戦いをどう切り上げるか……それが問題になりそうかな。
オウシはスサノオに声をかけた。
「わしも嬉しいぞ、スサノオ。それでじゃ、お主の気持ちも予想できぬではないがなあ……やるのか?」
「待ち焦がれていた。恋い焦がれていた。貴様となら最果てまでも削り合いたいものよ。しかし余を誘いし風があるゆえ、貴様と命のやりとりをしてはいられん。その意味がわかるであろう?」
「わかった。そこまで、か」
「いかにも」
スサノオは手のひらをオウシに向けた。
オウシが笑う。
「りゃりゃ。お主はいつでもマイペースじゃな。ならば、もう始めるか」
「ここに出会いし時から始まっているのだ」
ふわぁっと。
風が舞い、スサノオを包むように嵐が巻き起こる。
ニヤリと、オウシが微笑んだ。
――わしとやり合うのを本気で待ち焦がれていたようじゃ。が、「地獄の港」とはミナトの元を指している。やっぱり理性的なやつじゃな、スサノオは。わしとの戦いより、ミナトへの友情を重視するとは。
ただ友情のためにミナトの元へと駆けつけるスサノオなのである。
おそらく、側に侍るゲンザブロウはほかの計算も持っていよう。
けれどもスサノオは理性的な割に、勘で動くところがある。
――鷹不二と碓氷、どちらが士衛組を味方につけるか。それはここでの活躍が大きな効果を生んでゆく。が、最高のアシストをすることを狙うわしに対して、こいつは敵の大将まで潰しに行き兼ねん。
もし敵のボスをスサノオが倒せば、士衛組の後日の活動に支障が出る。
あくまで士衛組が最高の形で勝ってマノーラの街を守り、オウシやスサノオがでしゃばってはいけないのだ。
でしゃばることで、士衛組が得るはずの名声が得られず、裁判を有利に進めるためのカードを一つ失うからである。
仮に、世界的に人気なスサノオがここでも活躍して、士衛組を推すひと声があれば、裁判にもっと大きな好影響が出るかもしれないが、それではアルブレア王国到着後の士衛組そのものの力は小さいままになってしまう。
そうやって先の先まで見据えれば、そんな答えが出てくる。
――スモモの報告を合わせても、鷹不二は充分にやった。わしが最後にやるべきは、ここでスサノオを抑えること。
したがって、オウシがすべき最後の仕事がスサノオとの対決であり、その結果を勝利か引き分けに持っていくのが肝要となるのである。
「是非もなし。やるか、スサノオ」
オウシの全身にみなぎる《波動》の力が強くまってゆく。
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