184 『ティアーリバー』

 ミナトはジェラルド騎士団長を見返す。


「なんでしょう?」

「戦いの中で言っていた、国を想い泣いたという人物はだれだったのか。教えてくれないだろうか」


 先刻の戦いで、ミナトはジェラルド騎士団長に対してそんなことを話していた。

 これに関して、ミナトは素直に答える。


れんどうけいさんです。えいぐみの仲間だった方です」


 少し懐かしむような目をしていた。

 ケイトとの別れはわずか一ヶ月ほど前のことだが、ミナトにとってはかなり前のことであり、しかし昨日のことのように脳裏に焼きついて消えることがない。


「そうか、連堂家の……」


 連堂家はアルブレア王国騎士たちの中では知られた家系の一つである。

 ただ、由緒ある古い家柄ではなく、ケイトの父が一代で築いたものが大きく、その一代だけで城持ちの騎士団長になったのだ。


「三男の才子、『げんじゅつこう』。話には、士衛組に加担したが、内部でいざこざがあって粛正されたということだが」


 士衛組の内部粛正の話は、ブロッキニオ大臣がよく宣伝しているものの一つだ。つい先日もミツキがそれを教えてくれて、サツキたちもそこで知った。つまり、ブロッキニオ大臣は士衛組を、『厳しい割に内部の統制が取れず、暴力的で野蛮な集団』だというイメージをつけたいのである。

 それはひとえに、士衛組の指導者たるサツキが『悪』であることが根源にあるとされてしまう。事情をよく知らない人間には、アルブレア王国国民であり同胞であるケイトを粛正したサツキは、やはり『悪』だと思ってしまうことだろう。


「粛正……そんなんじゃァありませんよ。あの人の心を、決意を、否定するような言葉は許せない」


 噂話を聞いた程度のジェラルド騎士団長に八つ当たりするミナトではない。声は小さく、噛みしめるようだった。

 サツキが続きを引き取って、


「あの人は、ブロッキニオ大臣が差し向けたスパイです。しかし、俺たちと触れ合いクコやリラのことを知り、外からアルブレア王国のことを知り、士衛組を『悪』とは思えなくなったようですね」

「なるほど。やはりブロッキニオ大臣らの差し金で、あの才ある連堂家の三男は……」

「ブロッキニオ大臣とクコたちに不幸なすれ違いがあると、ケイトさんは考えたようです。それをブロッキニオ大臣らに訴えようとしたそうですが……俺たちには詳しく話せなかったことがいろいろあったように思います。結局、ケイトさんはどちらの味方をすることもできず、士衛組を去りました。俺たちは、ケイトさんを救えませんでした」

「それで、粛正か。確かに、そうするしかなかったろう。ブロッキニオ大臣は失敗した者を許さない。もし単身アルブレア王国に戻り、和解をするよう申し出れば……彼はアルブレア王国を裏切った反逆者にされてしまう。あるいは、操られている危険人物として引き立てられる。いずれにしても処刑は免れまい」


 たったこれだけの話でここまで読み解けるとは、さすが軍事のみに留まらず政治も統括する『独裁官ディクタートル』だ。

 こうした政治眼が優れている点、強い意志で王家に仕えている点、あのグランフォード総騎士団長に比肩する圧倒的戦闘能力など、ブロッキニオ大臣には邪魔にしかならないだろうとサツキは思った。

 おそらく、ケイトはブロッキニオ大臣の元に行けば、苦しみながら、だれにも理解されずに死んでゆく。それはあまりにも悲しく、あまりにも惨めだ。あまりにもつらすぎる。

 だからサツキは、士衛組局長として法度を犯す脱走をとがめる形で、ミナトに斬らせた。そうすれば、少なくともケイトの名誉だけは守られる。『悪』は粛正を命じた局長・サツキだけで済み、ケイトの名前はこの悪意としがらみに満ちた世界から解放される。

 クコはそんなサツキの読みと自己犠牲を知り泣いてくれた。そのときサツキは、もうクコが泣かなくてもいいように、もっと強くなろうと誓ったのだ。

 まだまだ強くはない。理想にも遠い。

 でも、サツキはこうしてミナトと力を合わせてジェラルド騎士団長にも勝てた。

 少しは約束に近づいているだろうか。


「我はまるで知らなかった。だが、そうだったのか」


 アルブレア王国という歴史の大河には、クコの流した涙も、ケイトが流した涙も、ミナトが流した涙も流れて、大いなる流れを一層強くしている。そこにあるひと雫をすくい出して、だれもが心から喜びの涙を流せる世界に辿り着けるだろうか。

 サツキは言った。


「あとで、クコからも話を聞いてあげてください」

「もちろんだ」

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