71 『イマジネーション』
肩を寄せ合ってネームをつくっている最中、リラは悩ましげにつぶやいた。
「うーん……。リラはちょっぴりもどかしいです」
「なにがだ?」
「サツキ様の書いたお話を、リラの想像力では表現しきれなくて。潜在能力を引き出してもらったおかげで、デッサンの正確性も格段に上がって描くスピードも上がったのに、想像力は追いつきません」
「まあ、
「それもありますけど、リラはもう少し外の世界に触れていろいろなものを見たいな。サツキ様、よかったらなんですけれど……」
「なんだ? 遠慮せずに言ってくれ」
緊張気味に、リラは口を開く。
「では……。リラといっしょに、お出かけしてくださる?」
「お出かけ?」
「はい。このマノーラという都市には、素敵な美術館がたくさんあると聞いています。そこに行ってから、このお話に絵をつけたいの」
なるほど、とサツキが納得する。
「いいかもな」
これでリラの創造力が刺激されて絵がさらに上達すれば、きっと助けになる。士衛組や参番隊のためにもなる。だが、なによりリラの気持ちを尊重してやりたかった。
――リラのためばかりじゃなく、リラは俺がカイトさんとケイトさんのことで思い詰めないよう考えてくれたんだろうな。
とも思うのだった。
リラはうれしそうに、
「ありがとうございます」
と小さく頭を下げ、サツキを上目に見る。
「いつがよろしいかしら?」
「九月十日までは、午後はコロッセオの試合がある」
「そうですね。そうなると、午前中がいいですね」
「うむ」
「では、明日はどうです?」
「明日は先に、弐番隊と浮橋教授のところに……」
「先に?」
リラは聞き逃さなかった。
「うむ。先に、弐番隊と浮橋教授のところに行くんだ」
「ということは、そのあとにご予定があるんですか?」
「ああ。チナミとお出かけする約束をしてるんだ」
「チナミちゃんと?」
急に、リラがジト目になった。
しかしサツキはなんにも気づかず、チナミとの約束について話す。
「昨日、チナミに言われてさ。ヒナにアマデウス神殿やビナーレ噴水広場に行ったことを自慢されたって」
「ヒナさんとそんなところにも行ってたのですか?」
「うむ。浮橋教授のところに行った帰りにな」
ここで、サツキがリラを見て初めてジト目に気づく。
「どうした? リラ。表情が硬いぞ」
「そう見えます?」
とリラは笑う。
サツキは首をひねり、リラはそんなどこまでも鈍感なサツキがおかしくなってきた。
――もう。この人は本当に素直なんですから。
リラは、今度は柔らかに微笑んで言った。
「サツキ様」
「なにかね」
「ほかの子とお出かけする理由もあったのでしょうけど、リラにもいっしょにお出かけしてほしい理由があります」
「うむ。そうだな。どこへでも付き合うぞ」
「はい。ただ、裁判前だと大会の日しか空いていませんよね?」
「いや。裁判前日、九月十一日は大会が終わった次の日で、空いていると思う」
「なるほど。それでは、その日はリラとのお出かけです。いいですか?」
「もちろんだ。その日は美術館に行こう」
「はい」
リラが大きくうなずき、サツキもうなずき返した。
「よし。決まりだな」
「その日、朝は何時にします?」
「九時半でどうだ?」
「大丈夫です。サツキ様、絶対遅れないでくださいね?」
「わかってる」
「それじゃあ十一日、楽しみにしてますね」
「ああ。俺も、リラと美術館に行くのが楽しみだ」
サツキはこちらの世界に来てからというのも、芸術鑑賞の時間などほとんど持たなかった。この世界を絵からも知れると思うし、期待に胸が膨らんだ。
このあと、サツキが部屋を出てから、リラはベッドで横になりながらサツキと描いたマンガのネームを手に取る。
「サツキ様ったら、こんなお話が書けるくせに女心が全然わからないんだから。でも、本当に優しいだから」
さっきのサツキを思い出すと、リラはまたおかしくなる。
「早くお出かけの日にならないかしら」
ふふ、と口元がゆるくなって、笑いがこぼれてしまう。
「リルラリラ~」
自分でも気づかず口ずさみ、スケッチブックに絵を描く。
そして、リラは再度サツキの書いた原稿を読んでみる。
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